お茶会翌日
「それで、どうなったん? お茶会は」
ずるずるっと麺を啜り、秀平が箸を突き付けてくる。
その行儀の悪い手を横にどけてから、俺は昨日のことを思い出した。
……よく考えたら昨日いた場所とのギャップが凄いな、ラーメン屋ってのは。
ちなみにこのラーメン屋、安くて味が良いという評判で地域では人気の店だ。
広さはそこそこ、俺たちが今座っているようなテーブル席がちゃんとある。
「お茶会なぁ……生徒の中に司を知っている人がいたらしくてな? 司が来ることを期待していたのか、俺の姿を見るなりがっかりされるという……」
使用人が普通に出入りする学校だから、そういうこともあるのだろう。
あの可愛いらしい容姿だ、当然好みだという子もいるはずで。
「あー、最初からそれかぁ。きっついねぇ」
「きついよな。もっとも、マリーがすぐに封殺していたけど……視線のみで」
「つ、強い……! マリーっち強い……!」
何か文句でも? といった声が聞こえて来そうな迫力の睨みだったな。
それを見ていたら、何となくマリーが学校でどんな立場かも分かった。
良くも悪くも、敵味方がはっきりしているというか……。
「最終的には、俺が傍にいると立ち姿のバランスが良いって評価に変わっていたな。ほら、マリーってそこそこ背があるから」
「司っちだとちょっと小さいもんねぇ……」
まだ司も背が伸びる可能性はあるが……どうだろう?
あまり背が高くなった司の姿は想像できないというか。
それこそ、パオルさんなら何も問題――と、さすがにもうこれ以上は止めておこうか。
いくら内心とはいえ、攻撃が過ぎると罪悪感が湧いてくる。
……そろそろ胡椒で味を変えるか。
醤油ベースのスープには胡椒が良く合う。
「で? 他には?」
「他っていうか……そうだな。私もあなたから注意されたりツッコミを受けてみたい――っていう評価、お前はどう思う?」
「へ? う、うーん……微妙? というか、芸人の相方に対する評価みたいな……」
「だよな……あ、いや、最初は真面目にやっていたんだぜ? 静さんの教え通りに、特に失敗もなく」
「おーう、さすがわっち」
マリーを嫌う生徒からの嫌がらせもあったが、上手く対処できたはず。
紅茶セットの中に本来なら使わない安い茶葉が混ぜられていたり、傍を通る時に足を出されたりと実にベタなものだったが。
それらを躱し、一通りの給仕を終えてマリーの後ろで待機状態に入った時のこと。
「でもさ、あまりにマリーも周囲も抜けた会話やズレた会話が多くて……」
「……口を挟むのを、我慢できなくなっちゃったんだ?」
秀平の言葉に、俺は無言で頷いた。
そのズレの内容というのが、またベタというか体がムズムズするようなもので。
「ある子がマルチーズの話をし始めたんだけどさ……」
「マルチーズっていうと……あの、犬の?」
「そう、自分の家で飼っているってことでな。そしたら、それを知らなかったのか食べ物のチーズの話だと思った子がいて――」
「お、おお……それで?」
「同じテーブル内で、ペットの話とチーズケーキの話が同時に行われるという……」
「カオス!」
その原因を作ったのが、かなりぽやーっとしている子だったな、確か。
静さんによると中立派の中では名家のお嬢様で、できればマリーの派閥に取り込みたいと言っていた女の子だ。
「そんなん、放っておけるほうがどうかしているだろう? そっから先はもう、相手がお嬢様かどうかとか関係なしだよ……あ、でも言葉遣いとか使用人としての低姿勢はちゃんと最後までキープしたぞ? 我ながら頑張ったほうだと思う……」
「偉いと思うよ、マジで……俺なら絶対無理だもん。ええと、そんで? その後は?」
ちょっと麺が伸びてきてしまったので、少し待たせて食べる速度を上げる。
途中で水を口に、そのタイミングで話を続けた。
「あの学校、お嬢様だけじゃなくて中上流家庭くらいの子も何割かはいるんだよ。それでもエリートの家の子には違いないんだけど。俺がツッコミを入れる前までは、その子たちが“そうじゃないだろう”っていう言葉を必死に飲み込んでいるのが伝わってきてさ」
「ちなみに、その層は常識がある子たちっていう理解でOK?」
「OK。俺がそうではなくて、こうでは? っていう訂正を会話の切れ目で何度か入れていたら、その子たちも“それ言っちゃっても良いんだ”って空気になってな」
そこで秀平が「あ、勝ったな」という顔になる。
うん、そうなんだよ。
「そしたらいつの間にか、会話の輪が広がって和やかな雰囲気ができ上がってだな……」
「中立派を取り込んで、マリーっちの反対勢力は封殺?」
「正解。もちろん、ちゃんとマリーが会話の中心になっていたしな」
日頃から訊きたかったことや話したかったことが余程溜まっていたらしい。
――権力やら立場やら、実に面倒な世界だ。
ただ、一度そういう空気を作ってしまえば、どうしたって悪意を持った迂闊な手出しはできなくなる。
「席を変えたりした後も、その空気を維持したまま上手いこと進んでな。ってことで、俺の最終評価がさっき言ったアレ」
「……はー。経過を聞いてからだと、かなり高評価に感じるような……もっとわっちとお喋りしたいっていう風にも取れるし、いっそ自分の執事になって欲しいっていう風にも取れるけど?」
「そうかぁ? どうだろうな……」
その言葉には今一つ同意しかねる。
一般的な感性をお持ちでない方々なので、俺の物差しでは測れないのかもしれないが。
「何にしても茶会は成功だったかな、一応。あれよりも格式張った場だったら、俺の行動はアウトだったと思うけれども」
そういった場所では自分からは一言も発さず、精々応答の短い言葉だけ――ということもあるそうだ。
個人的には、できれば関わり合いになりたくない類の社交場である。
「場に合った行動だったなら、別にいいじゃない。マリーっちもご満悦だったでしょ?」
「茶会が終わるまではな。終わった後の帰りの車内では、やけにご機嫌斜めだったが」
「あー……なるほどなるほど。それなら成功じゃなくて、大成功だわ」
「静さんもお前と似たようなことを言っていたな……」
あれは子供の駄々のようなものですから気になさらないでください――とも言っていた。
マリーがそうなった理由は色々と考えられるが……俺が何か言うようなことでもないと思う。多分。
ラーメンのスープを少し残し、そこで自分の食事は終了。
「まあ、昨日はこんな感じだった。満足したか?」
「うん、満足満足。わっちの苦労人体質も遂にそこまで行ったかぁ……って思った」
「その苦労の何割かは、お前が負わせているんだからな?」
性分なので別に嫌ではないのだが、こいつの場合はすぐ調子に乗るので要注意だ。
今日だって、客が家に来ていて居心地が悪い――とかで急に呼び出された次第である。
「いやぁ……わっはっは!」
「笑って誤魔化そうとすんなよ……」
「そ、それよりもわっち、TBの集団PK関連の影響とかその後とかの情報を昨夜の内に集めておいたぜ! 後で一緒に見よう!」
スマホを掲げ、秀平が勢い任せに言葉を紡ぐ。
丼を横にどかし、俺はテーブルに肘をついた。
「下っ手くそな話題転換だなぁ……乗ってやるけども」
「わっちのそういうところが大好きさ!」
「はいはい……」
回転率が大事なラーメン屋で居座るのは悪いからな。
どこか適当な場所に移動する必要があるか……。
秀平が食べるのを見ながら、先に完食した俺は水の入ったコップを傾けるのだった。