ヒナ鳥と紅茶
「お久しぶりでええええすっ!!」
「!?」
TB内、ギルドホームの談話室で俺は肩を震わせた。
元気が有り余ったこの声は……。
「あ、やっぱりリコリスちゃんか。久しぶり」
「お久しぶりです!」
両手を上げて駆け寄って来たので、杖を置いてリコリスちゃんと手の平を合わせる。
そしてぞろぞろとヒナ鳥三人が談話室に入って来た。
時間を合わせて入ってくる辺り、相変わらず仲が良いな。
「ハインド先輩、お久しぶりです」
「お久し先輩」
「略さないでね? 久しぶり、サイネリアちゃん、シエスタちゃん」
こちらはまだ俺一人だ。
テーブルの向かい側に三人が座り、俺も席に座る。
みんなが来るまで、別行動中の話でもしておくか……。
三人はテスト期間が終わった後、カクタケア・イグニスと協力してPKと戦っていたらしい。
戦闘回数は俺たちに比べれば少なかったそうだが、大規模な攻勢が二回ほどあったそうで。
「カクタケアの戦い方、酷いんですよ! スピーナさんが丈夫だからって、囮に使ってて!」
「ギルド戦の時より悪化してるじゃないか……本人は何て?」
率先してやる盾役と勝手に囮にされるのでは全然違うんだと、リコリスちゃんが憤慨している。
かなり感情的になっているので、平静な様子のサイネリアちゃんへと視線を向けた。
「最初は、お前ら後で憶えていろ! と怒っていたのですけれど……」
「生存能力が磨かれてきて楽しい! やべえ! と途中からノリノリでしたよ? 何か変なスイッチ入っちゃってましたねー」
「お、おお……」
変態かよ、という言葉を辛うじて飲み込んでぎこちなく頷く。
やっぱり変なギルドだな、あそこは……。
今回のギルド戦で、スピーナさんが色々な意味で違うステージに昇ったらしい。
サイネリアちゃんが小さく嘆息して締める。
「イグニスはいつも通りでしたし、私たちは終始サポートの役回りでしたね……」
「た、大変だったね?」
しかし、話を聞いていると三人ともかなり頼りにされていたことが分かる。
当たり前だが、もう昔のゲームに不慣れだった三人ではないんだなぁ……。
俺がしみじみと過去との比較に思いを馳せていると、シエスタちゃんがフニャフニャした表情でこちらを見る。
「いやいやー、先輩ほどでは。この紅茶に先輩の苦労が染み出していますことよ?」
そして紅茶を一口。
シエスタちゃんの紅茶はミルクたっぷり、砂糖もたっぷりだ。
「何? その半端なお嬢様言葉……それに苦労が染み出しているっていう表現だと、苦そうで嫌なんだけど」
「すごーく美味しいですよ? 先輩の苦労の味」
「そ、そう……」
あくまでそこを曲げる気はないのか……。
ちなみに、俺たち側の話は既に済んでいる。
それを聞いて、紅茶が飲みたくなったというので淹れた次第だ。
お土産にシリウスからもらった茶葉があったので、試し飲みに丁度良かった。
味は……現実の高級品には届いていないが、佳作と呼んでいい出来。
「美味しいです、苦労味!」
「乗らなくていいから、リコリスちゃん! やめよう、それ!」
「透き通るような香りと、適度な渋味が素敵です。飲みやすいです」
「あ、サイネリアちゃんは紅茶も大丈夫なんだ?」
「そうですね、私個人は。家では緑茶、抹茶が主ですが」
「イメージ通りの答えだ……徹底していて、ある意味凄い」
サイネリアちゃんのお家は呉服屋で、ガチガチの和風家屋である。
食べ物などもかなりそちらに寄っているようだが、やはり現代では全部が全部はそうならないよな。
何にせよ、二人にも好評なようで良かった。
「で、次は何でしたっけ? イベント」
「プレイヤーに船を入手させて、海で何かするらしいよ。だから船造りだね、やることっていうと」
「……」
露骨に面倒そうな顔になったシエスタちゃんが急に黙る。
何だかんだ言いつつ、いつも一緒にやってくれるんだからその顔止めたらいいのに……もうそういう習性になっちゃっているんだな、多分。
入れ替わるようにリコリスちゃんが手を上げる。
「はいはい! 船はここで造るんですか!?」
こんなところで造っても、水に浮かべられないが……リコリスちゃんの意見はあながち的外れという訳でもない。
何故なら、小型のボートなら過去にインベントリから出し入れした経緯があるからだ。
だが……。
「どうだろう。イベント告知の書き方からして、インベントリには入らないんじゃないかな? 大きな船になると」
「そうですか……じゃあ、海に行かないとですね!」
「うん。まずはみんなでサーラ国内にある港に行く」
到達が容易な『マール共和国』の海を目指さないのは、単純に拠点であるここサーラの『王都ワーハ』から遠いからだ。
アイテム補充・資材補充に王都までひとっ走りできる位置で船を建造するほうが、きっと長い目で見れば楽になると思われる。
そんな説明に、リコリスちゃんは笑顔で元気に頷いた。
「分かりました! 海ですかぁ……レイド戦以来ですね!」
素直に目を輝かせるリコリスちゃんの表情は、シエスタちゃんとは実に対照的だ。
見ていると、不思議とこちらまで楽しい気分になってくる。
「造船ですか……そういったものはセレーネ先輩が得意なのでしょうけど……毎回毎回セレーネ先輩に、というのも悪いような気がします」
「分かっているよ、サイネリアちゃん。まずは意思確認だね」
できるだろう、やってくれるだろうで押し付けるのは非常に良くない。
特にセレーネさんは強く断るのが苦手な性格なので、どう切り出すかも大事だろう。
「セレーネさんが乗り気じゃなさそうなら、みんなで上手いこと分担しよう。ユーミルは自分たちで造りたいって言っていたし」
「……」
「シーちゃん、面倒くさいなって顔しないの!」
「この顔をするのは二度目だぜー、リコ。ほら、見逃さなかった先輩が呆れてる」
「分かっているならやめなさいよ、シー……」
「――あ、みんなこんばんは」
話をしていた途中でセレーネさんがやって来た。
ヒナ鳥三人、そしてそれに続くように俺も挨拶を返す。
セレーネさんは何やらソワソワした様子で俺の隣に座ると……。
「あの、ハインド君。次のイベントの船なんだけど、私の趣味を詰め込んだら……駄目かな?」
こちらの表情を窺うようにセレーネさんが切り出した言葉に、俺たちは顔を見合わせて笑った。
俺たちのほうから何か言うまでもなかったなぁ……。
「え、な、何? どうしたの、みんな?」