神官たちの集い
「――以上、神官の働き如何によって戦況が変わってきます。心するように」
「「「はい!」」」
カームさんの言葉に、シリウスのメンバーは至極真面目な返事で応える。
おおっ、統率が行き届いている……。
出発直前、神官たちは他のメンバーとは別に集まって話をする機会を設けていた。
和風ギルドはいないが、こうして単一の職業で集まっているとレイド戦のことを思い出す。
場所は大広間、とシリウスのメンバーが呼んでいる待ち合わせや戦闘準備・雑談に使われる多目的の部屋だ。
「……ハインド。ハインド……!」
「?」
シリウスのまとまりの良さに感心していると、比較的話をする機会の多い――同年代のセルウィという名のプレイヤーが小声で俺を呼ぶ。
まだカームさんの話は続いているんだが……。
俺がそっと近付くと、周囲に聞こえないようにひそひそと話しかけてくる。
「……どした? また短杖改良の相談か?」
「違う違う。ここ最近の連戦で、かなり実力がついてきたメンバーがいるんだけどさ……配置をちょっと弄った方がバランス良くなるんじゃねえかな? って思うんだが……どうよ?」
シリウスの分隊は互いの相性や仲の良さなどを考慮しつつ組まれているが……。
みんな比較的入れ替えに協力的且つ寛容なので、仮に実行した場合を考えても連携に異常を来す可能性は低い。
故にセルウィの言うような、能力に応じて緊急でメンバーを入れ替えることも簡単にできそうだ。
それを考えると、この戦力配置の均等化という案は……。
「……良い提案だと思うけど。それは俺じゃなくて、直接カームさんに言ったらどうなんだ?」
所詮は客分なので、俺にはアドバイザーとして以上の権限は与えられていない。
シリウスの神官を統括しているのは、あくまでカームさんである。
セルウィは俺の問いにどう答えるべきか悩んでいるようだったが、やがて頭を掻いて口を開く。
「いや、何か……こんなギリギリのタイミングで言ったら怒られるかなって……」
……なるほど、似たような話を最近どこかで聞いたな?
ここでも誤解されているのか、カームさん。
「……怒らないって。採用されるかどうかはともかく、提案なんてどんどん言ってみたらいいじゃないか。表情に愛想がないだけだぞ? あの人」
「あ、いや、そうなんだけどさ。何か気後れしちゃって……」
何かしらの悪感情を持ってそう言っている訳ではないことは分かる。
――が、だからといってそのままというのはいかにもよろしくない。
「セルウィ、シリウスの中でも古参メンバーだろう? 付き合い長いんだから、部外者の俺に頼らなくても……」
「でもさ、俺が知る限り――」
セルウィがちらりとカームさんに視線をやる。
そして何かを思い出すような表情をしながら、言葉を続けた。
「カームさんと五分以上も気まずくならずに会話できるのって、お嬢様以外だとハインドだけなんだぜ? みんな憧れのメイド長様と会話を弾ませようと、挑んでは玉砕して――」
「……セルウィ、何か?」
「!!」
長話が過ぎたのか、視線に気付かれたのか……そこまで話したところで、さすがにカームさんに見咎められる。
俺は安心させるようにセルウィの背を叩くと、そのまま前へと軽く押し出した。
「お、おい? ハインド?」
「絶対大丈夫だって、怒られないから。俺に言ったのと同じように伝えてみるといい」
「お、おう……わ、分かった。カームさん、実はですね――」
しどろもどろになりつつも、セルウィは自分の意見をカームさんの前で述べ……。
結果その提案は採用され、急遽配置の入れ替えが行われることとなった。
その後はいつも通り、フィールドを巡回しつつ少しゆったりとした時間となる。
俺たちの場合は探索を行いながら――この時間は長かったり短かったり、PKの動き次第なのだが。
「先程はありがとうございました、ハインド様」
「……カームさん?」
背の低い草むらを屈んで掻き分けていると、カームさんが横合いから声をかけてくる。
虫系素材の捕獲は素手だとちょっと怖いよな……女性陣は特に苦手なので、手袋装備でどうにか。
「セルウィを後押ししてくださったのでしょう?」
「ああ、あれですか。いえいえ、俺は大したことは何も」
「今夜に限らず、ハインド様は積極的にシリウスのメンバーの意見を掬い上げてくださっていますし……」
「折角協調しているので、少しでもお役に立てればと。そういうのを抜きにしても、みんなと話をするのは純粋に楽しいですから」
今回のようなことは、実は初めてではない。
純粋にギルドメンバーが多いが故に、こうした問題が起こるのだとは思うが。
「私が忌憚のない意見を、と言っても残念ながらあまり効果がなく……不甲斐ない限りです」
余り表情を変えないながらも、カームさんが小さく嘆息する。
どうしてそうなっているのかというと、シリウスのギルドメンバーの視点から考えれば分かる気が。
彼女はミスが少ないだけに、特に意見なんて必要としていないんじゃないかって気がしてしまうのかも……。
ざっくり表現するなら、あの「できる人」オーラが状況によっては足を引っ張っている。
そういう意味では、もしかしたらカームさんはとても損をしやすい人なのかもしれない。
「そうでしたか……まあ、今後に期待しましょう。今夜はみんなが見ている前で意見を拾い上げることができましたしね」
今回のセルウィとの遣り取りが呼び水になってくれるといいのだが。
話が広がれば、もっとみんなカームさんにギルド運営に関する要望を出すようになってくれるだろう。
「ええ、そうですね。重ねてお礼申し上げます、ハインド様」
短い返事と共にカームさんが一礼する。
いつ見ても惚れ惚れするような、綺麗な所作――
「ハインドぉぉぉ!」
「うおっ!?」
不意に、近くでヘルシャと話し込んでいたユーミルが勢い良くこちらに向かって突っ込んできた。
捉まえて一回転、勢いを殺してその場に留める。
「ど、どうした!?」
「敵襲だ! 行くぞ!」
急ぐ必要があるのは分かるが、普通に呼びに来られないのか?
後ろからヘルシャも追いかけてきてカームさんに声をかけている。
「カーム。コルの分隊から連絡がありましたわ」
「他の分隊への通達は――」
「ワルターがやっています。あなたはハインドと最終確認をしながら、準備なさい」
「かしこまりました」
必要なことを伝え終えると、二人はすぐに馬を呼び出して乗り込み始める。
互いのギルマスの背を見てから、俺とカームさんは頷き合った。
今夜はいつも以上に、二人が十分に力を発揮できるかどうかは俺たち――いや、両ギルドの全神官たちの手にかかっている。




