情報屋の使い方
ベールさんが『紅茶』に口をつける。
一瞬、もっと香りを嗅がないのか? と思ったが、よく考えたらこれが普通だった。
マリーにやや毒されているようだ。
ちなみにTBにおける『紅茶』はまだ貴重品であり、シリウス以外で作っているところは少数である。
「……んおっ!」
「ちょっと変な感嘆詞からの……」
「美味しい!」
「美味しいいただきました! ハインド殿!」
「……」
「今、うざいって思ったでござろう!? ねえ!?」
分かっているなら少し抑えて欲しいものだ。
話が盛り上がったからか、トビは若干浮ついているらしい。
とりあえず、当初の目的を思い出してもらうためにも軌道修正を。
「それよりも、俺たちは情報を訊きに来たんだろう? 本題に戻ろうぜ」
「はっ!? そ、そうでござった……」
「それじゃあ、私の仕事のスタンスから話すね。さっき試すような真似をした件も含めて」
「……話していただけるんですか?」
「まずは情報屋として信用してもらわないとね。あ、それだと能力面が先か」
そう言ってベールさんは、メール画面を呼び出し……。
パラパラとそれらを眺め、閉じると今度はメモ帳のようなものを懐から取り出して同じようにする。
物凄い速読をしているようで、見ている量が半端じゃない。
「君たちは……名馬ばかり五頭で十日ほど前にグラドに来たんだね。猛烈な速度で移動、その内の一頭は小さい馬って話だから――アルテミスのフクダンチョーが生み出させることに成功した豆サラかな? で、ハイハイの妹の魔導士、リズリズがこれに乗っていたと。グラド帝国に向かう途中に集団PKに初遭遇。五人という少数ながら急造戦力の中核として初心者たちを逃がし、最後はシリウスが増援に。シリウスとは親交があるってことで、これは示し合わせてのものだったのか不明だけれど――」
「うおおおお!? 凄い、凄いでござるよハインド殿!」
「……そんなに細かい情報まで持っているんですか?」
正直、もう十分だと言ってしまいたい量だが。
それに対し、ベールさんは事もなげに答える。
「主要ギルドの動向は、情報屋としては基本なんだよ。これくらいは序の口序の口」
「主要ギルドというのは?」
「まあ、イベントランカーが多いギルドだよね。最低限、ギルド戦の代表全部くらいは把握していないと」
「……訊いていいのか分からないのでござるが、情報源は?」
「ビジネスライクで信用できる協力者たちだよ。街中やフィールドで見かけた情報なんかを、メールで送ってくれるわけ。もちろん、自分で探ることもあるけど」
答えになっているようないないような……。
予想通りといえば予想通りだが、独自の情報網と目があるらしい。
「君たちだったら、情報提供をする側に回ってくれてもいいんだけど……」
「やめておきます」
俺の即答に、ベールさんが楽しそうに微笑む。
トビはそれに対して、不思議そうに首を傾げた。
「どうしてでござるか? ハインド殿」
「俺らは情報屋を使う側であって、使われる側じゃないってこと」
「……?」
「もっと言うと、さっきみたいに頻繁に情報を探られる側だからさ。イベントのために立てた作戦とか、簡単に漏れて真似されたりしたら嫌だろう? 自然に広がるものは仕方ないとしても」
「あー、それは嫌でござるな。しかし、情報提供する内容を絞れば……」
こいつ、ベールさんと雑談したせいでかなり彼女に肩入れしてしまっているな。
時間が経てば、今の自分の状態が良くないことに気が付くだろうけれど。
「それはどうだろうな? 情報って一見役に立たないものの集積でも、大きな視点で見ると違った情報が得られたりするから。一言で表現すると――」
「……」
「どっから漏れるか分かったもんじゃない。だから、答えはノーです」
そこまで話したところで彼女の表情を窺うと……え?
何か、口元がより緩んで危ない顔、恍惚に近いものになっているような――
「おっとと、失礼。そうだね。情報戦で優位に立つには、いかに自分の情報を出さずに相手の情報を得るか……だからね。ハイハイの意見は正しいよ。情報屋の正しい使い方だ」
「はー、拙者の考えが浅かったでござるな……確かに納得。拙者、冷静さを欠いていたようでござるな」
「しっかりしてくれ、ゲームの先輩。情報屋としての腕が信用できるってことは、それだけ危ない人ってことと同じなんだから」
「……ふふふ」
「「――!?」」
またあの表情になった!?
俺たちが注視すると、それを一瞬で引っ込めるベールさん。
何だこの人……雄弁で楽しい人かと思っていたのだが、急に嫌な予感がしてきたぞ。
「あ、それと、情報屋としてのスタイルというか信条を話すんだったね。私が顧客に選んでいるのは、情報を正しく扱える人だよ。先だってから、頻繁に言っているように。だからああやって、私が情報屋だと見抜けないプレイヤーは嘘を言って他の情報屋に投げちゃう」
「正しく情報を……」
「要は――情報通りに動いて、失敗しても私のせいにしない。先に動いた人がいて、限定ものがなくなっていても私のせいにしないっ。確度が高くないと前置きして提供した情報が間違っていてもキレないっ!!」
「お、おお……」
「全部あんたらの実力不足と、足りないおつむが悪いんでしょうがぁ!! 私のせい!? そんな訳があるかぁ!」
「は、ハインド殿……ベール殿が怖いでござる……」
「相当鬱憤が溜まっているみたいだな……」
後半に行くにつれて語気が荒くなる。
ベールさんの怒りの震えに応じてテーブルも少し揺れ始めるが……彼女はふっと息を吐くと、頭を振って落ち着きを取り戻す。
「……情報は水物、そしてその価値は扱う者次第。だから私は、情報を活用してくれそうな人とだけ取引をしたい。頭の悪い人間の相手は嫌なの」
ベールさんが俺を真っ直ぐに見つめる。
「どう? ハイハイ。私と取引してみる気になった?」
それから、そう告げつつ手を差し出してきた。
ある意味、俺が今まで出会ってきたプレイヤーとこの人は異質だ。
ゲームを普通に楽しんで、イベントに夢中になって、一緒に遊ぶようなプレイヤーたちとは違う人種。
情報を集め、売って、流して、事の経過を楽しむ傍観者に近い立ち位置。
俺は――
「はい。今回限りになるか、そうでないかは分かりませんが」
手を握り返しつつ、肯定の返事をする。
当たり前だが普通に女性らしい、柔らかい手だ。
ベールさん、今度はまともな笑みで手に力を込める。
「うん、契約成立」
「おー」
トビがぺちぺちと適当な拍手を鳴らす。
……そもそも、お前が俺を呼んでレクチャーする流れだったよな?
何で俺が交渉してんの?
「ところでハイハイ、君が最初に会った時にくれた金平糖なんだけど。どうすれば買えるのかな?」
手を離し、椅子に座り直したところでベールさんがすぐに顔を上げる。
ああ、あれか……かなり中身が減っていたし、気に入ってくれたみたいで何より。
「アジトの場所は転々としているんですよね? だったら、遠征先で寄れる時に渡しますよ。居場所を明かしてくれる気があるのなら、ですが」
「くれるの!? あ、いや、でも……」
「あげますよ、あれくらい。待ち切れないなら、サーラに来ていただければ――」
「ホームに入れてくれるの!?」
「いえ。ホームはそれこそ情報の塊なんで、適当に王都の街中ででも」
この人をホームに入れるのは絶対になしだろう。
そうでなくては、何のために長々と話をしたのか分からない。
それが分からない彼女ではないはずなのだが……。
「ふ、ふふ……そうそう、その距離感。ハイハイの優しいけど突き放すような距離感は完璧で、私は……」
うっとりとした表情で震えながら、ベールさんが呟く。
怖っ! 何なんだ、これ?
と、そこで横から肩に手を置かれる感触が。
「最初は話も会うし、仲良くなれるかなーと思ったのでござるが……おめでとう! ベール殿はハインド殿の担当でござるな!」
「……」
そんなことを言われてもな。
普通に美人さんなのに、全然嬉しくない……。