PK戦の終焉
戦闘が終了した。
雨はまだ止んでおらず、戦いの熱が引くに従ってその冷たさが身に染みる。
「ドリルと協力技もどきを撃ってしまった……何ということだ……」
真っ先に口を開いたのは、エルガーに止めを刺したユーミルだった。
それを契機に、ようやく周囲も一斉に動き出す。
まずい、倒れたメンバーの蘇生蘇生!
「悪いことをしたみたいに言わないでくださらない!? わたくしだって嫌ですわよ!」
「む……しかし支援込みなら四人協力……? むしろ今までの戦闘経過を考えれば所詮は最後の一撃に過ぎん訳だから、みんなのパワーを一つに的な――」
「しかも自分から話をややこしくしていますわ!? あなたのおつむで深く考えるのはおやめなさい、不毛な!」
「どういう意味だこのドリル頭!」
俺たちが戦闘不能者を急いで蘇生して回っている間に、ギルドマスター二人の口喧嘩が始まっていた。
ああ言う割には、二人ともノリノリだったように見えたけどなぁ……。
エルガー一人にやられた仲間は数多く、回復作業が完了するまでにはかなりの時間を要した。
やがて残存メンバーが集結し……。
「三十二名……」
約百名の内のおよそ三割である。
手酷くやられた、といった様相だがヘルシャは……。
いつもの自信に満ちた笑みを作り、みんなの顔を見回す。
「よく生き残りましたわね! ホームに帰ったら、先に戻ったみんなと一緒に祝勝会をいたしましょう!」
「「「おおー!」」」
まあ、しつこいようだがゲームだしな。
やられたと言っても、街に戻ればみんな元気に復活しているのである。
勝鬨を上げるシリウスの傍で、俺たちは俺たちでお疲れ様と互いを労い合う。
「あれ、ユーミル? お前そんなにHP減っていたっけ?」
「む?」
最後の一撃のために走る背中を見送った時は、HPがフルに近かったと思うのだが。
治癒魔法を受けながら、ユーミルは自分のHPを確認する。
「ああ、これか? エルガーが最後に一太刀入れてきたからな。それで負ったダメージだろう」
「マジでござるか!? はー……半端じゃない根性……」
「何とも執念深い相手でしたね。ねちっこいとも言いますが」
リィズの言葉には概ね同意できる。
だからこそ、レッドネームになるほどのPKを繰り返してここまで来たのだろう。
「レッドネームとは、かくありなんといった感じでござるか。でもそれ、リィズ殿が言っちゃうのでござるか? 執念深いとかねちっこいとか」
「は?」
「……い、いや、何でもないでござる」
ユーミルの治療、完了。
念のため『ホーリーウォール』もかけ直しておくか。
人数もかなり減っているし、街に入るその瞬間まで油断せずに行きたいところだ。
他のみんなも……よしよし、これで盤石だろう。
「……そういえば、エルガーの剣――」
セレーネさんが視線を向けた直後、地面に刺さったままだった剣はエルガーの体と共に消えていった。
ラストアタックを決めたユーミルがアイテム欄を確認するも、首を横に振る。
奪える装備はランダムな上、倒しても確定で奪える訳ではないからなぁ……。
「そっか……どれくらいの能力なのか気になったんだけど」
「まあ、いいではないかセッちゃん。やられたシリウスの連中の装備はしっかり取り返せているぞ!」
「うん、そうだよね……あっ」
セレーネさんが自分のインベントリ内を確認して声を上げる。
どうしたのだろうか?
やがてセレーネさんは変わった形の小型のクロスボウを取り出し……。
「これ……多分エーヌの……」
「「「はい!?」」」
姿を現していた時間がかなり短かったので、俺は確信を持てなかったのだが……。
セレーネさんはそれを矯めつ眇めつ眺めると、間違いなさそうだと小さく頷いた。
そんな予想外の出来事があったものの、その後の撤収作業は静かに行われた。
もちろん喜びがなかった訳でもないし、勝利には違いなかったのだが……。
「エルガー、凄いプレイヤーでしたね……あ、いや、PKはPKですし、褒める訳ではないんですけれども!」
慌てて訂正するワルターの言葉に、特に反対の声を上げる者はいなかった。
確かに、突き抜けていたという意味ではその通りで。
その強さはこの場の全員が認めるところである。
「良くも悪くも、あいつが支配した戦場だったしな……ギルドって訳でもない連中を束ねていた手腕も含めて、並のプレイヤーじゃなかったよな」
「初心者狩り後の乱戦のまま戦いを続けていたら、どうなっていたか分かりませんわね……最終的に勝ったのはわたくしたちですが!」
「そして最後のサクリファイスによる特攻ですか……結果的にかなりの損害を被ってしまいました」
「厄介でしたわね。勝ったのはわたくしたちですが!!」
「……ヘルシャ、しつこいぞ」
ヘルシャが何度も同じ言葉を繰り返しているのは、完全に勝った気になれないからだろう。
しかしながら……
「反省やら何やら色々あるだろうけど、そういうのは全部後でいいだろ? 切り替え切り替え。それよりも、もっと楽しい話をしようぜ。帰ったら祝いの席を設けるんだろう?」
「そ、そうですわね。しかし、楽しい話と言いますと……?」
「賞金の山分け――いや、この言い方はちょっと違うか。何か下品だし。論功行賞? みたいなのをやったらどうだ?」
やることが同じでも、こうやって言葉を変えることは大事だと思う。
特にカームさんの前では――って、案の定というか、言い直したタイミングで頷いてくれているし。
……ともかく、ヘルシャの手ずから褒美を貰えれば、それだけでシリウスの連中は大喜びだろう。
考えてみれば、初心者狩りを倒した際の報酬も未分配でかなりの額が積み上がっている。
それらの処理も必要だ。
「なるほど。確かに、働きに応じた報酬は必要ですわね」
「物凄い額らしいぞ、ユーミルとセレーネさんに入っていたゴールド。二人とも、みんなで分けようって言っているからその辺の相談をしておこうぜ」
特に防御系・支援系の職は賞金を得難いので、不満が出ないよう賞金の分配を行うことはとても大事だと思う。
噂では賞金の分け方を巡って内紛になったPKKギルドもあるとかないとか。
「――はっ!? そういえば、シリウスはレッドネームのどちらも倒せていませんわ!?」
「拘るなよ……あれは個人の手柄じゃないって、さっきユーミルも言っていただろう?」
「エーヌはともかく、エルガーのほうは同時攻撃でしたのに……納得行きませんわ! こうなれば、どちらが上か決闘を――」
「やめんか!」
カームさんが諌めるようにヘルシャの名を呼び、ワルターが手を彷徨わせてオロオロする。
これだけ戦った後に、まだ戦うなんてよく言えるもんだな……。