決戦の予兆と情報屋の忠告
――どうしても、直接会って渡したい情報がある。
そんなベールさんの言葉を受けて、俺は再び商業都市の裏路地に足を踏み入れていた。
「……」
トビのやつ、どうしてこんな時に限っていないんだ。
あの人と二人きりで会うの、ちょっと不安なんだが。
女性陣――人見知りのセレーネさんは別として、あの中の誰に一緒に来てもらっても良い結果は生まれそうにないしなぁ。
それにしても……。
「どこだ? ベールさんは……」
小さく呟いて周囲を見ても、その姿は見当たらない。
時間は……メニュー画面で確認した限り、合っているはず。
その時、不意に嫌な予感がして背後を振り返ると――
「あっ」
「……」
そろそろと足音を殺しながら近付くベールさんを発見。
ローブのせいで顔もネームも見えないが、この声は多分ベールさんのものだろう。
それにしても……何すか、その不穏な手の動きは。
「どうして気付いちゃうかなぁ……もしかして私、隠密行動の勘が鈍った?」
「いえ、身内に気配を殺すのが上手いのがいまして。慣れているから気付けただけかと」
「へえ……トビトビ――じゃないなぁ。人見知りなセレセレ……いや、リズリズって線もあるかな?」
「……さあ? 誰でしょうね」
即座に可能性を却下されるトビに涙を禁じ得ない。普段の行動からして仕方ないのだが。
この身内というのはもちろん、トビではなくリィズのことだ。
素直に教えるのは何となく躊躇われるので、明言はしないが。
というか、ベールさんは自分で密偵みたいな真似もするのか……。
「てっきり俺は、ベールさんはひたすら人を使って情報を集めるタイプかと思っていました」
「間違ってはいないよ? 別のゲームで情報屋を始めたころは、情報なんて全て自分の足で稼いでいたしね。少しずつ、少しずつ信用を得て人を使える立場になってきたってわけ」
「なるほど……下積みがあってこその今ですか」
「そういうこと」
話しながら大通りを指差すベールさんに従い、歩き出す。
この前のアジトとは方向が違うな……もう拠点を移動したのだろうか?
「最近は興味のある情報とか、真偽を確かめるためにどうしてもって時だけだね。だから――」
「頻度が減っているんですね。それで勘が鈍ったと?」
「そうそう。ハイハイの身内の誰に負けたのか知らないけど、ちょっとこれは問題かなぁ……」
ベールさんが腕を組んで考え込む。
現場復帰宣言とも取れる言葉だな……何を探る気だろうか?
彼女はこちらを見上げてニヤリと笑った――かと思いきや、その笑みを即座に緩いものへと変える。
「安心しなって、ハイハイの身辺を必要以上に探ったりしないから。何か、ハイハイの周りって踏み込み過ぎると危ないような気がするんだよねぇ……どうしてだろうね?」
「あ、あの、それよりもPKたちの動きはどうなっています?」
これ以上この話は続けないほうが良い気がした。
リィズの顔が脳裏にちらつく。
ということで、俺は話の流れを遮って本題に入ることを要求する。
「ああ、そうだったそうだった。でも、詳しい話はアジトに着いてからでいいよね?」
「ええ。大通りでするような話でもありませんし」
「ふんふん。じゃあ、ハイハイが昨日までに三度も暗殺されかけた時の話でもする? それとも、消耗品の買い物で――」
「大通りで個人情報を垂れ流すのやめてくれません? 酷いなぁ……」
「あはは、冗談冗談」
別に知られたところで何てことはない類のものなので問題ないが。
人通りが多かろうと、誰も聞いていないといえば聞いていないし。
「何でそんなことを知っているのかを訊くのは――今更野暮ですか」
「野暮だねぇ。ベールさんは普通の人よりも程々にお見通しなのだよ、ハイハイ」
「程々なんですか?」
「全部とか言っちゃうと嘘だもの。それに、そもそも全部知っていたら知りたいなんて欲求は湧かないと思うよ?」
「確かに……」
ひょっとしたらその欲求が、彼女を情報屋たらしめているものなのかもしれない。
ベールさんの新たなアジトは、相変わらず地下にあった。
今度は一見、普通の家ではあったのだが。
「……地下に居を構えるのはマストですか?」
「マストだねぇ。何故なら私は情報屋だから」
「……」
「情報屋だから!」
「は、はあ」
理由になっているような、いないような。
前回と違い、この家だと上階部分が勿体な――いや、価値観は人それぞれか。
それよりも、今はPKの話だ。
「ベールさん、それで――」
「来そうだよ、エルガーとエーヌが」
「――!」
いきなりざっくりと切り込んで来たな……。
ベールさんは木製ダーツの矢を手にすると、それを玩んでから的に向かって放り投げる。
こういう小道具もあるんだな、TBって。
的の中央付近に簡単に当てた辺り、ベールさんはかなりダーツが得意なようだ。
「日時は絞り込めるんですか?」
「うん。種々の情報から推測した結果、今夜――の、可能性が極めて高いと思うよ」
「今夜!? 本当ですか!?」
物凄い近々(きんきん)じゃないか!?
だからこそ、会って話したいと彼女は言ってくれたのだろうけれど。
「何度も言うように、絶対ではないけれどね。奴らは君たちの言うPKの第二陣――上位プレイヤーに混じって襲ってくるはず。だから今夜の戦いは……」
ベールさんの矢が板の中央を穿つ。
衝撃で板が前後に揺れて、止まる。
「なるべく損耗を抑えつつ、最初の集団PK――初心者狩りのほうね? を撃退してみるといいよ。ベールさんからの忠告だ」
「損耗を抑えつつ……」
「神官のハイハイならできるんじゃないかな?」
確かにそれは神官の役目だ。
全体のアイテム使用率、終わった時のHP、戦闘不能者をなるべく出さない、MPに余裕を持たせる……。
それによって、次の戦いは劇的に楽になるだろう。
「大体二、三戦くらいだったね? 君たちが一日の内にPKと戦闘になるのは。さすがに具体的な時刻までは絞り込めなかったけど、彼らが渡り鳥を標的にしているのは確実なんだ。私のことを信じる気があるなら――」
「分かりました。念のため、今夜は普段以上の集中力で臨みます」
「……」
もし外れていたとしても、警戒するに越したことはない。
あくまでも警戒度を高めて事に当たる――ベールさんが何度も言ったように、盲目的にならずに、しかし心に留めておく。
そんな含みを込めての「念のため」という言葉に、ベールさんが笑みを見せる。
「さっすがハイハイ。そう、それでいい。それでこそだよ」
手に持ったダーツの矢の、最後の一本を投げ込んだところでベールさんがこちらに向き直る。
どうやら、これで話は終わりのようだ。
「じゃあ、私は君たちが無事にレッドプレイヤーを撃退できることを祈っているね」
「はい。情報ありがとうございました、ベールさん。報酬は――」
「最初に受け取った分で平気だよ、これくらい。サービスの内ってね。それよりも、急ぐんでしょう?」
「……はい。それでは、また」
そろそろみんながログインしてくる時間だ。
協力を申し出てくれた他のギルドが警戒してくれているフィールドの引き継ぎもあるので、遅れる訳にはいかない。
扉を閉める寸前、ひらひらと手を振っていたベールさんが口を開くのが見えた。
「うん。またね」
その呟きは、しばらくの間やけに耳朶の奥に残った。
何故だかベールさんの口調は、必ず再会すると確信しているかのようで……。