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渦中の支援作法

 俺たちが決めた回復に関する取り決めはそれほど複雑ではない。

 まずは自パーティ。

 自分のパーティを最優先し、なるべく戦闘不能者を出さないこと。


「――盾がぁっ!?」


 ……このように、大ダメージを受けた者が出たら『ヒーリング・プラス』を。

 あの間抜けな叫び声からして、何に横合いから殴られたのかは視認できたようだ。

 ユーミルは盾を装備していないので、自分が持った盾が砕けたりした訳ではない。

 騎士の『シールドバッシュ』による不意打ちを受け、かなりの距離を吹っ飛ばされる。


「あだだだだだだっ!?」


 そして土魔法『ストーンブラスト』による石(つぶて)によってHPが目減りする。

 直後、木に背にして踏ん張るユーミルの体が光に包まれた。


「瞬間回復っ! ……からのリベンジ!」


 以降の追撃を全てかわして素早く斬りかかり、あっさりと重戦士と魔導士を続けざまにのす。

 ユーミルは一瞬だけこちらを振り向き、白い歯を見せて親指を立てた。

 そしてすぐに次のターゲットへ。


「ちょっと集中力が落ちてきてんのかな……いや、こいつらが初心者狩りにしては強いのか?」


 理由は判然としないが、ユーミルの被弾が段々と増えてきた。

 今のフィールドは平地と森林、細い川が存在する『グラド帝国』らしい変化に富んだ地形だ。

 集団PKとの戦いはこれで三戦目……。

 初戦は事前に引き締めただけあって、初心者狩りには圧勝。

 続く上位PKとの戦い――


「くたばれぇぇぇ、ハインドぉ!!」

「おっ」

「――!! ハインドさんっ!」


 PKの声にリィズが鬼の形相で振り返るが、俺は攻撃をいなして杖で弾き飛ばす。

 そしてリィズに「問題ない」と手振りで示す。

 乱戦は苦手だが、この程度の単発の攻撃ならば問題ない。

 バウアーさんの訓練が存分に活きている。

 ――前回の上位PKとの戦いは、安定して勝利することができた、

 ただ、最初の二連戦で力が入り過ぎたのか、今相対している初心者狩りとの戦いは全体的にミスが増加中だ。

 HPが減っていない時は、バフをパーティメンバーにどんどん撒いていく。


「――よっ! ほっ! 甘いでござるよ!」


 こちらはさすがの集中力、ゲーム慣れの賜物と言うべきか。

 バフは壁役であるトビへの『ホーリーウォール』が最優先で、複数回の『分身』の使用でHPが減った際は特に注意が必要となる。

 これを徹底していれば、軽戦士・回避型アヴォイドタイプの即死回数は目に見えて減ることになる。

『リヴァイブ』は詠唱時間が長いので、一人の戦闘不能によって戦線が崩れることも珍しくない。

 場合によっては――


「ちょ、あ、待って待って! 誰か助けて! 蘇生が間に合わない!」

「任せてくれ!」


 慌てるメイドさんの横をすり抜けるように、全力で輝く水の入った瓶を投擲。


「あ、ありがとうハインド!」


 詠唱時間が必要ない時は『聖水』を迷わず使用することも必要だ。

 蘇生猶予時間越えは最も駄目なパターンで、その戦いの間はまず戻って来られない。

 ただし『聖水』は一人が所持できる数に厳しめの制限があるため、使い過ぎるとあっという間になくなってしまう。


「ハインド、ハインド! お嬢様のとこがやばくないか!?」

「目立つからって理由で狙われやすいのはいつも通りだろう!?」


 セルウィの悲鳴混じりの言葉に返答しつつ、素早く視線を方々に向ける。

 確かに、こちらよりもヘルシャたちのほうが敵が多く苦しい状態だ。

 ユーミルの位置取り、HP……OK。

 リィズ、セレーネさんのMP……問題なし、自衛もできている。

 トビ……今のところ一番安定している上に、『空蝉の術』による防御効果も残存。

 ……よし。


「――俺が行くから、お前は自分のパーティに集中!」

「た、頼んだ!」

「セレーネさん、ここの敵が片付いたら合流をお願いします!」

「うん、了解!」


 助けに入る際には、自分のパーティに余裕があるかどうかの確認は必須だ。

 セルウィ、そしてセレーネさんとの短い会話を終えると、俺はヘルシャの近くへと駆け出した。

 非常なようだが、自パーティに余裕がない神官は他パーティの助けに入らないよう徹底してある。

 特に、シリウスのメンバーはヘルシャの助けに入ろうとして陣形を乱すパターンがとても多く……。


「己を助けられない者に、人を助けることはできませんわ! 自重なさい!」


 との叱責がヘルシャから飛ぶほどだ。

 本人曰く、助けに入るなという意味ではなく、助けに入った上で自分も生きるようにするのが最善である――という意図での発言らしい。

 何度か人を(かば)う行動をしている俺の耳にも、その言葉は少し痛い気がした。


「エリアヒール……いや、念のためにここはリヴァイブか。必要ないなら、詠唱を中断して回復薬の使用にすぐに切り替える……!」


 助けに入られても、それで戦闘不能になられたらいい迷惑だもんな……でも、ああいう場面は思考は程々に、体は感情を優先して反応してしまうものである。難しい。

 ……とまあ、その言葉が正しいかどうかは置くとして、シリウスのメンバーの暴走に歯止めをかける一定の効果はあった。一応だが。

 しかし、あのギルドはお嬢様至上主義だ。

 そこはどうあっても変わらない。


「本当に危なくなる前に、早目にヘルプに入らんと……!」


 最終的に盾になったり身を犠牲にするところは変わっていないからな。

 それは沼地での戦い、あの即席の人の騎馬を作った時の戦いを思い出せば分かることだ。

 ちなみにあの戦いで盾になったメンバーは、後でヘルシャからこっぴどく叱られていた……それも幸せそうな顔で。

 ――と、今は目の前のことに集中しないと。

 赤いドレスが率いるパーティの近くまでようやくたどり着くと、小柄な執事服の体が地に伏しているのが見えた。

 カームさんは……ヘルシャを回復中か!


「――ワルター!!」


 駆け付けると同時、編み上げた『リヴァイブ』を即座に使用。

 単体を指定する回復魔法なので、パーティ制限は適用されない。


「う、うぅ……」


 フラフラと立ち上がった直後のワルターを、PKの剣が狙う。

 間に合えっ!


「――ぐぅっ! ワルター、しっかりしろ!」


 剣を受け止めつつ、背後に声をかける。

 ユーミル以外の味方プレイヤーは、蘇生直後のケアが不可欠だ。

 そして目の前の男の動きから、俺はある確信を得る。


「こいつ、初心者狩りじゃない……!」


 重い剣を受け止めきれず、肩口を軽く斬られた。

 体をずらすようにしてどうにか剣を滑らせ、ワルターを回収して下がる。


「し、師匠!? 来てくださったんですか!?」

「ワルター、治癒気功で自己回復できるな!? 悪いが、すぐに前線に戻ってくれ!」

「わ、分かりました!」


 MPは残っているようなので、抱えたワルターを下ろしてそのまま送り出す。

 ――て、手が震える。

 いくら男にしては華奢で軽い体でも、片手はキツイものがあった。

 そしてその直前の、あの強烈な斬撃。

 ダメージを受けたとはいえ、上手く止めることができたのは運が良かった。


「ハインド! 助かりましたわ!」


 ともあれ、ワルターの復帰により後衛に余裕ができた。

 下がってきたヘルシャとカームさんが回復薬を使用しつつ、体勢を整える。


「ハインド様……お手間を取らせてしまい、申し訳ございません。ですが――」

「ええ、俺もそう思います」


 カームさんと共に詠唱の手を止めないまま、戦場の様子を見て一言。

 続けて二人でヘルシャに視線を向けると、厳しい目で周囲を見回す。


「カーム、初心者たちの脱出は?」

「レオの分隊が完了させた模様です」

「よろしい。では……」


 そして大きく頷くと、肺一杯に空気を吸い込み……。


「……各員、集結及び陣形変更を! 負傷――じゃ、ありませんわね……HPが少ないものは無理をせず、一度後方に下がりなさい!」


 どうやら初心者狩りに混ざって、既に上位PKたちがフィールドに侵入しているようだ。

 初心者を守るために無理をして分散中だったメンバーを、急いで呼び戻す。


「――ハインド、無事か!?」

「おお、ユーミル。そっちも……大丈夫みたいだな。インターバルなしでの連戦だが、いけるな?」

「当然!」


 そうして俺も合流したユーミルたちと共に、震えが残る手に力を込めて杖を握り直す。

 この回復が不十分なタイミングでの攻勢……もしかしたら、奴らがこの中にいるかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 詠唱時間が必要ない時は『聖水』を迷わず使用することも必要だ。  蘇生猶予時間越えは最も駄目なパターンで、その戦いの間はまず戻って来られない。 の部分、 詠唱する余裕が無い時は『聖水』…
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