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雨中の戦い

 集結要請から数分後、雨が降り出した。

 視界が悪くなると同時に、足元が不安定になる。

 どちらかといえば、これは攻勢に出ている向こうにとって好条件だろう。

 後退の際に足を取られると、どうしても焦りが出る。

 それでもどうにか奇襲を受けやすい木立を抜け、フィールドの平地部分に移動していた俺たちだったが……。


「お嬢様、マナカの分隊が孤立しています!」

「レオの分隊を救援に向かわせなさい! あの位置ならまだ間に合いますわ!」

「後詰部隊がPKの大部隊に捉まりましたぁ! 戦況は五分ですが、振り切れそうもありませんっ!」

「くっ……!」


 一気に戦況が悪化、集結が完了しているのは全体の六割といったところか。

 PKは俺たちが封鎖していたフィールドの出入り口の一角を突破。

 そこから大量に雪崩れ込まれ、現在の戦況となっている。

 シリウスのメンバーが不安そうな表情でヘルシャの下に集まり、次の指示を待つ。


「お嬢様、このままでは……」

「お嬢様、ご決断を!」

「……仕方ありませんわね」


 意を決したように顔を上げるヘルシャ。

 何か奥の手でもあるのだろうか?

 俺たちが一斉に注目すると――


「ハインド、何とかなさい!」

「はぁ!?」


 びしりとこちらに指を突き付けたことで、ヘルシャに集まっていた視線がこちらに殺到する。

 いくら何でもこれは酷いだろう!?


「何って無茶振りをしやがる!? ユーミルかお前は!?」

「――否定できないっ! そしてする気もないっ!」


 回復薬を使いながらユーミルが叫ぶ。

 それに対し、ヘルシャは若干心外そうな顔をしつつも言葉を続ける。


「何度も言いますけれど、一緒にしないでくださらない!? わたくしだって、少し時間をかければ最適解を導き出す自信はありますわよ!」

「じゃあやれよ!?」

「その時間がありませんのよ!」

「そ、それはそうだが……」


 こうしている間にも刻々と状況は変化――否、悪化していく。

 両陣営の勢いの差は歴然で、何か手を打たなければならないのは火を見るよりも明らかだ。


「し、師匠。お嬢様は師匠の分析力をお認めになって――」

「分かってるよ、ワルター」


 こういうのはリィズにも一緒に考えてほしいが、闇型ダークタイプの魔導士は貴重な足止め役だ。

 今もセレーネさんと共に、林の方角に向けて遠距離攻撃を続けている。

 他の足止めしてくれているシリウスのみんなのためにも、何とか策を捻り出さなければ……。


「……」


 大人数同士による対人戦というと、思い出されるのはギルド戦だ。

 あの時は自分たちの戦い以外にも、参考にならないかと複数の他ギルドの試合を見た。

 今の俺たちのような窮地に陥った際に、逆転を収めたギルドの戦い方というと……。


「ヘルシャ」

「何か思いつきましたの!?」

「案を三つ出すから、その中から選んで決めてくれ。ユーミルも、それでいいか?」

「私たちは助っ人に過ぎないからな。横から口出しはするが!」

「……程々にな?」


 参謀役の仕事はあくまで献策まで。

 決断を下すのは、トップであるヘルシャの役目である。

 ヘルシャが了解するのを待ってから、俺は口を開いた。


「まず一つ目、消極策だ。既に俺たちは、初心者を助けるという目的は達している。だから撤退――」

「「却下!!」」


 ヘルシャだけでなく、ユーミル、更には数人のシリウスメンバーからも非難の目が向けられる。

 ……こうなることが分かっていたので、最初に言ったのだが。

 もう何人か戦闘不能、蘇生不可で移動させられているので、装備を奪い返す必要もあるからな……。

 確定でPKを倒すと装備を取り戻せる期間があるのだが、これが意外と短いのだ。

 仇は取らなければならない、というのはやはり共通認識か。


「じゃあ二つ目、中庸ちゅうよう策。シリウスの分隊編成が功を奏して、どうにか混乱しつつも戦力を保てている」

「うむ。今も、神官たちがかなり気合を入れて働いているな?」

「本当は俺も、今すぐ前線に戻って回復に入りたいんだが――」

「駄目ですわよ! 上に立つ者は、時にそういった感情を抑える必要がありますわ!」

「そうなのか!?」

「どうしてそんなに驚いたような顔をしているんですの!? 前線大好きの突撃お馬鹿は少し黙っていてくださらない!?」

「リィズ並に辛辣!!」


 シリウスのような大所帯は特に、的確な指示がないと硬直するからな。

 ヘルシャの言い分は理解できる。

 本来、ヘルシャの判断を補佐する役目はカームさんがやっているのだが……彼女は前線に残っている。

 カームさんがこの場にいないのは、自分が抜けると戦線が崩壊すると判断したからだろう。

 位置取りの都合で、ここに居合わせた俺には彼女の役目を代行する責任がある……ような気がする。

 カームさんから直に頼まれた訳ではないが。


「……分かってるよ。話を戻すぞ? だから俺たちはこのまましばらく我慢して、平地への集結を続ける。そしてこちらが体勢を整え直したところで、組織で連携して――」


 戦場を見ながら、手を動かして二人に分かるように示していく。

 そして最後まで動かしたところで、俺はその手をポンと打ち鳴らし……。


「敵を叩く。これが第二案」


 伝わっただろうか?

 やがて二人の表情に理解の色が広がるのを見て、ほっと一安心。


「……悪くありませんわね」

「うむ」


 今度はそれなりに好感触といったところ。

 しかし、正しい判断を下してもらうにはデメリットの説明も必須だ。


「ただし、集結前に今以上に戦力を消耗する可能性もあるし、こちらの陣形が整った時点で向こうに逃げられるって展開もあり得る。包囲はとっくに崩れ去っているし、PKたちが木立を盾に逃げるのは、そう難しくないだろう」

「むっ……それは」

「いただけませんわね……」


 これは悪く言うと現状維持の作戦である。

 大きな動きをしない代わりに、安定感を取るという――土台、目の前の二人の好みには合わないであろう作戦。

 そのため、やはり二人のギルドマスターの表情はあまり良いものではない。


「いいか? 二人とも。最後、三つ目。これはいわば積極策だな」


 積極策と聞いて、二人が俄然身を乗り出す。

 答えは、俺が内容を口にする前からほとんど決まっているようなものだった。




 馬を揃え、最低限の陣立てを整える。

 積極的な策であろうと、準備が完了するまで我慢するところは第二案の中庸策と同じだ。

 やることは至ってシンプル。

 まずは急遽編成したトビを中心とする偵察隊とシリウスの正確な連絡網を使い、敵戦力の中核がどこにあるのかをサーチ。

 そして……。


「準備はよろしくて?」


 即席の突撃隊の先頭、馬上から後ろを振り返るヘルシャ。

 積極策はずばり、敵・中核戦力への突撃である。

 現実ではまず取れない愚策だが、復活要素のあるゲームでは多少の無茶が利く。

 突撃隊のメンバーは渡り鳥の五人。

 そしてシリウスからはヘルシャ、ワルター、カームさんのいつもの三人にセルウィ、先程合流したばかりの分隊長・メイドのマナカさんの総勢十名。

 ……うん、まあ、結局採用された策はユーミルの大好きな突撃なんだよな。

 ヘルシャもかなり乗り気である。

 複雑な策を巡らせる時間もなければ、そんな状況でもないので仕方ないが。


「いつでも行けるぞ、ヘルシャ」


 全員が頷いたのを見計らい、俺はヘルシャに対して準備が完了した旨を伝える。

 するとヘルシャが反応する前に、隣のユーミルが先頭のヘルシャに向かって小さく鼻を鳴らした。


「それにしても、魔導士のドリルが先頭とはな……あんなことを人に言っておいてそれか」

「時と場合によりますわ。必要な時に躊躇いなく前に立てる者こそが、真の指導者!」


 自己陶酔気味に語るヘルシャを、ユーミルが冷めた目で眺める。


「はー。ほー。そうかそうか」

「……何ですの。何か文句がありまして?」


 無駄話をしている時間はないのだが……。

 早くするよう急かす目的の視線を送ると、二人は鋭い表情を交わし合って笑う。


「いいや。文句はないが、少しでもぬるい動きをしたら私が先頭に立つからな?」

「上等ですわ!」


 ……これはある意味、気合を入れるための儀式のようなものなのだろう。

 そんなやり取りを済ませると、二人はそれぞれ馬上で前を見据える。

 俺もそれに釣られるように、グラドタークの手綱を強く握りしめた。


「――では、参りますわよ!!」


 攻撃用の鞭を地面に打ち付け、駆け出したヘルシャに続いて俺たちも出る。

 肩を、髪を濡らす雨は少しずつその勢いを増していた。

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