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シリウスからの達成報酬 後編

 寝癖で所々跳ねていた髪は綺麗に整えられ、動きに合わせてサラサラと流れている。

 くりっと丸くて大きな瞳、艶のある唇、通った鼻梁……。

 素材の良さは知っていたが、これはもしかして?


「髪の毛と眼鏡だけじゃなくて、薄く化粧もしています?」

「あ、分かるんだ……うん、三人がしてくれて」

「トビに施した変身とは大違いの成果ですね……こっちはてんで上手く行かなかったのに」

「ちょ、ハインド殿!?」

「そんなことよりハインド!」

「そんなことって!? ユーミル殿!? おーい!」

「まずはセッちゃんに対して言うことがあるだろう!?」


 ダークエルフ騎士メイドという訳の分からないものにジョブチェンジしたユーミルが、腕を組んで言い放つ。

 褒めるのが先だと言いたいのだろう。


「ベタな流れだな……」

「ベタでも何でも、早くするのだ! セッちゃんが不安で涙目になっているだろうが!」

「――おわっ!?」


 今まさに、セレーネさんの我慢が限界を迎えようとしていた。

 複雑な経緯から実質伊達となっていた眼鏡のない瞳は、いつもよりはっきりと見え――って、違う違う!

 照れて頭を掻いている場合じゃない。

 こういう時は、何だ、あれだ……そうそう!

 飾りのない素直な言葉で褒めるのが一番だと、確か父さんが言っていた!


「せ、セレーネさん、その……」

「は、はい……」

「とても可愛いです。服も似合っていますし、立派な美人メイドさんに仕上がっていますよ」

「……」

「……セレーネさん?」


 セレーネさんが驚いたような表情で動きを止める。

 目の前で手を振ってみても……駄目だ、反応がない。

 見かねたリィズが近付き、あちこち体を触ってみる。

 すると……。


「どうやら気絶しているようです」

「え」

「き、気絶でござるか!? 回線落ちとかではなく?」

「むっ、確かに回線落ちに似ているが……息はしているようだぞ」

「ログイン状態も変わっていないしな……」

「容量オーバーですわね……感情の」


 立ったまま放心してしまったセレーネさんをみんなで支え、椅子に座らせる。

 そんな状態でも、何と言ったらいいのか。

 リィズの手によって伏せられた瞼、そしてそれを縁取る長い睫毛を見ながらついつい呟く。


「どうしてこの人、この容姿でこんなに自信がないんだろう……」


 それに反応したのはリィズだった。

 顔を上げてじっとこちらを見る。


「ハインドさん、本当は分かっているのでしょう? この容姿だからこそ、では?」

「……そう、だな」


 いや、もちろんリィズの言う通り分かってはいるのだ。

 セレーネさんの言葉の端々からにじむ、これまでの対人関係で苦労。

 そしてそれが、彼女が持っていた人並みの自信や平常心をゆっくりと削り取って行ったことも。


「何て勿体ない――いえ、この方の場合はこれで良かったのかもしれませんわね」

「ヘルシャ殿……それはどういう?」

「そういう性格だから、回り道を重ねてこのゲームであなたたちのような理解者に出会えた……という考え方もできますもの」

「「「おおー……」」」


 俺、ユーミル、トビが感嘆の声を上げる。

 ヘルシャはハッとした表情になると、慌てて言葉を付け加えた。


「わ、わたくしが勝手に想像しただけですわよ!? 本人がどう思っているかは知りませんわ!」

「「「へー」」」

「あなたたち……!」


 ヘルシャが怒りに燃える中、そっとセレーネさんの顔を見る。

 すると気絶しているはずのその顔が、少し笑った……ような気がした。




 セレーネさんは復活を待つしかないとして、メイド服を着こんだのはユーミルとリィズもである。

 まずは、ユーミルのほうだが……。


「うーん……衣装としてだけ見るなら、似合わないことはないんだが。ちゃんと可愛いし、普段の服装とのギャップも悪くないし……」

「か、かわっ……だ、だが、何なのだハインド! その奥歯に物が挟まったような言い方は!」

「だってよぉ……」


 主張の強い表情、活動的な褐色肌、そして弾ける『勇者のオーラ』。

 ……メイドというのは誰かに仕える存在な訳で、一歩引いた位置にいる職業であると言える。

 それを考えると、ユーミルはちょっとなぁ。

 トビを始め、ヘルシャもリィズも俺の言葉に頷いている。


「……試しに何かそれらしい台詞を言ってみ? もし様になっていたら、謝るし前言撤回もするぞ」

「よーし、見ているがいい! ハインド、お前が主人役だ!」

「何で俺なんだよ……ヘルシャでいいじゃん……」

「執事服を着たハインド殿が主人とは、これ如何に」


 トビの発言は無視し、腕を回してやる気を表明するユーミル。

 少し間を置いてからこちらを見、


「さあ、私に何なりと命令を寄越すがいい! ハインド!」

「いつものお前とどう違うんだ!?」

「何も変わらないでござるなぁ……」


 片腕を前に突き出すポーズを取りながら叫んだ。

 これでは、戦闘の時に指示を寄越せと催促するいつものユーミルと何ら違いはない。

 一連のやり取りに、傍観を決め込んでいたヘルシャが溜め息を一つ。


「言葉とは裏腹に、全然言うことを聞かなそうな駄目メイドですわね……」

「何だとドリル!」

「駄メイドですわね」

「略すな言い直すな!」


 ――と、まあそんな感じで。

 次はリィズだが……。


「似合うな、やっぱり……」


 こういった服装はリィズの独壇場と言ってもいい。

 人形のように整った可憐な容姿と、落ち着いた表情。

 普通にこのまま屋敷にいたとしても、特に違和感のがないであろう立ち姿だ。

 着こなしている、完全に。


「ありがとうございます、ハインドさん」

「文句なしですわね。ただ……」


 リィズがグイグイこちらに迫ってくる。

 メイド服と自分を見せるように、グイグイと。


「り、リィズ? 近い、近いって」

「もっとよく私を見てください、ご主人様……」

「……危ない、危ないですわ、色々と! ストップ! ストーップ!」

「離れんか、馬鹿者が!」


 ユーミルとヘルシャがリィズを引き離してくれる。

 俺が小さく息を吐くと、トビが同情するように肩を叩いてきた。

 そしてそのまま一歩前に出る。

 今回は珍しく事態の収拾に協力してくれる気があるらしい。助かる。


「ま、まあアレでござるな。ある意味いつもと同じというか……ユーミル殿と同じように、リィズ殿のメイド適性の話をするならば、例えば――」


 またハインド殿が主人役でいい? とトビが訊いてくるので、俺はもう何でもいいやと適当に頷いた。

 リィズも「私が仕えるとしたらハインドさんだけです」と言いつつ頷いている。


「仮にハインド殿がお客様――社交界? で、いいのでござる?」

「いいんじゃないか? 仮の話だし」

「そこで同格なり目上の人物に心ない言葉を投げられたとして、リィズ殿はどうするでござる?」

「八つ裂きにしますが?」


 即答過ぎるだろう、おい。

 八つ裂きは言葉の綾というか過剰表現だろうけど、リィズなら間違いなくその場で何かしら言い返すだろうな……。


「……このように我慢が利かないでござるから。この前ヘルシャ殿とハインド殿が経験したお茶会だったり、他の社交界のような場所ではアウトでござるな」

「確かに、とても公の場には連れていけませんわね……」

「お前も駄メイドか!」

「一緒にしないでください」

「時々、良い感じの諫言かんげんはしてくれるんだがなぁ……」


 最終的に、完全に着こなせている者はいないんじゃないかという結論になってしまった。

 俺たちが微妙な表情を突き合わせていると、それまで黙っていたワルターが一言。


「あの……ボク、もっとメイド服と執事服を着てワイワイするだけだと思っていたんですけど……どうしてこんな空気に?」

「……確かに。何で大真面目にメイド適性について語ってんだ? 俺たちは」

「自然とこうなっていましたわね……つまりその服が似合う、似合わないは内面の作用も大きいということでしょう」

「……そういった語らいを楽しまれたのであれば、それはそれで結構ではありませんか?」


 そして最後に、カームさんにしては割とざっくりとしたまとめに対し……。

 俺たちは納得して頷くと、折角だからということで統一した衣装で集合写真(スクショ)を撮ることにした。


「う、うぅーん……」


 ようやくセレーネさんも目を開けたので、ちょうどいいだろう。

 また気絶しないように、まずは落ち着かせる必要があると思うけれど。

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