ゲンマ台地とサーラへの帰還
「大量消費するコモン系素材は全て渡り鳥に。レアなものについては応相談、ですわよ。それでは、各自散開!」
「「「はい、お嬢様!」」」
執事、メイドたちが一斉にフィールドに散らばっていく。
若干他のプレイヤーたちが驚いている様子も見え、それに少し申し訳なくなる。
「おーっ、壮観だな!」
ユーミルがそれを眺めながら声を上げる。
俺たちは素材集めのため、フィールドに出ていた。
遠征開始時にサブミッションと定めた素材収集が中途半端になっていたためだ。
PKたちの攻勢が凄まじく、それどころではなくなっていたそれらを――
「人員をお貸ししますわよ? 装備作製を引き受けていただいたお礼ですわ」
というヘルシャの申し出により、こうして総出で行うことになった。
『商業都市アウルム』からほど近いここ『ゲンマ台地』で狙うは、主に鉱石系の採取だ。
先に他のフィールドでも採取を行ったのだが、それはもう凄まじい速度で素材が集まったものである。
インベントリの都合を考えると、これが終わったらサブミッションの成果としては十分ということに。
「人数が多いってのは、それだけで強いよな……」
「私たちでは、ヒナ鳥さんたちと止まり木の全員に集まってもらっても五十人に届きませんものね」
「子どもたちもいるでござるし、どちらにしてもこの速度は出ないでござるなぁ」
「……そ、そうだね。みんなの言葉はもっともなんだけど、その……」
「どうした? セッちゃん」
大好きな鉱石採取だというのに、セレーネさんは大人しい。
それもそのはず、俺たちの格好は……。
「う、うん。どうして私たち、執事とメイドの格好のままなのかな……?」
自分だけ戻せばいい話なのに、輪を乱さないよう付き合ってくれているセレーネさんは優しい。
と、そこで俺たちの話を聞きつけたヘルシャが歩いて近付いてくる。
「フフフ……そうしていると、まるでわたくしたちギルドの一員のようですわね? そのまま――」
「断る!」
「――シリウスに……って、まだ最後まで言っていませんわよ!?」
ユーミルの言葉にヘルシャが髪を振り乱して抗議する。
とはいえ、その言葉の続きが「シリウスに入れ」だというのは明白で。
「お誘いはありがたいのでござるが、拙者たちには拙者たちのスタイルがあるでござるし」
「別組織の方が、こうやって協力した時に刺激があって楽しいだろう? 協力プレイなら歓迎だから、是非ともまた誘ってくれよ」
シリウスのみんなにばかり作業をさせるのは悪いので、俺は台地の断層が剥き出しになっているほうを指差す。
カームさん、ワルターとも合流しながら、移動しつつ話を続ける。
「そうですの……残念ですわね」
ヘルシャは俺とトビの言葉を受けて小さく嘆息した。
しかし、即座に立ち直ってニヤリと笑う。
「では、ハインドだけでも残るといいですわ! わたくし、それだけで満足することにいたします!」
「――くどい! くどいぞドリル! 何がそれだけで、だ! 譲歩した感を出すな、図々しい!」
ユーミルがヘルシャに食ってかかる。
お嬢様と取っ組み合いをする駄メイドの図、ここに完成。
「大体、ハインドのいない渡り鳥など梁と柱を抜いた木造建築のようなものだ!」
「倒壊必至ですわ!?」
「何も間違っていませんが、自分を柱と言い切れないギルドマスターはどうなんでしょうね……」
相変わらず当事者のはずの俺を無視して話が進むな……。
あの二人に言っても無駄なので、俺はトビのほうを向いて呟いた。
「しかし、ヘルシャは諦めないな……あれだけ熱心に誘われると、人によっては根負けするだろうし、心が揺らぐよな」
「大企業の次期リーダーの資質、バッチリでござるな。あれなら交渉事にも強いでござろう」
「私が全然駄目な分野だから、ああいうのを見ると素直に尊敬しちゃうなぁ……」
「お嬢様をそのように言っていただけて、何だかボクも嬉しいです」
「ワルターも何だかんだで、立派に執事の心構えができているよな……と、採掘採掘。話すのもいいけど、手が止まっていたな」
そこでようやく壁に取り付いて鉱石を掘り出した俺たちの横では、カームさんが一人黙々と鉄鉱石を積み上げていた。
し、仕事が速い……。
山と積まれた鉄鉱石、そして時折混ざる宝石。
『ゲンマ台地』で取得可能な宝石の正体はこれのようで、セレーネさんがとても嬉しそうに集まった素材を見回している。
俺たちはシリウスのホームに戻り、持ち帰る素材を整理していた。
「ゲンマ石……魔力を帯びた古代の宝石って説明だな。幻魔石ってことか?」
「効果は何なのだ?」
ユーミルが俺の肩越しに、妖しい光を放つ石を手に取る。
セレーネさんは表情を少し引き締めると、ユーミルに視線を流した。
「使ってみないと分からないけど、魔力増強系じゃないかな? 大体、この系統は攻撃、防御両方に使えると思うんだけど」
「おお、そうなのか!」
「拙者的にはあんまり意味のない素材でござるなぁ……魔法攻撃は持ってない、耐性を上げたところで焼け石に水と」
「魔力増強、ですの……」
ちらっ。
ヘルシャがこちらを一瞬だけ見る。
「ドレスのアクセントとして、どこかに使えないかしらね?」
「ですがお嬢様、後付けだとアクセサリ扱いになってしまいませんか?」
「ああ、確かにそうですわね……どうしましょう?」
ちらっ、ちらっ。
………………。
「……ヘルシャ」
「何かしら、ハインド?」
「……どうにかしてエイシカドレスに組み込めば良いんだな? 手間の分だけ値段は上がるから、依頼したいならきちんとそれを踏まえてくれよ」
「やっぱりハインドは話が分かりますわね! 是非お願いしますわ!」
「それだけしつこく視線を送ってきたら分かるだろう、誰でも……」
そうなると、まずはこの石を粉末にできるかどうかから考えないとな。
粉末にできるなら、素材の『エイシカクロス』の段階から変えないとだから……。
エイシカ村とのコネクションを持つクラリスさんに頼んで、例えば染料に混ぜ込んでみたり――うわ、かなり大変そうだな。
カットしてドレスの留め具に使うのが一番簡単だが、染料に練りこめたほうが絶対効果が高いよな。
「ストレートに頼むと言えばいいではないか、鬱陶しい!」
「う、うるさいですわね! あなたには関係ないでしょう!?」
「巻き毛だからか!? 巻き毛だから迂遠なのか!? ストレートパーマをかけてやろうか貴様!」
「むしろあなたの髪をわたくしが巻いて差し上げますわ、この単純お馬鹿!」
俺がドレスについて考えを巡らせていると、また二人の言い争い――いや、じゃれ合いだなこれは。
ユーミルとリィズの間のそれに比べれば、放っておいても大丈夫という安心感がある。
やがて素材選定、そしてレア素材に対する代価の支払いなどなどが終了し……エントランスで、俺たちはシリウスのみんなから見送りを受けている。
「この度は、皆様におかれましては大変お世話に……」
「カームさん、硬い、硬いです。ゲームなんで、もっと緩くて大丈夫ですよ」
カームさんが深いお辞儀に入ろうとするのに対し、慌ててそれを押し留める。
後ろに控えたメンバーが、ハラハラした表情で俺を見ているが……。
「……そうですか。では、またのお越しを」
「はい。また来ます」
このくらいは言っても大丈夫なのである。
丁寧な対応には変わりないが、かなり略式になったな。
「ほら、ノクスもご挨拶しろ」
俺が肩に止まるノクスにそう言うと、カームさんに向かって小さく鳴いた。
それを見て動物好きの彼女の表情が少しだけ和らぐ。
ノクスの声に反応したのか、グレンものっしのっしと歩いてカームさんの隣に並ぶ。
……最初はそんなことは思わなかったのだが、ドラゴンのグレンも慣れてくると愛嬌のようなものを感じるな。
渡り鳥のみんなでグレンにペタペタと触り、各自一言ずつ声をかけていく。
「リィズちゃん、また一緒にメイドになりましょうね?」
「はあ……考えておきます」
「最後まで釣れないところが可愛い!」
これはマナカさんを始め、リィズを可愛がっていたメイドさんたちの言葉だ。
特に豆サラ隊が別れを惜しむように手を振っている。
「まあ、別に会おうと思えばいつでもな……こっちから会いに行ってもいいし、そっちもまた来いよ!」
「馬も止まり木のおかげでおニューになったし、初期に比べたら楽なもんよ。トビ殿、良いスクショがあったらまたよろしく!」
「了解でござるよ!」
「またな、ハインド」
「ああ、また」
セルウィを始めとする執事組はあっさりと。
適当に一言二言交わし、また会おうという言葉で締めた。
最後はヘルシャとワルター。
「案外、イベントで数日と置かずに会うということもあるでしょうし……ね?」
「うむ。何だかんだ、一、二か月周期で何かしら一緒にやっているしな」
「師匠、ご一緒できて楽しかったです」
「俺も楽しかったよ。ドレスの進捗状況と……あと、セレーネさん」
「うん。装備の作製状況は、その都度メールするから」
「お願いしますわ」
そして一路、俺たちは西へと戻るのだった。