PK勢力の結集
場所は変わり、シリウスが唯一生産活動を行っている農業地へ。
「つまり、初心者を狩るPKを討伐に来たプレイヤーを狙うPK?」
「ありのままに説明するとそうなるな……よっと」
茶の樹から新芽を摘んでは籠に、摘んでは籠に。
適採時期――品質と収穫量が釣り合う時期――がしっかりと設定してあるらしいのが中々に大変だ。
この日ばかりは、シリウスのほとんどのメンバーが他の作業を中断。
総出で茶葉の収穫作業に回っている。
「エルガーとエーヌもここに分類されるそうだ」
「どうしてそんなことになっているのだ?」
「誰かがこんなことを言い出したらしい。強いギルドのプレイヤーを倒すチャンスじゃないか? って」
やり方は手摘みで最も丁寧な収穫法とされる、折り摘みというもの。
茶葉の品質は保たれるが、収穫効率は下がってしまう。
「……お」
「……あっ」
――と、隣で収穫していたリィズと手が触れた。
俺がよけようとした手を、リィズが上から握ってくる。
……。
「リィズ、それ茶葉じゃない。俺の手」
「すみません。間違えました」
「言葉の割に放そうとしないのだな、貴様は!」
ユーミルが手刀を振り下ろし、手が離れる。
そんな風に収穫を進めつつも、話は進む。
「頭数は必要ですが、確実に消耗したプレイヤーを狙うことができる訳ですね?」
「ぬおっ!? そこで急に話を戻すのか……」
「初心者狩りの便乗になるけど、良い装備を奪うチャンスだ、有名になるチャンスだと結構な人数が参加しているそうだ。リィズの言う通り、エルガーみたいに少人数で来るのは稀だな。攻めてくるタイミングは同じだが」
「そしてすぐに答えを返していくのか……というか、初心者狩りは駄目で普通のプレイヤーの疲れたところを狙うのはいいのか? PKの理屈はよく分からん!」
奪える装備の良さだったり、倒した時の手応えだったりと推測を重ねることはできるが……。
立場が違う以上、完全に理解するのは難しいかもしれない。
「それで、もうそのやり方で既に被害は出ているのか?」
「――出ているそうでござるよ」
トビが樹を挟んだ反対側から顔を出す。
「二段組で攻撃されているようなものでござるから。しかも初心者狩り以上に実力者が混ざっている故、油断すればバッサリ……」
「でも、変な話だけど、それって初心者狩りをしているPKの人たちから不満が出ないかな? 潰れ役になっちゃっているし……」
「踏み台にされているようなものですわね? ま、初心者狩りをしているような連中がどうなろうと、知ったことではありませんけど!」
樹の間からにょきにょきと頭が生えてくる。
今度はセレーネさんとヘルシャだ。
「その通りでござるな。元々ここ最近は拙者たちの狙い通り、大きなギルドが討伐に動いていてまともに初心者狩りなどできなくなっているでござるし」
「そこに来て、上位のPK陣に一方的に利用される形だからな」
かなり抑圧されている状態だろう。
上手く行っていたのは序盤だけで、既に手を引いているPKも出始めているらしい。
「故に、不満に思ったPKは初心者狩りの団体行動を止め、今後事態は徐々に収束に向かうのでは? と――」
「ベールさんが予想していたな。ただ、俺たちとしてはその収束とやらが見えるまで……」
「耐えて戦い続ける、という訳だな! 上等だ!」
「ここが山場ですわね……!」
二人のギルドマスターが気合の入った言葉を放つ――茶葉を片手に。
どうでもいいが、作業着ということもあって今一つ締まらないな……。
その後、俺たちは事前に話した通りの攻撃を受けていた。
今夜はいつも通りフィールドを巡回しつつ、ベールさんの情報を元に人員を配置……と、そこまではいい。
事が起きたフィールドは今夜、ベールさんの送ってくれたメールの情報通りのものだ。実に優秀。
しかし、問題は想定を超える敵の強さだ。
「ひいいっ!」
トビが情けない悲鳴を上げながらも、多数の敵の攻撃を引き受ける。
初心者狩りの集団PKを全て叩きのめした直後に、ほとんど同数のオレンジネームが襲来。
足場の悪い沼地に対して、魔導士・弓術士が多い辺りが実にいやらしい。
どうにか纏まって撃破されることを避け、分散に成功したのは……普段から分隊制による統率を行っている、シリウスの訓練の賜物だろう。
俺たちもパーティ単位で範囲攻撃を避けながら、トビを先頭に距離を詰めていく。
散ったシリウスのメンバーはやや後方、俺たちは一番前の危険地帯を泥を蹴散らしながら駆ける。
馬に乗る隙は与えてもらえなかったが……ここまで来れば!
「ぬおおっ、当たった!? あ、分身も割れたでござるぅ!」
「トビ、ホーリーウォールのおかわりだ!」
トビの『空蝉の術』が破壊された直後に『ホーリーウォール』が完成する。
初心者狩りと戦った際に他のメンバーに使っておいたものは既に壊されているので、後はトビに注意を惹き付けてもらっての回避。
避けきれない攻撃はユーミルがガード、そして……。
「ありがたい! 活路は――」
トビが速度の遅い矢を刀で叩き、腰を落とす。
その姿が掻き消えた場所に魔法、そして追撃の矢が殺到。
「前に!」
トビが『縮地』を使い、整った陣形で射撃を行っていた敵陣に切り込む。
相手の防御役の近接職を飛び越え、弓術士・魔導士の待つ後方へ。
回避第一、射撃・詠唱妨害のために当たれば十分の軽い攻撃を繰り出しながら荒らしていく。
「遠くから好き勝手にドカドカと! 貴様らぁぁぁっ!!」
そしてユーミルがここまで防戦に回っていた鬱憤を晴らすかのように、スキルを発動。
撃ったのはもちろん、俺の『エントラスト』を当て込んだ上での『バーストエッジ』だ。
『アサルトステップ』のみ使用、『捨て身』を使用していない辺りまだ冷静さは失っていないようだ。
……単に使い忘れたとかじゃ、ないよな?
「ハインド君、ブラストアローは!?」
「ちょっとディレイをかけて、詠唱していそうな小集団にお願いします! リィズは――」
「ハインドさん、シリウスの方たちが……」
「へ?」
二人が切り込んでくれたおかげでできた貴重な隙を使い、後ろを振り返る。
リィズがこの場面で意味のないことを言うはずはないから――!?
「何だありゃあ!?」
「神輿……ううん、騎馬、かな?」
「運動会などの騎馬戦で見る騎馬ですね……」
ヘルシャが執事・メイドたち五人が作る人の騎馬の上で魔法を詠唱していた。
遠距離攻撃が薄くなったからできたことだろうけれど……。
「ハインド、上から撃ち下ろしますわ! あの二人を下がらせなさい!」
「マジか!? 確かに上からの砲撃のほうが狙いやすいだろうが……」
「お嬢様ぁっ! ――ぐほっ!?」
執事の一人が盾になり、騎馬の前で魔法を受ける。
体が炎に包まれるが、濡れた地面を転がって鎮火。
即座に後方から追いついた神官のメイドさんが治療を行う。
「うわ……何かえぐい戦法採ってる!」
「目を疑いますよね……せめて盾くらい持てばいいのに……」
ど、どちらにしてもトビもユーミルもHP・MP共にもう限界だ。
俺は空気を大きく吸い込み、奮戦する二人に向かって精一杯の声を放つ。
「トビ、ユーミル! 一旦下がってくれ! リィズ、撤退支援を――」
「お任せください。すぐに撃てます」
リィズの『ダークネスボール』が二人を追う敵PKを捕らえる。
ユーミル、続いてトビが滑り込むようにこちらと合流。
そしてヘルシャが騎馬の上から跳び上がり……。
「てぇいっ!!」
得意の『レイジングフレイム』を敵の塊に向けて撃ち下ろした。
ドレスを泥だらけにしながら転がって着地し、その数瞬後に炎が……弾けた。
「まだですわ! 徹底的におやりなさいっ!」
「お嬢様に続けぇぇぇっ!!」
頬に付いた泥を払いながらヘルシャが命じ、部下たちが応える。
一斉に遠距離攻撃が飛び、続けて近接職の面々がそれを追う。
やがて勝負は決し……執事・メイド軍団が主と同じ、泥だらけの姿で快哉を叫んだ。