必殺の攻撃
黄金の戦士――『サクリファイス』付きの敵PKを抑えるのに必要な人数はおよそ五人。
職にもよるのだが、大体一パーティ単位は必要となる。
戦法としては神官の自滅を待つのが最も安全。
しかし……。
「一撃即死の緊張感……悪くない! むんっ!」
「相手を滅多打ちにしながら言っても、説得力が――せいっ! ないでござるよ、ユーミル殿!」
「トビ、余所見すんな! こうなったら下手に動かれる方が危ない……!」
スキルによる足止めがなくても可能な対処法はある。
それは、いわゆるヒットストップとノックバック連打による「ハメ」だ。
俺たちの場合は手数が多いトビが要で、相手に与えるダメージは全て1だが時間はそれで稼げる。
……それにしても、俺が使っていたころに比べて一人当たりの効果時間が長いな。
レベル上限が上がって、HPが増えたからか?
俺も杖を使った殴りに参加、ダメージがないのでもう誰が叩いても同じことである。
この状況だと攻撃頻度が低く、通常なら一発が重いセレーネさんが最も辛そうだ。
「遠距離攻撃には気を付けろよ、ユーミル!」
「分かって――ぶっほぉ!?」
「全然分かってねぇ!?」
通常攻撃による矢で、全HPの倍はあるダメージを受けてユーミルが吹っ飛ぶ。
急所に加えクリティカル発生により、完全なオーバーキル……。
あちらは別動隊が抑えに行っているのだが、PKたちも中々に粘り強い。
最初は『サクリファイス』付きの大技が唸りを上げて飛び、こちらにかなりの損害が出ていたのだが……MP切れに加え通常攻撃で十分致命傷を与えられることに向こうが気付いてからは、初級魔法や通常攻撃に切り替えての連射になっている。
しっかり防御しても二、三発、当たり所が悪いとあの通りだ。
「何て出鱈目な!?」
とは、『ファイアーボール』が『レイジングフレイム』並の威力になっているのを見たヘルシャの言葉。
「……仕方ありません。ハインドさん、あのお馬鹿さんのところに行ってやってください」
「いいのか? リィズ」
「誰が叩いても同じ、でしょう?」
「あ、ああ……」
あれ、俺さっきの声に出していたっけ?
……ともかくリィズが魔導書――は使わずに、『ウッドロッド』を装備して殴打、殴打。
フィールドで初心者を装うために用意していたものだな……魔導書を大事にしているのは知っていたが、そこでそれを装備する思い切りは見習いたい。
ダメージが1になると分かっていても、良い装備を持っていたくなるのが人情というものだ。
二人減った後の手数については、セレーネさんが装填に移るついでに石を投げたりしてくれているので何とか大丈夫か。
それでも場を離れることが心配なことには変わらないので、詠唱しつつ急いで吹っ飛んだユーミルの下へと走る。
「……」
その途中、未だに拘束を受けるエルガーの姿が目に入る。
サクリファイスがかかり直しているところを見るに、まだ諦めていないようだ。
……ユーミルは……あ、いたいた。
倒れてぐったりとしている頭の上から、『聖水』を適当に振りかける。
すると――
「ぬあああああ!? 恥ずかしい!? ドヤ顔で“分かっている”――とか答えた瞬間にこれか! 恥ずかしい! 恥ずかしいぃぃぃぃぃ!」
立ち上がるなり、顔を覆って悶えている。
そんな背中を俺は戻る方向に押して誘導していく。
「はいはい、そういうのは後で聞いてやるから。もう味方の数もギリギリだし、詰めなんだからしっかり頼むぞ」
「挽回する機会が欲しい……名誉を挽回する機会を……」
「しっかりしろよ……」
リィズがこの場にいたら「あなたに挽回するような名誉なんてありましたっけ?」とか言いそうだが。
どうにか自分の足で走り出したユーミルに、バフをかけながら並走することに。
リィズたちのほうは……おお、上手いこと動けないように殴り続けているな。数の暴力。
そして目前のPKの『サクリファイス』の光が、遂に消失した。
膨れ上がる被ダメージ、急激に減り始めるHPバー。
これはもう、俺たちが戻る必要もなさそうだな……。
「ああっ!? 馬鹿者、もっと粘れ! 私のために!」
「無茶苦茶なことを言うなって。今回は綺麗な勝ち方に拘るほどの余裕はないんだからな?」
このまま油断せずに行けば、ボロボロではあるが俺たちの勝利――
「きゃああああ!?」
「ぐああああ!?」
「「――!?」」
その時、ユーミルと共に通ってきたルート付近から悲鳴が複数上がる。
慌てて振り返ると、そこには……。
「がっ!!」
先程交代したエルガー拘束メンバーの一人が、俺たちの足元に吹っ飛んできた。
HPは瀕死の状態、虫の息でこちらを見上げながら必死に這いずってくる。
「すまな……ハイ――」
ズン、と無慈悲に上から黒い剣が突き下ろされる。
「おじょう……さ……」
その一撃は執事服を貫通し、ユーミルの比ではないオーバーキルダメージを残して彼を戦闘不能へと変えた。
全身甲冑の体の周囲は金の光に包まれ、HPを未だ半分近く残している。
「エルガー……!」
「くっ……こういう機会を望んでいた訳ではないのだがな!」
ユーミルがエルガーに向かって長剣を構える。
エルガーが口にした「最後の攻防」を凌ぎつつあることで数の優位は更についたが、エルガーが動き出した位置が最悪だ……!
俺たちがあっさり抜かれると、ヘルシャたち主力の後背を突かれることになる。
どうにかして時間を稼がなければ、ここから戦況がひっくり返ることもあり得るだろう。
「どうやって抜け出しやがった、この野郎……!」
「フン……貴様らの仲間の一人が油断しただけ――」
「あのドリル好き好き集団が、この大事な終盤戦でそんな抜けた真似をするか! 嘘を言うな!」
「お前……つい今しがた吹っ飛ばされた自分を棚に上げるつもりか……?」
しかしながら、会話をすることで時間は稼げている。
どういう訳か、エルガーは戦意を漲らせながらも先程より口調に激しさがない。
やがて吐き捨てるように呟いた。
「ちっ……仲間のミスだと信じ込んで仲違いすればいいものを……」
「イイ性格してんな、おい」
「やはり嘘ではないか! では、どうやって抜けたのだ貴様!」
「ただの流れ矢が原因だ。運が悪かったな」
「流れ矢……」
さすがに盾持ちを傍に置く人員的な余裕はなかった。
エルガーが重心を低くし、攻撃態勢に移る。
「何であれ、この機を逃す気はない。貴様ら全員、死んでもらう……!」
エルガーが走り出した瞬間、その胸元から闇が広がった。
リィズか……? 捉えた! ――と、俺が確信した直後。
「二度目はない!」
「何だとっ!?」
甲冑装備とは思えない高速サイドステップでエルガーが回避。
球状になった闇が虚しく周囲の塵を吸い込んで行く。
続けて突風を伴った矢が飛び、低ダメージながらもエルガーの体を大きく押しやる。
「ぐうっ!? やるな!」
「仕損じましたか……」
やはりこいつは、その辺のPKとは格が違うようだ。
完璧なタイミングの奇襲、それも座標指定型の攻撃を察知して避けるとは。
「リィズ、セレーネさん! さっきのPKは――」
「もう倒したよ! トビ君が今、あちこち助っ人に入りながらみんなを集めてる!」
「――ならば、私たち四人でこいつを止めるぞ!」
挟まれる形なので、後ろからの攻撃が怖いが……。
ヘルシャたちとトビ、そして自分たちの運を信じるしかない。
拘束から抜け出したエルガーと対峙してから数分。
とうに『サクリファイス』は切れ、立っているPKの姿は遂にエルガーただ一人となる。
だが、それでも……。
「はぁ、はぁ……」
「……この野郎! たった一人の癖に、何人道連れにする気だ!」
「迂闊に飛び込むのでは――」
剣が泥を弾いて地面に落ちる。
ヘルシャが言いかけた言葉が虚しく響き、また戦闘不能者が一人。
「……はっ!? も、申し訳ございません、お嬢様!」
「気を付けなさいな!」
だがそうなっても、こちらの蘇生には十分余裕がある。
それでもエルガーは戦いを止めない。
飽和攻撃に耐え、致命傷を避け、隙を突いて回復薬を使い、また戦う。
「何つー戦意の高さと対人技術だ……」
普通ならとっくに諦めるか降参している頃合いだ。
もうこうなっては、奴を一撃で倒すような攻撃を仕掛けなければ終わらないだろう。
それが分かっているのか、ユーミル、そしてヘルシャがこちらを振り返る。
他のアタッカーは――
「……っ」
「うう……」
駄目だ、エルガーの鬼神のごとき戦いぶりに腰が引けている。
俺はカームさんに視線をやると、彼女と共に頷き合い……。
「ハインド様……」
「後は二人を信じましょう……ユーミル、ヘルシャ!」
バフをそれぞれのギルドマスター二人にかけ直し、最後に残ったMPを全て譲渡すべく『エントラスト』の詠唱に入る。
二人の背を押すように、二つの杖が輝きを増して行く。
「分かっているな、ドリル!」
「ええ、一撃で決めますわ!」
『早詠みの腕輪』を外し、ユーミルのやや後ろをヘルシャが走る。
火球が大火球に膨れ上がるのに気付き、エルガーの傍で戦っていた味方が一斉に退却。
そして――
「フレイム――!」
「バーストォッ!!」
二重の爆発が炸裂し、甲冑の重さを感じさせない速度でエルガーが爆発の中から吐き出される。
木に激しく叩きつけられ、それでも剣を支えに立ち上がろうとするエルガーだったが……。
やがて前のめりの体勢で、泥の中へと深く沈み込んだ。
「……お、終わった……?」
体が灰色に染まっていっても、まだ半信半疑といった様子で誰かが呟く。
雨が降りしきる中、未だ黒い剣だけがエルガーの執念を表すかのように地に突き立っていた。




