必中の矢と黄金のオーラ
「……」
エルガーはこの前とは違い、何も語ろうとはしない。
黙したまま歩みを進め、そして――
「……!」
真っ直ぐにこちらに向かって駆けてくる。
それに対し、ユーミルとマナカさんが接近。
「やはり狙いはハインドか! 行かせんっ!」
「やらせないわっ!」
両側から挟み込むように武器を振り下ろす二人を前に、エルガーの体が沈み込む。
「――邪魔だっ!!」
エルガーの全身を黄金の輝きが包み、一閃。
ただの『ヘビースラッシュ』とは思えないダメージを受け、二人は一撃で戦闘不能となった。
「ユーミルっ! マナカさんっ!」
「なっ……!? これは!」
ヘルシャが驚きを顔に張り付けてこちらを見る。
あのスキルを見た回数はそれほど多くないが、いずれも深く記憶に刻まれている。
……間違いない。俺はヘルシャに向かって小さな頷きを返す。
「サクリファイス……!」
どうやって他のPKにアレをやることを納得させているのかは、定かではないが……何という執念。
黙して詰め寄ってくる姿も相まって、若干の恐怖を感じる。
戦闘不能になった二人に代わり、トビとワルターがエルガーの前に立つ。
カームさん、セルウィが走りながら俺に視線を向け、ヘルシャのほうを指差し――蘇生は自分たちに任せて、作戦を練れということだろう。
「い、いくら高火力になろうと、元から一撃で吹っ飛ぶ拙者にはか、関係ないでござるし! やったるぜ!」
「サクリファイス……攻撃も通り難いはずですが、ボクのスキルなら……!」
トビの後ろからワルターが発勁を狙う。
トビの攻撃によるダメージは全て1に抑えられ、ワルターの発勁だけは的確に回避、剣を振って近付かせない。
さすがに大量のHPがあるとはいえ、防御無視攻撃は警戒しているか……。
「ハインド、戦術決定をなさい! ――早く!」
エルガーが二人と戦いながらも、こちらに向けての前進を止めない。
ワルターが『発勁・破』をちらつかせていなければ、とっくにこちらに到達しているだろう。
焦りを帯びたヘルシャの声に、俺は即座に言葉を返す。
「サクリファイスの弱点は使用者の神官だ! 今のエルガーを倒すのは無理だ、足止めしつつそっちを先に!」
周囲を見回し、天に昇るあの目立つエフェクトを探す。
――あった!
発動者を探り当てると、俺はそちらを指差して叫ぶ。
「セレーネさん!」
「了解っ!」
反応よくセレーネさんが放った矢は、黄金のオーラを放つ敵神官に向かって一直線に突き進む。
しかし、それを読んでいたように盾を持った敵PKが立ち塞がり、矢を弾く。
恐らくこれもエルガーの指図なのだろう。
あの野郎、しっかりこっちの動きを読んでやがる!
「ごめん、ハインド君! 直ぐにリカバリーするっ!」
セレーネさんが目を瞠る速度で次矢を装填、次の瞬間――。
エルガーが纏っていた黄金のオーラが消失した。
盾の隙間を縫うようにして『スナイピングアロー』を神官に当てた……のだと思われる。
矢の速度と雨による視界の悪さが相まって、正確に視認することは難しい。
「凄っ……」
だが、セレーネさんがそれを為したことは明白だ。
その絶技に、近場にいたシリウスのメンバーの誰かが呆然と呟く。
何にせよ、これは……。
「チャンスだ、畳みかける! ヘルシャ、号令を!」
「近接職は総員、エルガーを! 他は敵後方部隊の牽制ですわ! 何もさせるんじゃありませんわよ!」
ヘルシャが付近のメンバーに呼びかけた。
後方で体勢を整え直した部隊も既に到着、散っていたPKや分断されても生き残っていたシリウスのメンバーたちも集まり、この場は戦果の中心となっている。
俺は使える限りのバフを使用、そしてHP減時に火力が上がる職に気を付けながら回復、回復。
「うおお、行けるでござるよ! みんな、頑張れぇ!」
「足止めで精一杯でしたね、ボクら……」
MPが0になってしまったトビ、ワルターの二名は一度後退、即座にMPポーションを手にする。
二人が回復に努めている間に、エルガーのHPバーは半分に。
これだけの人数からの集中攻撃を受けて、三十秒以上も持たせるのか!?
アルベルトやユーミルとも違う、攻撃と牽制を兼ねた鋭い斬撃で間合いを制している。
普段は深く踏み込み過ぎず冷静に、しかし相手のミスが見えた瞬間――必ず殺し切るといった意志と勢いを持って襲いかかってくる。
そのプレイヤースキルと、時折覗く凶暴性に思わず舌を巻いていると……遂に恐れていた事態が起こった。
「うおおおおああああっ!?」
「きゃあああ!?」
それまで一切鳴りを潜めていたエーヌが、突如敵PKの背後から飛び出して『ブラストアロー』による援護を敢行。
エルガーの周囲のプレイヤーを敵味方問わず、エルガーだけを避けるように全て吹き飛ばす。
「――なっ、何てこと!?」
ヘルシャを始め後衛メンバーが十分に警戒していたにも関わらず、エーヌはそれを掻い潜って大打撃を与えてきた。
くそっ! ここまでそれらしい矢が一射もなかったのは、こちらの――いや、セレーネさんの意識から一瞬だけでも消える機会を窺っていたからか!
「――!!」
直後、セレーネさんが放った『ブラストアロー』が、姿を晒したエーヌを完璧に捉える。
カウンタースナイプを受けて吹き飛ぶ女性レッドネーム・エーヌの口元は……俺の見間違いでなければ、今の一射で目的は果たしたとばかりに嗤っていた。
――ぞわり、と全身の毛が逆立つ。
同時に聞き慣れた爆発音が発生、エルガーの『バーストエッジ』によって数人が戦闘不能となる。
「ククク……ハインドォォォ」
エルガーが再び黄金のオーラを纏いながら、低い声で俺の名を呼ぶ。
心なしかエルガーが纏うオーラは、ユーミルが纏っていたそれよりも禍々しく見える。
こんなもの、気のせいだとは思うのだが。
……しかし、ふと考える。
先程からエルガーのそれは、あまりに芝居がかっているような。
とすればこの心理状態、相手の思う壺なのではないだろうか?
「……リィズ」
「はい、何でしょうか? ハインドさん」
この状況にあっても、変わらぬ冷静な声が頼もしい。
暗殺を警戒して俺に張り付いていたリィズが、少しだけ離れて見上げてくる。
エルガーから距離を取りつつ周囲を見ると、互いの戦力はボロボロ、ただし突撃隊の戦果によって数の上ではややこちらが優勢。
一方あちらは壊滅寸前なものの、レッドネームのエルガーが『サクリファイス』によるバフ効果を受けて接近中。
『サクリファイス』役の神官が残り何人いるかは、堅い盾の壁の中だが――覗く足を見る限りでは……。
「一つ、頼まれてく――」
「もちろんです! ハインドさんの頼みであれば!」
「お、おお、反応速いな。それじゃあ……」
戦場は混乱の只中にある。
ヘルシャが必死に声を張っているが、エルガー一人に……たった一人に、次々と戦闘不能者を出してしまっている。
この状況では、満足に指示を伝えることも話を通すことすらも難しい。
復活したユーミルとマナカさん、トビにワルターが中心になって抵抗しているが、『サクリファイス』付きのエルガーの強さは異常だ。
正攻法ではいつまで持つか分からない。
だったら――。