決戦に向けて
シリウスのホームに戻った俺は、早速みんなと情報を共有。
真っ先に反応を示したのは、やはりユーミルで……。
「何ぃ!? 今夜!?」
「来るかも、だってさ」
「かもとはどういうことだ!?」
「確定じゃないってことだ」
そのままの意味である。
納得いかない様子のユーミルを見て、俺は言い方を変えてみることに。
「しかし、何となく危なそうな日が分かるだけでも凄い気がしないか?」
「むう……頼りになるような……ならないような……」
「よく当たる天気予報みたいなもんだと思えば悪くないだろう?」
「雨が降るかもしれないと聞いて、折りたたみ傘を持って行くあの感じか?」
「そうそう」
ユーミルにはそれで通じたが、一部の面子――とりわけヘルシャはよく分からないといった表情だ。
とりあえず時間がないので、最低限必要なことだけを伝えておく。
「ヘルシャ、戦闘中と戦闘前後の警戒を普段より少し厳しめにするように言っておいてくれるか? ひょっとしたら例のレッドプレイヤーが混ざるかも、くらいでいいから」
「承知いたしましたわ。ワルター!」
「はい、お嬢様!」
ワルターが会議室を出て行く。
もうメンバーは粗方集まっているので、口頭で伝えるつもりらしい。
「他には? 何かありませんの?」
「そうだな……神官の人たちを集めて、少し話を――」
「カーム!」
「はい」
今度はカームさんが一礼してから、ワルターと同じように部屋を辞する。
その様子を見ていたユーミルがヘルシャに半眼を向けた。
「お前は何もしないのだな、ドリル……」
「わたくしの役目はリーダーとして、泰然自若としていることですもの。それが皆に安心感を与えることになるのですわ!」
ヘルシャが胸を張ってフンと息を吐く。
やや「泰然自若」の発音がたどたどしいのは、覚えたての言葉だからだろうか?
使ってみたくなったんだな、きっと……。
「泰然自若……そういうのではないと思うのでござるが、みんながヘルシャ殿に期待しているのは」
「……何ですの、トビ? 何が言いたいんですの?」
「いやー……ははは!」
トビは笑い、ヘルシャから逃れるように顔を背ける。
そしてこちらを向いて俺の下げていた手を掴んで上げると、無理矢理タッチして去って行く。
――はぁ? お前、さすがにそれはないんじゃないか?
とはいえ、ヘルシャの視線はトビの狙い通りこちらに移り……はあ。
「……ヘルシャ、少し前の沼地での戦いで泥まみれになりながら戦っていただろう?」
「ああ……そんなこともありましたわね。それが?」
ヘルシャの魅力というと、お嬢様の割にお高くとまっていないところだろう。
威張るけれど偉ぶらない、自信家だけど努力を怠らない。
つまり、何が言いたいかというと……。
「ヘルシャの場合、普通にみんなのところに行って一緒になって話をしたりしたほうが良いんじゃないか? リーダーとして戦場で勇ましい姿を見せるよりも、直接的に鼓舞した方がきっと効果があるって」
「そう……なんですの?」
だって、ヘルシャはユーミルと同じで偶に信じられないようなポカをするし。
そもそも出会いからして、鍛冶の火花で服が燃えている場面に出くわしたのが最初だもんな……。
しかし、そういう面を持つタイプは親しみやすさが武器になったりもする。
そういった意味で、トビの言う通り泰然自若とした強いリーダーをシリウスのメンバーが求めていないだろうことが分かる――ということだ。
「一緒の泥にまみれてくれるリーダーってのも、魅力的だと思わないか?」
「……言わんとしていることは何となく分かりましたわ。でも」
ヘルシャは眉をひそめつつユーミルへと視線を流した。
そして不快ともそうでないとも言えない微妙な表情でこちらに向き直る。
「それ、誰かさんのやり方にそっくりではありませんこと?」
「……まあ、そうだな」
「む、何だドリル? よく分からんが、私に喧嘩を売っているのか?」
やがてヘルシャは、納得したように小さく頷く。
「今夜のところはハインドの言う通りにいたしますわ。部下たちと同じ目線に立つリーダーが魅力的だというあなたの言葉、信じましょう」
「……そっか」
俺が言いたかったことはヘルシャに正確に伝わったらしい。
リーダーシップにも色々あるよな……。
「――ですが!」
ヘルシャがユーミルのびしりと人差し指を突き付ける。
体は部屋の外へ半身を向けているので、何だか捨て台詞みたいだ。
「例え方向性が多少、ほんの少し、ちょっとばかり被って似ていたとしても……わたくしのほうがあなたよりも絶対に上ですわ! ええ!」
「はあ!? やはり喧嘩を売っているだろう、貴様! 買うぞ!」
「何で喧嘩を売られているのかも分かっていないのに買うなよ……」
「こちらの話が終わったらすぐに呼びますわ! 渡り鳥のみなさんはいつでも出られるよう、準備を!」
そして扉が閉められる。
残された俺たちは何とも言えない顔で部屋の隅に集まり、向かい合った。
「……トビ、お前いい加減にしろよ……」
「第一声がそれ!?」
俺の絞り出すような声に、トビが体を震わせる。
それ以上は話す気力のない俺に代わり、リィズが追撃。
「当たり前じゃないですか。言い出したことの責任は最後まで取るのが普通でしょう? 言うだけ言って後はハインドさん任せにするなんて、正直どうかと思います」
「はい、すみません……」
「全く……これでまたヘルシャさんの関心がハインドさんに……」
「え、えっと……それでハインド君。私たちはどうすればいいのかな?」
いつもながらのセレーネさんによる有り難い軌道修正。
神官のみんなとの連携は、カームさんを中心に後で少し話をするとして……。
「そうですね。特にエルガーとエーヌについての対策という話なら……セレーネさん」
「何かな?」
「エーヌがこちらを狙ってきた場合、カウンタースナイプってできそうですか?」
「うーん……矢を視認できさえすれば、方向と位置を特定。そして狙撃による反撃が可能かもしれないけど……」
「可能性があるってだけでも最高に有り難いです。失敗しても構わないので、やってみてください」
「うん、分かったよ」
気の弱いセレーネさんにはプレッシャーをかけない方向で。
それだけで、才気溢れる彼女は一定以上の成果をいつも上げてくれる。
セレーネさんで駄目なら、防御しつつ他を片付けてから追い詰めるだけの話だ。
「後は……まあ、いつも通りで大丈夫だと思う。適当にしてても、お前ら優秀だし」
「雑!? 雑ではないか!? 私にも何か指示を! スペシャルなオーダーを!」
「そう言われてもな……」
今回の戦いの肝は、どんな状態で初心者狩りPKとの戦いを終わらせるかにある。
HP・MPに回復アイテムが万全の状態で上位PKとの戦いに入ることができれば、そうそう負けることはないと思うのだが。
でも、こいつは何か目標があったほうが実力を発揮できるやつだからな……。
「よし、だったらエルガーはお前に任せるか」
「おおっ!? いいのか!?」
「いいのかって……俺があんなのを倒せる訳がないんだし、むしろ倒してくれよ。お前が駄目なら、ヘルシャに頼――」
「ま、待て待て!? やる! 私が倒す! ……エルガーの撃退、私に任せてもらおう!」
「――それは聞き捨てなりませんわね!」
ヘルシャ的には最高の、そしてこちらにとっては微妙なタイミングで扉が開かれる。
その後は、言うまでもなく二人の睨み合いとなり……。
結局、早い者勝ちということで話の決着がついたのだった。