必中の策と高ステータスの対処法
「ユーミル、みんな、下がれ!」
リィズと共に俺は前に出る。
こういったシンプルな言葉であれば、混乱した今の状況でも通じるはず!
「な、何をする気ですの!? お下がりなさい、ハインド!」
「いいから、任せろよヘルシャ! 上手くやってみせる!」
説得する時間がないため、そう返すしかない訳だが。
これで失敗したら、いい笑い者だな。
ヘルシャから得た信頼も損なってしまうかもしれない。
「むっ……」
一方のユーミルは、一瞬だったが俺の目をしっかりと捉え……。
大きく頷くと、エルガーの斬撃を躱してさっさと下がってくれる。
「しくじるなよ、そこの小さいの!」
「余計なお世話です」
ユーミルがリィズと一言交わしつつ後退したのを契機に、残った数少ないメンバーも続く。
シリウスの中でも、実力者と幹部クラスはほとんど全員残っているな……これなら何とかなりそうだ。
「リィズ」
「はい」
既に魔導書は喧しくページを鳴動させつつ激しく光を放っている。
目標である俺が前に来たことに気付いたエルガーは、一直線にこちらへ。
素早い反応だが、この状況をおかしいと思わないとは。
やはりこいつ、神官の頭数が減って焦っているな!
「ハインドォォォ!!」
「ハインドさんには指一本触れさせません!」
リィズが鋭く声を上げ、『ダークネスボール』を発動。
黄金の輝きと共に、エルガーは闇の中へと拘束される。
「ぐおおおおおお!!」
闇の中から這い出ようとエルガーが武器を地に刺し、踏み砕かんばかりに地を蹴りつけ、必死にもがく。
凶暴な獣が今にも網から飛び出そうとしているのを見ているようだ。
思わず一歩下がりそうになるが、みんながこちらに注目している。
グッと堪え、その場に悠然とした態度で立って士気の盛り返しを待つ。
「リィズ、後は作戦通りに」
「はい。ハインドさんの方針転換が完璧だということを、私が示してみせます」
力強い返事と共に、次の魔法の詠唱に入るリィズ。
俺は一つ頷くと、その隣で『クイック』の詠唱を行い『ダークネスボール』のWTを消す作業に。
――エルガーに表示されているダメージは極小、というか全て1だ。
魔法耐性も含めて、『サクリファイス』のバフ効果はやはり破格。
だがそれでも、闇魔法の中心に巻き込んだ際の拘束能力はステータスに関係なく相手を引き寄せている。
更に言えば、巻き込まれた味方は0で……よくこちらを信用して退いてくれたものだ。
『ダークネスボール』の効果切れを待って、
「さあ、次だ!」
「はい!」
凄まじい速度で突進してきたエルガーに対し、今度は『グラビトンウェーブ』を発動。
範囲設定は完璧、俺たちの手前までのエリアが高重力地帯と化す。
「トビ、グラビトンだけだと止まり切らない! 頼む!」
「拙者が!? ……なるほど、了解でござるよっ!」
ゆっくりと近付いて来るエルガーに対し、今度はトビに助力を請う。
チョイスしたスキルは『影縫い』――動きの遅くなったエルガーにそれを命中させるのは簡単だ。
「ハインド貴様ぁぁぁ!!」
「怖っ……されど、気付いたところでもう遅いでござるよ!」
トビの言う通り、エルガーもここに至りこちらの思惑に気が付いたらしい。
スキルで精製された光る苦無がトビの手から出現。
それをエルガーの背後に飛ばし、影を地面に縫い付ける。
「ぬああああ!!」
そしてピタリとその動きを止める。
水中にいるような遅い速度から、完全な静止状態へ。
まだリィズの動きは止まっていない。既に次の詠唱を始めている。
俺は『中級MPポーション』をリィズに使用し、後ろを振り返った。
「誰か! 誰か闇型の魔導士と支援型の神官は残っているか!? 今のと同じのをワンループ頼む、俺たちだけじゃWTが間に合わない! それから、トビと同じ軽戦士の回避型、それと罠型の軽戦士も補助に来てくれるとありがたい!」
「そういう――」
「ことですの!」
カームさんとヘルシャも俺の意図に気付き、手早く人員を集めんとメンバーの名を呼ぶ。
――俺の狙いは『サクリファイス』の使用者が尽きるまでの時間稼ぎだ。
『サクリファイス』を使用した神官は蘇生不可、故にスキルのループはできない。
使える者が誰もいなくなれば、後に残るのは手強いといえど素の状態のエルガーだけだ。
それからもう一点、エルガーがやりそうなことというと――
「く、おぉぉぉぉっ!!」
「ハインド殿っ!」
『影縫い』が切れたか……幸い『グラビトンウェーブ』はまだ効果を発揮中。
エルガーの『サクリファイス』も一旦切れたが、直ぐに黄金のオーラが復活……同時にこれは、敵の神官が一人減ったということを示している。
そんな中で、エルガーはインベントリに手を突っ込み――何かをこちらに向かって放り投げた。
見覚えのあるその球体は……『閃光玉』!?
咄嗟に顔を背け、目を覆う俺たち。
光が収まったのと同時、『グラビトンウェーブ』の効果が切れる。
「はあああああああ!!」
拘束から逃れたエルガーが迫る。
一撃を凌ぐにしても、恐らく掠っただけで戦闘不能になるほどの攻撃力だ。
杖を手に身構えていると、不意にエルガーのオーラが暗く陰る。
「言ったはずです。ハインドさんには、指一本触れさせないと」
リィズが宙に浮いた魔導書と共に、俺を守るように片手を上げていた。
再び『ダークネスボール』に囚われたエルガーの体の周囲で、一瞬虹の壁が光る。
危ない……『ホーリーウォール』が間に合っていたら、そのまま斬られていたかもしれない。
それにしても、我が妹ながら何と格好いい……そしてこの度胸満点の態度。
リィズはこちらを振り返ると、『三角帽子』のつばを撫でて小さく笑んだ。
どうやら、咄嗟に帽子を下げて閃光を防いだらしい。
腕で顔を覆うよりも、短い動作で済むもんな。
「っ、ぐううっ!! ……ふざけるな」
と、そこでエルガーの態度が変わる。
ようやく拘束を交代するメンバーを整え、ヘルシャたちも俺たちの傍に付く。
前衛部隊は他のPKたちが来ないように周囲で戦闘中だ。
「あと一歩だぞ……もう一歩踏み込めば、貴様の命に届くというのに……!」
「……」
「過去最長の準備期間、人員集め、そして何より……エーヌの犠牲……!」
そういえば、セレーネさんの得た賞金はエーヌ一人で半端じゃないことになっているんだろうな……。
俺はエルガーの言葉を聞きながら、そんな取り留めのないことを思った。
それよりも――
「心にもないことを。時間稼ぎが見え見えだぞ、エルガー。ヘルシャ、神官のみんなに回復とホーリーウォール使用の徹底を。前衛部隊には守りを固めるように指示を出してくれ」
「……えっ?」
「あの閃光玉は、確かに俺たちを狙ったものだったが……同時に味方への合図でもあったんだろう?」
エルガーの表情は見えないが、今、こいつは甲冑の中で戦闘不能になる際にエーヌと同じ顔をしている……そんな気がした。
まだ話が分からないという様子ながらも、ヘルシャが防御態勢を整えるよう通達を出す。
「ククッ……どうせお前なら気付いていると思ったよ、ハインド。さあ、最後の攻防だ!!」
闇の球体に囚われながらも、エルガーは両手を広げて力強く叫ぶ。
――直後、異変は表れた。
「――お嬢様、サクリファイス付きのPKが複数出現! 前衛部隊に特攻をかけています!」
「何ですって!?」
やはり来たか……。
すぐに、『サクリファイス』を受けた他の後衛の――異常な威力をした魔法なり矢も飛来することだろう。
撤退などはなから考えてはいない、殺意のこもった最終攻撃だ。
「これを防ぎ切ればお前の勝ちだ、ハインド」
「俺の? ――いや、そうじゃないだろう?」
「わたくしたちの、ですわよ!」
「ククク……お前らのそういうところが気に食わないんだ、俺は。だからつい、ぶち壊してやりたくなる……少しでも拘束に隙を作ってみろ、すぐにお前らを殺してやるからな……!」
言葉の通り、話しながらもエルガーは拘束から逃れようと足を止めない。
力を緩める様子がない。
それに対し、俺たちは――
「歪んでいますわね……まあ、しかしながら現実でそれを出さないのであれば、特に問題ないとだけ申し上げておきましょう。そこで存分に足掻くといいですわ」
「だよな、ゲームだもん。俺たちが気に入らないなら、最後まで全力でかかって来いよ――あ、後は頼んます。距離には十分に気を付けて」
「「うぃーす」」
「「はーい」」
「なっ……」
交代の拘束用メンバー四人にバトンタッチし、エルガーに背を向ける。
エルガーが何に対して絶句したのかは分からないが、今はこれ以上話すことは別にないだろう。
「それじゃあ、俺たちも行くとするか」
底を尽きかけている回復薬を手に、即座に次の動きへと移る。
頷いたヘルシャ、リィズ、トビと共に、俺はみんなが待つ前線に向かって駆け出した。




