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雨中の突進

「うおおおおっ!? 名馬の全力疾走、速過ぎ!! こええ!」

「セルウィ、うるせえ!?」

「で、でもよ、ハインド!」

「なるべく試乗・練習しておくように言いましたでしょう!?」


 あれだけ喋って舌を噛まないのは立派なものだが、どうにも集中力が削がれる。

 トビが馬を寄せ、心配そうな表情で周囲を見回す。


「ハインド殿、接敵前に騒がしくするのは……」

「いや、大丈夫だぞ。どうせこちらの動きは筒抜けなんだし」


 何せスタート地点が平地側である。

 向こうの林はよく見えないが、こちらの様子はあちらから丸見えだろう。

 狙ってそれを行ったのかは不明だが、位置取りに関しては既に負けている。


「では、奇襲ではなく――」

「陽動も兼ねた突撃だ。敵をなるべく多く引っ張れれば、他が楽になる。だから騒がしくしても別に問題なし」

「そうでござったか。良かったでござるな? セルウィ殿」

「良かねえよ!? マジで怖いんだけど!」

「……」


 リィズが「大丈夫かこいつ」という表情でセルウィを見ている。

 心配はもっともだが、この場面でわざわざ使えない人間を編成に組み込んだりはしない。

 セルウィの場合は――


「ハインド、林に入るぞ!」

「っと。みんな! 奇襲・狙撃に注意だ! ……セレーネさん?」

「向かって右の地形が身を隠しやすい、かな?」

「ヘルシャ!」

「――前衛のメンバーは右寄りに! 他は互いの死角をフォローしつつ、全方位に気を配るように!」


 思考を一旦切り替え、姿勢を低くする。

 隊列を微妙に組み替えつつ、俺たちは林の中へと突入した。




 中に入ると、交戦中のシリウスのメンバーとPKたちの姿がそこに。

 俺たちは道すがら、移動速度を損ねないようにしつつもそれを援護しながら目標地点に向かって行く。


「邪魔ですわ!」

「馬に蹴られたい奴は前に出ろぉ!」

「ごぇっ!?」

「がっ!?」

「お、お嬢様!? 勇者ちゃん!?」


 援護……じゃないな。

 ギルマス二人が競うように、敵を薙ぎ払いながら突き進んで行く。

 馬による体当たりの威力はそこそこ止まりだが、吹き飛ばす距離はかなりのものだ。

 それのみで攻撃を完結できないようにするための、アクションゲームにはよくある調整。

 馬の足が折れたりしないのも、ゲームであるが故だろう。


「名馬って速度だけじゃなくて、馬力もすげえのな……」

「敵にぶつかって一々足が止まるような馬なら、こんな作戦は立てないって」


 セルウィは段々と落ち着いてきたのか、やや後方から危ないHPのメンバーを回復しながら馬を走らせている。

 俺の言葉に得心が行ったように頷いているが、こちらを見て一言。


「お前らのグラドタークが蹴ったPKだけ、錐揉みしながら倍の速度で吹っ飛んでるのが何とも……」


 そんな呆れを含んだ目で見られてもな。

 文句は『グラドターク』をこう調整したゲーム運営なり開発なりに言って欲しい。

 その時、セルウィの馬の足元に魔法が着弾し――


「ひぃっ!?」

「ひえっ!?」


 矢が近くを掠めたトビと同時に悲鳴を上げる。

 何と言うか、かなり似ている悲鳴だったな……。


「カームさん、右手に重傷者が見えます!」

「了解しました、セレーネ様」

「マナカさん」

「なぁに? リィズちゃん」

「槍、槍。先端にPKの服が引っかかってますよ。引き摺ってます」

「ああぁぁぁぁぁぁ!!」

「あらやだ。道理で重いと……えいっ」

「ああぁぁぁぁ………………」


 ポイッと、ボロボロの状態で捨てられる男性PK。

 酷いものを見た……。

 ちなみに分隊長のマナカさんは、槍装備の重戦士な武装メイドさんだ。 

 ――あれ、女性陣のほうが勇ましくないか? この突撃隊。


「……」

「たぁっ! ……あれ? 何ですか? 師匠」


 そこでついワルターを見てしまったが、特に他意はない。

 武闘家に馬上戦闘は辛いかと思いきや、ワルターは鉄の棒のようなものを振り回している。

 武闘家の装備適性がガントレットやグローブ、特殊な靴などだが、棒術用の棒、ヌンチャクなどのそれらしい武器は攻撃力の減衰が比較的緩いらしい。

 そのワルターの動きはというと、かなり様になっており……。

 やはり武道経験があるのだろう。

 そういえば、まだその辺について話を聞いていないが――今はそんな場合じゃないな。


「いや、何でもない。それよりも、MPは大丈夫か? ほら、ポーション」

「あ、ありがとうございます!」


『エントラスト』はこの後に控える敵のために使う必要があるので、まだ温存だ。

 林を突っ切って少し開けたところに出ると、敵の塊がシリウスのメンバーを圧倒しながら前進しているのが目に入る。

 PKたちは寄せ集めとはいえ、ここまである程度のまとまった動きと勢いを維持している。

 原因は明白で、中心となる場所に――


「――ヘルシャ!」


 レッドネーム、エルガーとエーヌがいるからだ。

 俺が呼びかけると同時、ヘルシャは大魔法の詠唱へと移っている。


「いましたわね、レッドネーム……わたくしが道を切り拓きます!」


 魔導士のヘルシャをわざわざ先頭に立たせていたのは、士気高揚以外だけでなくこれを見据えてのものだ。

 神官三人が頷き合い、それぞれ詠唱を始める。

 敵もこちらに反応し、盾持ちや騎士などが素早く立ち塞がる。

 憎らしいぐらいに的確な動きだが、構うものか。


「上から叩き潰すだけの話ですわ!」


 まずは俺が使用した『マジックアップ』がヘルシャにかかり……。


「一つ目!」


 矢が殺到する中で、ヘルシャは俺がつい先程使用した『ホーリーウォール』を犠牲に魔法を――放つ。

『レイジングフレイム』が雨を蒸発させながら、敵集団へと突き進んで行く。

 交戦中の味方に当たらないよう、回り込んで十分にコントロールされた一撃だ。


「――二つ目!」


 カームさんの『クイック』、セルウィの『エントラスト』が発動し、ヘルシャが少しの間をおいて『レイジングフレイム』による二射目を発動。

 デメリットとして威力は抑えられているが、以前ベールさんから譲り受け、突撃前にヘルシャに渡した『早詠みの腕輪』の効果によって連射に近い速度で火の大玉が飛んで行く。

 次はカームさんが『エントラスト』、俺が『クイック』で、セルウィはMPポーション使用、馬の足を止めてMPチャージを行いつつ次に備えている。


「三つ――!?」


 三度目の『レイジングフレイム』を放とうとした直後、ヘルシャの下に矢が飛来。

 まずい、さっきヘルシャは『ホーリーウォール』を消費して――


「三つ目ぇ!!」


 そう思われた直後、虹色に光る壁が矢を叩き落とす。

 ヘルシャが三発目の『レイジングフレイム』を放つ横で、セルウィが俺に向かってガッツポーズを作る。

 MPチャージの前に使っていたのか? やはり、あいつを連れてくるようヘルシャに進言しておいて正解だった!


「さあ、フィニッシュですわ!」


 四発目、俺は『エントラスト』、セルウィは『クイック』、カームさんはMP回復という役回りで神官三人と魔導士一人によるスキルリレーは完成。

 レイド、『クラーケン』戦で行ったものの小規模再現である。

 ヘルシャが景気良く大火球をぶっ放し、大量の蒸気を巻き上げながら敵を焼き尽くす。


「はぁ、気持ち良い……これこれ、これをやってみたかったのですわ!」

「うむ、クラーケン戦ではほとんど不発だったものな! 詠唱が長いせいで連続ではなく、細切れだったし!」

「う、うるさいですわよ!」


 敵の被害は甚大だ。

 雨という悪条件ではあったが、それを全く感じさせない炎の威力により大量のPKたちがその場に倒れている。

 そのPKたちの体を踏み越えるように、甲冑の騎士が煙と蒸気の中から現れ……。


「……しかし、どうやら本命を倒すには至らなかったようだな」


 頭の上には禍々しく赤い名前が、歩行の上下に合わせてゆっくりと揺れていた。

 それに対しユーミルが笑みと共に戦意とオーラを漲らせ、馬から降りて剣を構える。


「他と一緒に焼け落ちて下されば良かったのに……まあ、いいですわ。燃え尽きるまで、何度でも炙って差し上げます!」


 目の前に立ちはだかったエルガーの姿に、俺たちは一斉に馬から跳び下りて武器を構えた。

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