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イベントへの助走

「ただいまー……」


 玄関を開けて靴を脱ぐために荷物を下ろすと、バタバタと落ち着きのない足音が。

 予想通りといえば予想通りだが、こっちにいたのか。


「おかえり、亘! ログイン!」


 跳ねるような動きで目の前まで来た未祐が、体操選手のように両足で着地して止まる。

 ワックスをかけた直後だったら滑ってるぞ、危ないな。

 ――にしても、いきなりそれか。

 俺は袋を掲げると、未祐へと差し出す。


「その前に、おやつにしようぜ。パン買ってきた」

「おおっ! おやつ!」


 未祐は袋を受け取ると、上機嫌な足取りでリビングへと向かって行く。

 その間に俺は洗面所、そして部屋に着替えとバッグを置きに。

 それらが終わってリビングに入ると、未祐がテーブルの上にパンを並べて悩んでいるのが見えた。


「むむむ……どれにするべきか……」


 もうばっちり部屋着に着替えてくつろぐ体勢に入っているな。

 帰ってから結構時間が経っているのだろうか?


「未祐、友達と寄り道とかしなかったのか?」

「途中まで一緒に帰っただけだぞ。駅前に行かないかと誘われたが、流行りの服だとかドラマに出ていた芸能人だのの話をされても、私にはほとんど分からん!」

「……女子高生だよな? お前」

「女子高生だが?」


 ……うーん、別にいいか。

 あんまりキャピキャピしているこいつの姿は想像できないし。

 そういう会話になったってことは、緒方さん込みのいつもの面子じゃなかったんだろうから。


「飲み物は何にする?」


 自分のコーヒーをせっせと用意しながら問いかける。

 理世は塾でまだ帰って来ないので、どれくらい用意するかは未祐の答え次第だ。


「コー……いや、紅茶……」

「パンに合わせたらいいんじゃないか? どれにしたんだ?」

「アップルパイ!」


 アップルパイと聞き、ミルに投入する豆の量を減らす。

 自分一人が飲むならこれで十分だ。


「どっちでも合うけど……まあ、紅茶か。アップルパイにシナモンかけるか?」

「かける!」


 シナモンは市販のパウダーになっているものをテーブルの上に置いてやる。

 削って使う棒状のシナモンもあるが、さすがにそこまで手は回らない。

 次に、シュルツ家から譲り受けたティーセットを使用して紅茶を淹れる。


「ほい、完成」

「ありがとう、亘!」


 未祐は軽く息を吹きかけると、まだ熱い内に口をつける。

 猫舌ならやけどする飲み方だな、それ。


「ん……? 美味い! 味も香りも、前と全然違うぞ!?」

「そりゃそうだ。茶葉も淹れ方も、前とは段違いだからな。シュルツ家流だ」

「シュルツ家流、だと……!? ど、ドリルに亘を変えられてしまった……私は悲しい……」


 妙な雰囲気を出しながら、未祐が頬杖をついて溜め息を一つ。

 何も入っていないストレートの紅茶をスプーンでくるくるとかき混ぜる。


「……それ、性格が変わっちゃった人とかに言う台詞だよな? 紅茶関連の技術が向上しただけで、俺の性格は何も変わっちゃいないんだが?」


 完成した自分のコーヒーを置きつつ、椅子を引いてそう応じる。

 未祐は何事もなかったように顔を上げると、アップルパイの袋を笑顔で開封。


「うむ、冗談だ。大体、亘にそんな気配があったら私が黙って見過ごすはずがあるまい?」

「お前は変なところで鋭いもんな……」


 普段はまるっきり鈍いのだが。

 中学時代などは俺に悩み事がある時に、すぐに気が付いてくれたこともあったなぁ。

 それが時に、理世よりも早かったりするのだから不思議なものだ。


「あ、そういやクロワッサンが焼き立てだった。まだちょっとあったかいんじゃないか? 食べる?」

「本当か!? 食べる食べる!」


 夕飯もあるので、程々に……とはいえ、井山ベーカリーのパンは美味いなぁ。




 そしてTBへとログイン。

 夕飯の下拵(したごしら)え、その他の家事を未祐に急かされながら終わらせてからのことである。


「……で、新イベって何だ?」

「見ていないのか?」


 秀平が静かだったので、今日は昼には更新がなかったのだろう。

 こういう場合は15時更新というパターンが多いのだが、俺は未祐のメールを受けてから真っ直ぐ帰ってきたのだ。

 故に、こう問い返す。


「……見る暇があったと思うか?」

「思わん!」


 久しぶりのギルドホームで、二人無言で向かい合う。

 いや、二人と言うと語弊があるか。

 ノクスが俺の肩の上に止まり、自分の羽をくちばしで突いて掃除しているので正確には二人と一羽だ。

 ……。


「って、内容を教えてくれないのかよ!?」

「聞きたいのか!? 私の要領を得ない――」

「ああもう分かった分かった! 自分で見るよ!」


 何だかんだでこのやり取りも久しぶりだな、畜生!

 ここのところ、いかにトビ――秀平に楽をさせてもらっていたかを実感する。

 メニュー画面を呼び出し、イベントページを開く。

 そこには、イベント詳細ではなくイベント予告ともいうべき簡素な内容が載っており……。


「……要は、次は海関連のイベントだから船を用意しろ――と読み取れるな」

「うむ!」

「……クラーケンの時みたいなレンタル船がないから、自分で作るか買うかしろと」

「そのようだ!」

「……イベント自体はまだなんだな。メールで新イベが来たって言うから、てっきりもう――」

「言葉足らずだった!」

「……そうか」


 開催場所は海ということ以外は不明、イベント詳細も不明と完全に船の準備を周知するためだけの告知だ。

 ただし、なるべく船に「速度」と「戦闘能力」を持たせるようにというアドバイスが付け加えてある。

 ここから多少はイベント傾向が読み取れる……かもしれない。


「船造りか……セレーネさん、船も好きだったよな。買わずに造るんだろう?」

「当然だ! 人と同じものを適当に買って楽しいか!?」

「ま、お前ならそう言うよな」


 そちらに関してはセレーネさんと相談しないと何も始まらないな。

 とはいえ、TBにおける船造りの基礎くらいは先に調べておいた方が良さそうだが。

 船……というと、港か。


「そういや、サーラの港町って行ったことがないな。どんな感じなんだろうな?」

「二人で偵察に行くのは厳しいか?」


 今日はかなり早い時間にログインしているので、当然ながらこの場にいるのは二人だけだ。

 フレンドも……ああ、やっぱりほとんどがログアウト状態。


「二人ならグラドタークで速度が出るし、高レベルフィールドを避ければ到達可能だろうけど。その前に、港町の情報を集めてみないか?」


 闇雲に動かずに、まずはしっかりと進行方向を見定める。

 いつもやっていることと同じだ。


「情報集めというと……また例の情報屋とやらを使うのか?」

「いや、こういうゲーム内の地理情報なんかはベールさん向きじゃないだろう。むしろ、こういう時は――」


 ギルドホームを出て、俺とユーミルが向かった先は……。

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