情報共有の夜
「PKに関する情報を仕入れてきたぁ!?」
「ああ。トビと一緒に、情報屋に繋ぎを取ってきたぞ」
「それと、酒場で聞き込みもしてきたでござるよ!」
翌日、シリウスのギルドホームで素っ頓狂な声を上げたのはユーミルだ。
円卓を避けるようにしてこちらに近付いてくる。
そしてそのまま、功を労うでもなく俺の肩に手を置き……。
「ハインドよ……」
「何だ?」
「このやり取り、酷く既視感があるのだが!?」
「……言われてみれば」
俺たちの会話に、この場にいる他のメンバーは不思議そうな顔をしたが……。
ユーミルが不在の間に、何かしら成果を上げてくるというこの流れ。
これはサービス開始当初、俺がセレーネさん、そしてヘルシャとワルターに会った時に少し似ている。
「女か!? また女なのか!? どうせその情報屋とやらが女なのだろう!?」
「そうだけど……」
「かーっ!」
両手を威嚇するように広げ、俺に対して目を吊り上げるユーミル。
表情はともかく、何だその体勢。
「女性の情報屋ですか……トビさん?」
「な、何でござるかな? リィズ殿」
「容姿は? ハインドさんとどんな話をしていましたか? もちろんその際にその女性は余計なことをしていませんでしたよね? 具体的には手を握ったり触れようとしたり、会話の時の距離感とか、他にも――」
「……へ、ヘールプッ! ハインド殿、お助けぇ!」
こっちはこっちで、リィズの質問攻めに忍者が音を上げている。
いつになったら本題に入れるのだろう……?
「……で、その情報屋を探し出してきたのはどっちなのだ?」
「そりゃあ……」
嘘を吐いても仕方のないことなので、トビに視線を送る。
嫌な予感がする、といった表情でトビが恐る恐る頷き……。
「拙者でござるが……」
「何だと!? 何をしている忍者ぁ!」
「そうです! 何をしているんですか!」
「そ、そう言われてもでござるな……」
「いや、そこは褒めてやってくれよ……」
遅々として進まない話に、ここで救いの手が。
「その情報屋さんの噂、聞いたことがあるかも……」
会話の切れた絶妙なタイミングで、セレーネさんがそんなことを呟く。
これ幸いと、俺とトビはそれを全力で拾い上げる。
「本当ですか、セレーネさん!?」
「是非、教えて欲しいでござる!」
「え、あ、うん……」
セレーネさんによると、顧客を異常に選ぶことで有名な腕利きの情報屋がいるという噂があったそうだ。
一部のソロプレイヤー、それから生産者のフィオレと結びつきがあるともされ……。
「フィオレって、あのフィオレですか? 生産系トップの」
「あくまで噂だけどね。本人に訊いてみたら――ど、どうしたの? 凄い顔だよ、ハインド君」
言われ、自分の表情が歪んでいたことに気が付く。
嫌いって訳ではないんだけどな……。
「あ、すみません。聞き出すのにどれくらいの労力が必要かを想像してしまって……」
「そんなに面倒なやつなのか? そいつは」
「まず素直に教えてはくれないでござろうな……」
質問に質問で返されそうだ。
どっちだと思う? とかって。
「こっちがそれなりの知恵というか、頭を使った話し方をしないとアウトみたいなんですよ」
「……一筋縄でいかない人だっていうのは分かったよ。それで、ハインド君。トビ君」
「PKの情報ですね? じゃあそっちは……トビ」
「それでは、まずエルガーとその相棒――弓術士エーヌについてから、得た情報を説明いたす」
セレーネさんのおかげでようやく話が進み出す。
それにしても……。
「やけに静かだな? ヘルシャ。どうした?」
ヘルシャは先程から一言も発していない。
ただ、何やらセレーネさんを見て頷いている。
「わたくし、感心しておりますの。セレーネさんは単なる装備担当ではなく――」
「何だと、ドリル! もう一遍ドリル!!」
「!? 意味が分かりませんわ!?」
本当に意味が分からない……。
ユーミルが自分の発言を顧み、ポンと拳で手の平を叩く。
「すまない。もう一遍言ってみろ、と言いたかった」
「どちらにしても、最後までお聞きなさいな……セレーネさんは渡り鳥の潤滑油のような存在なのですわね」
「あ、そんな……主張が弱くて、聞き役にしか回れないだけだよ?」
「聞き役、大いに結構じゃありませんの。組織の中では大事な存在ですわ」
「か、過大評価じゃないかなぁ……」
全くもって過大評価なんてことはないと思うが……正しい評価だと思う。
リィズやユーミル、カームさんにワルターまでヘルシャの言に頷いている。
「あの、拙者もセレーネ殿は大事な存在だと思うでござるが……そろそろ拙者の話も聞いて?」
「あ、すまん。俺がヘルシャに話しかけたせいだな……始めてくれ」
トビの口からレッドプレイヤー二人の情報が語られる。
エルガーは騎士の攻撃型、狙撃してきたエーヌは弓術士の単発型。
ここまでは受けたスキルからの予想通りで、特に驚くような情報はない。
「武器は……あの黒い剣は有名鍛冶プレイヤー、ブランドンの手によるもの。ただし、これは他のイベントランカーから奪ったものらしく……」
「むっ……それは悔しいだろうな……」
「カモフラージュクロスもそうだけど、物が発揮する力に善悪は関係ないからね……」
セレーネさんがしみじみと呟く。
ちなみに防具に関しては売る相手を選ばない鍛冶師によるものだそうだ。
黒い剣も鎧も物理・魔法共に高レベルで、騎士らしい隙のない能力に仕上がっているとのこと。
エルガーに比べ露出の少ないエーヌについては不明な部分が多く、その点においては注意が必要だ。
「と、この辺のパーソナルな情報のほとんどはベール殿から買い付けたものでござる。酒場でちょこちょこ裏を取ったりはしたでござるが」
「こういう情報は掲示板だと手に入り難いからな。絶対に無理とまでは言わないけど」
「そうか……ちゃんと役に立つのだな、その情報屋……」
「嫌そうに言うなよ……まあ、安くない報酬を支払っているんだから、このくらいはな。戦った感触からして、正しいと思えるものばかりだし」
絶対の情報なんて何一つないってことだけは了解して欲しいな、というのがベールさんの持論。
余程クレーマーに対して悪感情を持っているらしい。
ある程度は信用しても構わないが、盲信してはいけないということだろう。
「で、最後に奴らのプレイスタイル……PKとしてのプレイスタイルでござるが、奪った黒い剣をあえて使用していることから分かる通り――」
「上位プレイヤーを狩って自分の強さを示す……典型的な、自己顕示欲が暴走しているパターンでしょうか? お、俺を見ろ! もっと見ろ! みたいな……」
トビにそう答えたのはワルターである。
俺、の部分の言い方が慣れていないのか、ややぎこちないのが実にワルターらしいというか……。
ワルターの言葉にトビが腕を組む。
「と、拙者も思ったのでござるが。ハインド殿は違うのではないかと」
トビがこちらを見たのを契機に、みんなの視線が集まる。
俺は、全て推論に過ぎないという前提の下に話を始め……。
「自己顕示の割には自分の功を喧伝している様子がないんだよな。それに、この前の襲撃の時……」
「拙者が無視され気味だったあの時でござるな? けっ」
トビが白けた表情で外した頭巾をくるくると指で回す。
一応、あの行動から推測できることもあると思うのだが。
「トビはエルガーが自分で止めを刺したがっているって言ったけど、俺の目には……別に狙撃でやられてくれても構わない、っていう態度に見えたんだよな」
「確かに、殺意の高い矢でござったが……ということは?」
「目的遂行型っていうか、相手を倒すことそのものに快感を得ているんじゃないかって思うんだよ。そのためには手段を選ばない、後の評判とか名声とかはどうでもいいっていうか」
戦術の組み立て方だったり、冷静な態度だったりと、名声が欲しいタイプの人間には見えなかった。
あれで内側では自己顕示欲に燃えていたとしたら、俺が想像しているよりももっとやばい人間ということになるか。
「そうなると、ターゲットはハインド殿ただ一人? だから拙者はあしらえればそれで良かった?」
「……じゃないかな、と。ただ、俺を倒した後の渡り鳥は――みたいなことも言っていたから。第一ターゲットが俺ってだけだろうけど」
「……何か拙者、益々腹が立ってきたのでござるが。眼中になしでござるか?」
「待て待て、全ては推論だからな? 推論。しかしあの奇襲方法といい、失敗のリカバリーを試みる冷静な動きといい、簡単な相手じゃなさそうってことはみんなにも憶えておいて欲しい」
俺はエルガーに対する印象をそう結んだ。
レッドプレイヤー二人の情報共有はこれでOK。
後は、PK全体の動きに変化についてみんなに話しておかないといけないな。
どちらかというと、こちらのほうが本題だ。