装備の行方と連続戦闘
歓声を上げるシリウスメンバーの横で、俺たちは長い息を吐いた。
これ、情報を得て心の準備ができていなかったら危なかったのでは……?
「狙われてる……拙者たち、めっちゃ狙われてる……」
そう呟きつつも半笑いなのは、狙われることがひとかどのプレイヤーの証でもあるからだろう。
トビに言わせると、これも祭りのようなものらしいし。
ただし、PKとの戦いは常に装備品のロストというリスクが付き纏う。
「ふーむ……今回の敵は装備品目当てか? ハインド」
「それもあるだろうな」
「名声目当てか?」
「それもあるだろうな」
「単に私たちが気に入らない――」
「それもあるだろうな」
「どれなのだ!?」
「色々だろう……今のPKたちなんかは即席にしては連携取れていたけど、それでも同じギルドとかじゃなかったし」
つまり今のそこそこしんどい戦いでも、例えるなら上位PKレベル1――的な?
そんな俺の言葉を聞いたユーミルは……。
「ならば、レベル10に到達するとご褒美が!?」
「ないよ、そんなもん」
「手に入るのは異様に高い賞金だけでしょうね。それと、使えもしないPKたちの装備品ですか」
PKの盗品・装備品をブループレイヤーが得た場合、初期状態では使用不可。
自力で取り戻した際は使用可能だが、稀なケースだそうだ。
それらの盗品装備は、犯罪率が上昇することと引き換えに使用を解禁することができる。
ただしそれが盗品だった場合は、元の持ち主から見咎められて恨みを買ったりすることもあるそうな。
リィズが使えないと言ったのは、性能的な意味ではなくシステム的な意味で、ということになる。
「その装備品も、そろそろ保管所に持って行かないとね……インベントリが一杯になっちゃう」
「奪取が低確率とはいえ、これだけ倒していると盗品も結構一杯でしょうね。PKの装備品はNPCショップで売っ払うとして……」
各町、村に必ずある施設『武器・防具保管所』。
盗品装備を保管所に預けておくと、元の持ち主が無料で装備品を取り戻すことができる。
取り返したプレイヤーにメリットは……現在判明している時点では、特になし。
精々、元の持ち主に感謝される程度のものである。
もちろん、PKが一度使った装備品などもういらないと言うプレイヤーも少なくないということで……保管期間切れで処分される装備も多いそうだ。
「まあ、俺のインベントリにはほとんど入っていませんが」
「ハインド、私のほうはもう一杯一杯なのだが?」
「アタッカーはとどめを刺す機会が多いからそうなるよな。とりあえず、今夜の次戦に間に合うようにさっさと預けてこよう」
俺たちはトビを回収すると、ヘルシャたちの下へと向かった。
もう少し時間が経てばグラドの他のギルドが警戒に入ってくれるので、それまでは俺たちが踏ん張らねばならない。
……暗黙の了解なので、絶対ではないのだが。
この日以降の戦いは、ベールさんの忠告通りに激化の一途を辿り……。
何戦かは上位PKのいない戦いもあったが、PKの数だって無限にいる訳ではない。
どちらかといえば少数派……故に、機を逃すまいとその密度は非常に濃いもので。
昼間や深夜のような過疎時間の襲撃は急激に減ったそうだが、ゴールデンタイムの戦闘は増加。
「無視は嫌だけど、狙われ過ぎるのも勘弁でござるぅぅぅ!!」
「我儘なやつだな!」
明確に標的にされている俺たちのところには、次々と切れ目なくPKが現れる。
出現タイミングは初心者狩りたちの後だけに限らず……。
それは戦いを終え、帰還するために馬で移動中のこと。
突如、薄い膜が光を放ち、硬化して矢を俺の顔面の近くで止める。
その矢は眼球のほうを向いており――
「うおああああっ!? 何だ!? どこからだ!?」
思わず情けない悲鳴を上げながら周囲を見回す。
急所を狙うにしても、何てところを狙ってきやがる!?
「ハインド! まだ来ているぞ!」
次矢はユーミルが弾き返し、『ホーリーウォール』がない俺を守ってくれる。
敵は何人いるんだ……?
「そこっ!!」
セレーネさんが矢の方向から推測した地点に向け、『スナイピングアロー』を発射。
木立の陰から半身を晒していた弓術士の肩を穿ち、手負いとなったPKをトビとシリウスのメンバーが追っていく。
「だ、大丈夫ですかハインドさん!? 私の後ろに!」
「り、リィズ? 気持ちは有り難いんだが……」
豆サラの大きさ的にも、リィズの体躯的にもちょっと難しい。
そもそも、兄として妹を盾にする気は更々ない訳だが。
念のため馬上で身を屈めながら、辺りを警戒する。
「と、とりあえず問題なさそうだ。すぐにホーリーウォールを……」
動揺を抑えながらリィズに答えつつ、詠唱を開始。
しかし、それよりも早く体が光に包まれ……。
カームさんが短杖を俺に向けてくれているのが目に入る。
「あ、ありがとうございます、カームさん!」
「いえ」
――やがて三人ほどの弓術士の後ろから、多数のPKが現れ再び大規模戦に。
疲弊した状態でそれを迎え撃ち、辛くも勝利した俺たちは手早く撤収を開始。
回復アイテムが減ってきたので、早く補給に戻らないと……。
「って、何でこんな密集隊形!?」
俺の左右にはユーミル、リィズ、後ろにセレーネさん、前にトビが。
感覚が平時よりもかなり狭く、正直移動し難い。
「お前ばかりが暗殺対象になるのだから、仕方なかろう!」
「次点でギルマスのお前がターゲットなんだから、これは悪手なんじゃ……」
「しかし、一番前にいるトビよりマシではないか?」
「敵は前から来るとは限らないでござるし、ユーミル殿の位置も危険度で言えばどっこいでござらんか?」
「尚更駄目じゃないか……こんなアホなことをしていないで、速度を出そう。何のための名馬だよ」
ということで、速度を上げて補給へ。
この日から、全体として移動時における『ホーリーウォール』の使用徹底と移動速度の上昇は必須となった。
指揮を行う機会のあるものとHPが低いものが優先で、移動時の陣形もそれらのメンバーはなるべく内側に。
今のところPKのレベルが上がるにつれ、こちらの練度も徐々に上げることに成功している。
「相手が強くなるのなら、こちらがそれを上回る速度で成長するまでですわ!」
とは、ヘルシャの談。
シリウスのホームでアイテム整理をしていると、ユーミルが不意に顔を上げる。
「そういえば、今のPKの強さってどれくらいだ? レベルで言うと」
「レベル……? ああ、少し前に話したあの例えか。ベールさんの情報と、今の敵の手応えから考えると――」
「考えると?」
「お前の言った10を最大とするなら、レベル6くらいじゃないか? ピークまでもうちょい」
「半分を越えているではないか! よし!」
インベントリを装着し直し、ユーミルが気合を入れる。
そこでワルターが入口から顔を出し、休憩の終わりを告げた。
「みなさん、またPKの集団が現れたとの報告が! 今夜はこれで最後ですから、頑張りましょう!」
俺たちは立ち上がって頷き合う。
一戦一戦が決戦のような状態だが、どうにか終わりが見えてきた。