情報収集の定番スポット
ベールさんに見送られ、アジトを後にした俺たちは街中を移動している。
やがてどちらともなく、同時に呟いた。
「変な人でござったなぁ……」
「変な人だったな……」
第一印象がまるで当てにならなかった。
ロールプレイをしてむせてみたり、照れながら礼を言ったり……もっとおとなしいタイプかと思っていたのだが。
「童顔だったけど、同年代以上……もしかしたら年上かもしれないな」
「あの我の強さはそんな感じでござるな……ハインド殿を連れてきて良かった、マジで……」
リコリスちゃんたちと比べてみると、どうにも年下というにはしっくりこない。
……まあ、もうそれはいい。
ベールさんの人柄がどうあれ、必要なことは無事に終えることができた訳だから。
「それで、この後は?」
トビが教えるといったのは「ゲーム内情報の集め方」だ。
情報屋に頼ってはい終わり、ということはないだろう。
軽食の屋台が並ぶ広場に足を踏み入れながらの問いに、案の定トビが頷く。
「後は自分の足で稼ぐ、地道な聞き込みでござるな! 情報屋を頼った上での補強、これも大事!」
「場合によっては情報の裏取りにもなるもんな。OK、了解だ。しかし、聞き込み自体は構わないんだけど……その辺の人に訊いて回るのって割とハードル高くないか?」
俺は周囲を見回しながら腕を組む。
この場所は特になのだろうが、プレイヤーはそれぞれ自分たちのコミュニティで楽しそうにしており……。
ここに割って入って話を聞くのは、野暮な上に少々骨が折れそうだ。
「ちっちっち、甘いでござるよハインド殿! あ、串焼き買っていい?」
「何で俺に訊くんだ。好きにしろよ……で、何が甘いって?」
「――このタレ! 甘じょっぱくて中々に美味い!」
「……」
もう帰ってもいいだろうか?
そろそろ二人が入浴する時間なので、タイミングが被って揉めていないか心配だ。
「あ、待って待って! と、いうかでござるな! ハインド殿なら自力で答えに辿り着けるのでは!?」
「ノーヒントでか!?」
近場のベンチが空いたので、適当に腰かける。
この広場、現地人とプレイヤーの屋台が混在しているのか。
良い雰囲気だな。
「そ、そうだなぁ……知らない相手でも、こっちを向いてくれる瞬間……おっ!」
「何か思いついたのでござるか?」
「買い物のついでに店員をやっているプレイヤーに訊く、とかどうだ? 何か買ってくれた客の話なら、きっと聞いてくれるだろう? ただ、後ろに自分以外の客がいない時、それも短い話に限られるけど」
「おー、いいでござるな! その調子!」
まだ挙げさせるのか……?
あ、あいつ俺が考えている隙に他の屋台に突撃しやがった。
食い物を買う時間を稼ぎたかっただけじゃないだろうな?
「むぐむぐ……もう一個は拙者、買い物以上にハインド殿に自力で辿り着いて欲しいでござるなぁ。買い物が先に出る辺り、ハインド殿らしいといえばらしいでござるが」
「何だそりゃ……お前がそんな風に言うってことは、ゲームの定番だったりするのか?」
「おおっ!」
トビが串を掲げて大きな反応を示す。
炭火とタレの良い香りが、今は非常に腹立たしい。
……俺も何か食べたくなってきたな。
「ゲームの定番……情報収集………………あ」
「分かったでござるか!?」
「分かった……と、思う」
「では、答えを!」
「すげえベタだけど、いいのか? ……酒場だろう? どの町にも村にも、必ず一つはあるし」
「そう、酒場でござるよ! SA・KA・BA!!」
「喧しい!」
しかし、トビが喜ぶ理由も何となく共感できる。
冒険者が酒場に集まってどうこう……みたいな雰囲気は、どうにもそそられるものがあるよな。
「TBだと、野良パーティの結成にもよく使われる場所でもあるか」
「人が集まれば、それだけ情報も集まるということでござるよ。パーティ勧誘の場ということもあり、知らない人を歓迎する空気もあり、みんな話をする態勢でいる場所でござるから」
「なるほど、確かに情報集めには好都合だな」
「……それと、成年プレイヤーであれば酔いで口が軽くなるという面も」
「ああ、あるだろうなぁ……ちょっと間抜けな話だけど。そう聞くと中々良さそうだな、酒場」
今更、昔のように揉みくちゃにされかけるということもないだろうし。
早速行こうと急かすトビに、俺は待ったの声をかける。
「何故でござるか!?」
「俺も串焼き食う。どこの屋台だっけ? それ」
その後、俺は串焼きを手にトビと共に酒場へと向かった。
ログアウト後の感覚は独特だ。
エマージェンシーモードで強制終了した場合を除き、徐々に感覚が戻ってくる。
その途中で、近くに人がいる場合は気配が伝わってくることも。
今夜はどうやら、そのパターンだったようで……。
「……未祐、か?」
隣の部屋から足音のようなものが聞こえた。
ギアを外してベッドを降りると、静かに立って部屋の外へ。
廊下に出ると、ドアが開いているのか光が漏れている。
顔を出すと、未祐がすぐにこちらに気が付いた。
「おお、亘!」
未祐はゆったりとした動作で構えを取っている。
円を描くような動きが多いが、これは……あれか。
「太極拳ってやつか?」
「うむ! テレビでやっているのを見て、自分もやりたくなったのでな! スマホで動画を見ながら真似をしている!」
「割と様になってんな。効きそうか?」
「こう、内側の――」
「インナーマッスル?」
「そう! インナーマッスルに効いている感じだ!」
未祐がこの時間に運動をしているのであれば、理世が風呂か。
普通に泊まる感じでいることに関しては、もはや何も言うまい。
「ところで、ドアが開いていたのは――」
「理世がお前の部屋に侵入しようとしていたのを止めていたからだ! そのまま忘れた!」
「俺の部屋に? 鍵はかかっていたはずだが……」
「私が止めに入る直前“鍵なんて、私たちの間には無力です”――とか呟いていたが?」
「あ、ああ……そりゃ、ありがとう?」
理世のやつ、そんな技術を持っていたっけ? 謎だ……。
そして未祐は「もっと褒めるがいい!」といった様子で胸を張っている。
何というか……。
「お前は何から何までド直球で、分かりやすくていいなぁ」
「むっ? 何だそれは?」
「いや、こっちの話。ついさっきまで、地下で頭をフル回転させながら喋っていたから疲れてな」
「よく分からんが……そういう時は体を動かすといいぞ! やるか!? 一緒に!」
俺は黙って部屋に入り、未祐の横に並んだ。
乗ってくるとは思っていなかったのか、一瞬意外そうな顔を未祐はしたが……。
すぐに笑顔になると、俺にも見える位置にスマホを置いて運動を再開する。
「うお、これ軸足が……」
「亘、凄いプルプルしているぞ!? しっかり安定させながら、ゆっくり動くのだ!」
無心で体を動かしていると、ごちゃごちゃしていた頭の中が整理されていく。
慣れない動きは少ししんどいが……これ、体の芯から温まってくるな。
インナーマッスルに効くというのは本当らしい。
未祐のおかげで、その夜はしっかりとリフレッシュしてから眠ることができた。