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サーラ・フルーメン港の造船所

 少し湿り気を帯びた、生温い風が吹き抜けていく。

 とはいえ、日本の沿岸とは違った空気だ。

 陸地の乾燥した空気と喧嘩しているというか……やはり幾分か、サラッとしている。


「はぁ!? 何でこんなに運搬費用がかかるんだよ!」

「あれ、はぐれた……?」

「やっぱベースはでかいほうが良いよね?」

「うん、その方が後から弄りやすいんじゃない?」


『サーラ王国』の港町『フルーメン』。

 ここでは、プレイヤーたちが船の確保ないし、船造りに奔走していた。

 町は非常に活気に溢れている。

 そんな中で、俺たち鳥同盟はというと……。

 船も作らずに、港町をぶらぶらしていた。


「周りがああやってイベントに向けて動いているのを見ると、焦りますねー」

「そう言いつつイカ焼きを齧る姿に、説得力は微塵もないけどね」


 今夜やったことといえば、屋台巡りくらいのものだ。

 成果はシエスタちゃんのイカ焼きを始め、みんなが手に持っている調理済みの魚介類。


「シーちゃんが焦っているところ、私あんまり見たことがないかも……」

「焦っても仕方ない状況ではあるんだけどね……」


 ヒナ鳥の二人もどうしたものやら、といった表情だ。

 俺たちがこんな状況に陥っているのは、他でもない。


「まさか、ティオ殿下に紹介された船大工に会うのがここまで大変とは……」


 名工だという話なのだが、数日経っても中々会えず。

 どうもクエストになっているらしく、いくつかおつかいのようなものもこなしたのだが。

『リーパ』の港から戻るのを待ってくれという話を最後に、そのままだ。


「ここまで引っ張るからには、生半可な腕ではないことを期待するしか……!」

「分からないでござるよぉ。案外、普通よりもちょっと優秀なだけということも……」

「あぁ!?」

「ちょ、拙者に苛立ちをぶつけないで欲しいでござるよ!」

「大丈夫だろう? ハインド!」


 ユーミルはこの通り、現状にやや不満を募らせているようだ。

 うーん、このままにしておくと良くない……どうするか。


「こればっかりは、会ってみないことにはな。それよりも、造船所を見て回らないか?」

「む、造船所を?」

「造船所を!?」


 ユーミルよりも激しく反応したセレーネさんに視線が集まる。

 自分でも予想外の大きな声が出たらしく、やがて恥ずかしそうに縮こまった。


「……受注済みのところは見られないけど、量産品を作っているようなところは入場可能なはず」

「なるほど! 確かに何だかんだで、まだ一つも船を造っているところを見ていなかったな!」

「今後、俺たちが造る際の参考になるだろうし……ね? セレーネさん」

「あ、う、うん! 行こうよ、みんなで!」


 ということで、今夜は名工を待ちつつ造船所を見て回ることに。




 TBの船にはいくつか種類がある。

 それは以前、『クラーケン』との戦いでレンタルされていたものと同じ。

 まずは現実でもあるような、帆を張って風の力を利用する『帆船』。


「おー……これはこれで!」


 これらは木造のものが多く、ユーミルが漏らした感想の通り独特の趣がある。

 木を伐り出し、削り、整えて組み上げる。

 そんな帆船を造っている工房に入ると、木の香りが一杯に広がっており……。

 俺たちが訪れたのは、複数の船を同時に造っている大型の造船所だ。


「船のきしむ音が好きって人がいたな、木造船。前回のイベントでの話だけど」

「そうなのか!? 乗ってみたくなるな……」

「……乗らなくても、船の音は聞けるかもしれませんよ?」


 リィズが周囲の様子を見ながら呟く。

 俺もそれに倣ってみると……。

 何やら船の一つに、ボトルに入った液体を振りかけているようだった。


「ああ、もしかして進水式か?」

「はい、そう見えますね」


 中型――百人ほどは乗れそうな船を、小綺麗な格好をした一団が取り囲んでいる。

 作業中の大工には見えないな。


「あれ、何をしているのだ? ハインド」

「現実と同じなら、お酒を船にかけてんじゃないのか? 要は厄除けとか、そんなんだよ。由来は……まあ、辿らない方が幸せな気持ちでいられる類のやつ」

「私、現実で実際に見たことがあるよ。これはやり方が違うみたいだけど、確かお酒の入ったボトルを船に叩きつけて割るんだよね? 支網しこうっていうロープを切ると、繋がっているボトルが船首に当たるようになっているんだよ」

「その支網切断も、銀の斧など縁起物の道具を用いる場合があるそうですね。日本では、ですが」

「ほう!」

「相変わらず、後衛組は博識でござるなぁ……」


 トビの言葉にヒナ鳥三人も同意するように頷く。

 その後も進水式は滞りなく進行され……。

 やがて船体が土台をゆっくりと滑り出し――ギギギ、と木造船が重厚な軋み音を上げながら着水。

 少し離れて見物していた俺たちのほうまで、水しぶきが飛んで来る。


「おおー!」

「わー!」

「何か感動的ですねぇ」

「感動的だけど……ハインド先輩?」


 サイネリアちゃんの言葉に俺は頷きを返した。


「うん。造船の参考にはならないね、残念だけど。俺たちも、早いとこ自分たちの船の進水式の……尻尾くらいは見えるようにしたいもんだけど」

「尻尾というか、船尾か?」

「ん、まあ、表現は何でもいいんだが……とにかく、造りかけのほうに行こうぜ。それ見てイメージだけでも膨らませておいて、スムーズに作業に入らないと」

「よし来た! 行くぞセッちゃん!」

「え、私!?」

「船製作の主導がセッちゃんなのだから、当然だろう! ほら、みんなも!」


 急かすユーミルに押されるように、俺たちは造船所の中で移動を開始した。

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