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シリウスからの達成報酬 前編

 裁断、縫製、仮縫い完成。

 裁断、縫製、仮縫い完成。

 型紙のサイズを変えて、小さいものに。

 裁断、縫製、仮縫い完成。

 これで三着、とりあえず一息つけるな。


「――って、あれ? カームさん、これ……」


 人の少ない円卓を使って作業を続ける俺の前に、今までとは違う型紙が差し出された。

 何故だか妙に見覚えのあるそれに、顔を上げて疑問の声を投げかける。


「執事服は必要ないのですか?」

「ええっと……」


 今夜はシリウスから依頼された任務達成の報酬として、メイド服の作り方を教わっている。

 型紙も素材もカームさんが用意してくれたので、俺はそれをひたすら――といっても、渡り鳥の女子三人分だが――を作っていたのだが。

 やっぱり執事服の型紙かぁ。

 執事服……。


「……着てみたいって言うトビの顔が浮かんだので、一応作ることにします」

「そうですか。では、こちらをどうぞ」


 型紙の位置をちょうどいい場所に調整して、カームさんが隣の椅子に真っ直ぐな姿勢で座る。

 そして涼やかな視線をこちらにじっと向け――。

 ……きっとこの目に耐えられないんだろうな、セルウィを始めとするシリウスの男性陣たちは。

 開き直ってカームさんみたいなメイドロボが欲しい! とか言っている阿呆もいたっけ。

 ちゃんと本人と交流しろ。


「――あ、カームさん……と、師匠! こんばんは!」


 執事服用の布の裁断に入ったところで、やや高い声が聞こえてくる。

 小さな背丈に少女のような容貌、そして執事服。

 渡り鳥のメンバーよりも先に、ワルターがログイン。

 ……ということは、いつものパターンだとじきにヘルシャも来るとは思うのだが。


「あの、あのですね、師匠! 師匠にいただいたあの沢山の小物――」

「ああ、メイド服を作り替えたやつか?」

「そうです! テッシュケースとかクッションとか、何だか部屋の中が華やいでとても良い感じです! 素敵です! 小物に凝ると部屋にいるのが楽しくなるんですね!」

「お、おお……」


 頬を上気させ、至近距離で一生懸命に話しかけてくるワルターは色々と危険だ。

 ――と、そこで可愛らしい顔が遠ざかっていく。


「ワルター、あまりまくし立てるとハインド様が困ってしまいますよ」

「あ、はい……すみません、カームさん」


 肩を抑えるような、柔らかい手つきでカームさんがワルターを下がらせる。

 た、助かった……助かった?


「ま、まあ、何にしても喜んでくれて良かったよ」

「はい。本当にありがとうございました、師匠」


 俺としても高級生地に存分に触れることができて、しかも加工する機会をもらったのだ。

 何も文句はないし、予想以上の喜びようにこちらまで嬉しくなる。

 ……事前に構造を見ることができたおかげで、さっきのメイド服作りも楽にできたことだし。

 ワルターと話している間にも手を止めず、自分用の執事服の仮縫いが完成。


「あ、執事服作りですか……師匠、手つきが鮮やか……」

「ちょうどいい、ワルター。試着してみるから、微調整を手伝ってくれよ?」

「分かりました!」

「カームさん、もし女子メンバーが来たらそっちの調整をお願いできますか? 男の俺がやる訳にもいかないんで」

「はい、かしこまりました」


 どうやら、一番最初にできあがるのは自分の『執事服』になりそうだった。

 ……これは全然嬉しくないな。




 やがて、完成した『執事服(強化繊維)+6』をその場で広げる。

 本当にちょっと弱い軽鎧並の防御力なんだが……実用性も兼ねている辺り、これはただの趣味装備とは言い切れない代物だ。

 ちなみに針・糸共に強化繊維の布に見合う特殊なものを用いており、やはり真似して簡単に作製できるものではなかった。


「師匠……! 師匠の裁縫技術に脱帽です! 益々尊敬しちゃいます!」

「え、何? どういうこと?」

「シリウスで同じ素材を用いた執事服の最高性能は+5です。ハインド様にあっさり上を行かれてしまいましたね」

「ああ、そういう……」


 一つ目でこれなら、仮縫いで止めている他の服はもう少し上を目指せるかもしれない。

 とはいえ、他のメンバーが来ないことには――


「……こ、こんばんはー……あっ」


 恐る恐る、といった様子で部屋の隅にセレーネさんが登場。

 そして俺を見つけると、ほっとした様子でそそくさと近くまで寄ってくる。


「ハインド君、こんばんは」

「こんばんは、セレーネさん」

「ワルター君、カームさん、こんばんは」

「こんばんは」


 ワルターが普通に返事をし、カームさんが丁寧なお辞儀を返す。

 別荘の件があるのでセレーネさんは二人と普通に話せる間柄になっているが、それでもまだ緊張はするらしい。

 そんな根っこの部分は変わらず人見知りなセレーネさんには、メイド服の話をする前に相談しておくことがある。


「あの、セレーネさん。実は、PK戦でいくつかロストしてしまった装備を俺たちに大量発注したいっていう相談をヘルシャから受けているんですが」

「えっ?」


 セレーネさんが視線をカームさんに向けると、彼女は肯定の意を示す。

 ということで、詳しい説明を三人で一緒に。


「――はあ、なるほど……装備の一新も兼ねて?」

「依頼のほとんどは武器ですね。防具はまあ、知っての通り……」

「あ、防具のメインは確かに執事・メイド服なんですけど。一部の重装備向きの職の人は胸当て、脛当て、肩当てなどはしていますから。そういう部分は是非セレーネさんにお願いしたいという意見もありまして」

「……だそうですが、やっぱり武器に比べたら少数です。服が見えなくなる装備にはしたくないらしいんで」

「武器メインで防具が少数なのは分かったけど、全体で見ると大口注文になるよね?」

「なりますね」


 悩むように部屋の中をひょこひょこと歩く。

 問題はお金よりも時間、そしてセレーネさんが興味を惹かれる武器の注文があるかどうかだろう。

 やがて眼鏡の位置を直してから、こちらを向いた。


「ハインド君の補助は――」

「もちろんやりますよ。というか、今回に限らず手が回らない時はいつでも気軽に言ってくださいよ」

「あ、えと……う、うん」


 何故そこで赤面……。

 と、とにかく、セレーネさんは最終的に前向きな返事をカームさんに示し――。


「では、希望するメンバーとその装備をリストにしてみます。申し訳ございませんが、少々お待ちいただければ」

「お、お願いします。あ、あと、作製はサーラでやるとして、最低でも装備のサイズは帰る前に確定しておかないと……」

「承知いたしました。そちらもリストに詳細を」

「……ああ、サイズと言えば。カームさん」

「はい」


 仮縫いしたメイド服を手に、カームさんがセレーネさんとの距離を詰める。

 それに対し、セレーネさんは狼狽ろうばいし……。


「え、メイド服を作る予定なのは知っていたけど――わ、私も着るの!?」

「あれ、し、師匠!? 話が通っていなくないですか?」

「ユーミルの奴、忘れやがったな……」


 私がセッちゃんを説得して着させる! 仲間外れは駄目だ!

 ――とか言っていたので、放っておいたのだが。

 昨日の内に確認しておくべきだったな……失敗だ。

 こうなっては仕方ない。


「セレーネさん」

「な、何? ハインド君」

「ユーミルに無理矢理着せられるのと、今から心の準備をしておくの……どちらがいいですか?」

「二択なようでいて“着る”以外の選択権がないよね、それ……?」


 セレーネさんが苦笑する。

 カームさんがメイド服を手にその場で止まっているので、早目に話に決着をつけねば。


「本気で嫌なら、俺がユーミルを説得しますけど……どうします?」

「い、嫌じゃないよ。私だって一応、可愛い服は着てみたいし……でも、私なんかが着ても似合わないんじゃ……」

「……セレーネ様」


 不意に沈黙していたカームさんが、メイド服を置いて口を開く。

 見るに見かねてなのか、それともじれったかったのかは――前者か、多分。

 外面がこうでも優しいからな、カームさんは。


「は、はい! 何ですか、カームさん……?」

「セレーネ様は、お見せしたいとは思わないのですか?」

「え? あ、あの?」

「ですから――」


 二人の声のボリュームが抑えられる。

 女性同士による内緒話が始まり、俺はワルターと顔を見合わせた。

 こういう時って待っている側は結構居心地が悪いんだよな……。

 やがてセレーネさんがぎこちなく頷き、こちらを向いて震える唇で問いかける。


「み、見たい……?」

「へ?」

「ハインド君は私のメイド服姿、見たい?」


 見たいかどうかと問われれば、答えはシンプルだ。


「……そりゃもちろん、見たいですけど?」

「……わ、笑わない?」

「そんな予定はありませんが」

「じゃ、じゃあっ!」


 意を決したようにセレーネさんが拳を握る。


「じゃあ、頑張ってみるね……?」


 握った拳が解かれる前に、スッとその背中をカームさんが押していく。

 調整は別室でやると事前に言っていたので、移動するのだろう。


「ハインド様」

「はい?」

「メイド服は調整後、こちらでそのまま完成させても構わないでしょうか?」

「ええと……」


 ワルターに視線をやると、頷きを二度返してくれた。

 お前もそう思うか……素直に従った方が良さそうな流れを感じる。


「……はい、お願いします」


 きっと、カームさんには何か考えがあるのだろう。

 ユーミルとリィズが来たら同じように別室に、と告げてカームさんはセレーネさんを押して出て行く。

 ……。


「師匠……師匠は色々と、その……大変ですね?」

「……ノーコメントでもいいか?」


 むしろこれから大変なことが起きそうな予感に、俺は――とりあえず、黙って裁縫作業に戻るのだった。

 トビの分の執事服もさっさと作っておこう……。

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