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情報屋ベール

 彼女はローブを脱ぎ去った――かに思われたのだが。


「あ、あれ?」


 何かにつっかえて脱げていない……。

 よく見たらテーブルに裾が引っかかっている。

 そっとテーブルの足を持ち上げると、勢い余ってたたらを踏む。


「す、すんません……」

「あ、いえ……」

「もう普通に脱ぎます……」


 冷え込んだ空気の中で、今度は普通にコートを外す。

 コートの中から出てきたのは……。


「お、おお……普通に可愛い子でござるな?」

「普通!? ま、まあ、仕方ないけどさ。君たちのとこの女子メンバーに比べたらね……うん……」

「何へこませてんだよ、トビ……」

「拙者のせいなの!?」

「お前のせいだ」


 長い一房の三つ編みを前側に垂らすヘアスタイル。

 動きやすそうな服装に、身長は160センチ前後だ。

 トビの言い方は非常にアレだが……癖のない美人といった印象。

 年下かと思っていたのだが、こう対面してみるとどちらなのか分からないな。


「……じゃ、じゃあ、ここでは話せないこともあるし、落ち着いて話ができる場所に移動しようか? 普通に可愛い私が案内するよ」

「おい、トビ。謝っておいたほうがいいって、絶対」

「あ、いや、しかし、褒めたつもりの言葉を取り下げるというのも……も、申し訳ないでござる! 普通とか言ったのが駄目だったのでござろう!?」

「大丈夫だよ。ここまで全部冗談だから」

「……えっ!?」


 そう言って彼女――って、まだ名乗り合ってもいないな? よく考えてみたら。

 コートを脱いだことで、名前は既に頭上に表示されているが……。

 折角なので、落ち着ける場所とやらに移動してから自己紹介を待つとするか。




 そして、移動したその場所というのは……。


「凄いあばら家でござる!?」

「お前、さっきから思ったことを率直に言い過ぎじゃないか?」


 とはいえ、確かに結構荒れた感じのホームだ。

 俺たちは彼女が保有するホームに招かれ、そこに足を踏み入れている。

 足元には崩れた壁などの瓦礫、打ち捨てられた調度品……。

 廃屋と呼んでしまっても差し支えないような、あまり落ち着けそうもない場所である。


「あはははは! 確かにあばら家だよねー」

「あ、そこは言ってもいいんだ。あの――」

「ベール。私は情報屋のベールだよ。呼び捨てでもちゃん付けでも様付けでも、好きに呼んでよ」

「さ、様はちょっと。俺たちは――」

「大丈夫、知っているから。あ、この台詞はいかにも情報屋っぽいよね? ね?」


 よく喋るなあ、この人。

 キツネさんのマシンガントークよりかは、ずっと変化に富んでいるしこちらの話も聞くけれど。


「そ、そうですね。ところでベールさん。ここで話をするんですか?」

「慌てなさんなって、ハインド君よー。ここの壁をちょいちょいっとすると……」


 ベールさんが壁の一部を押し込むと、そこが窪んで行き……。

 何かが作動するようなガコン、ガコンという音がしたかと思うと、トビの足元に穴が開く。


「おおう!?」


 すんでのところでトビがバックステップを踏み、落下を免れる。

 どうもその隠し扉の先には、地下への階段があるようだ。


「あ、ごめん。階段そこだった」

「凄いびびったでござるよ!? 腰が抜けるかと!」

「階段の位置を憶えていないって……普段から使っているホームじゃないんですか?」

さといねー、ハイちゃんは」

「ハイちゃん……」

「嫌?」

「ま、まあ……そうですね」


 止まり木のおばあちゃんたちと同じ呼び方はやめて欲しいところだ……。

 階段を降りるベールさんに続き、俺たちも地下へと潜っていく。


「居場所を転々としているほうが、情報屋っぽいでしょ? 購入じゃなくて、借りホームを使うとお得だし」

「なるほど……」


 地下は上階部分とは違い、綺麗に家具などが置かれていた。

 当然のように日は差し込まないが、これはこれで。


「おおー……隠れ家とかアジトっぽくて、ワクワクするでござるな!」

「でしょ? 現実ではこんな家を作らないし、実際に作ったとしても不便極まりないだろうけど。ゲームならいいじゃん! ってね」

「VRゲームのいいところですよね。あの、さっきまでいた裏路地なんかも――」

「ゲームならではだねえ。現実ならまず近付かないもの」


 そんな話をしつつ、椅子を勧めらる。

 俺たちはそれに応じ、座ろうと――


「あ、そっか。ハイハイが淹れてくれたほうが美味しいかな?」

「……何がですか?」


 一応、気を遣って呼び方は変えてくれたらしい。それでもおかしいが。

 それに関しては目をつむりつつ、下ろしかけた腰を上げる。

 茶を客に淹れさせるのか? とは思うが、俺は料理――もとい、給仕の腕を試されていると受け取った。

 最近は経験の足りなかった紅茶に触れる機会も多かったし、ここは……。


「淹れてくれるの? ありがとう。どんな茶葉だろうとかかってこい! って顔じゃん? 頼もしいなー」

「そんな顔をした覚えはありませんが、受けて立ちましょう」


 これだよ、とベールさんにティーセット一式を渡される。

 ……それにしても、先程から目に入るアイテムの数々が。

 どれもこれも、レアリティが高いものばかりだ。

 俺たちが見たこともないような希少品も置いてあるようで……。


「欲しい?」


 不意にかけられた声に手を止める。

 俺の視線から何を考えているのか察したように、ベールさんは悪戯っぽく笑っている。


「いえ。どちらかというと入手手段とか作り方を訊きたいところですね」

「いいね! 情報屋の正しい使い方だよ、それ。そこんところを履き違えている輩が多くてさぁ……」

「……」


 本気で不満そうなベールさんの声音に、裏路地でのやり取りが思い出される。

 ……だからあんな嘘を吐いたのだろうか?


「あ、ごめんごめん。細かい話はハイハイがお茶が淹れ終わってからにしよう。という訳で、トビトビ」

「せ、拙者はトビトビでござるか……珍妙な……」

「ハイハイよりはマシだろ……」


 赤ちゃんか、もしくは適当に返事をされているみたいだ。

 ベールさんの独特なペースに流されつつ、事態は進んで行く。


「トビトビ。少しの間、私の話し相手になっておくれよ」

「いいでござるよ。では、アジト談義でもするでござるか? 折角、面白いホームに招待してもらったのでござるし!」

「乗った! トビトビは特撮系も行ける口? 秘密基地とか、ああいうの」

「もちろんでござるよ!」


 何だ、その微妙にマニアックな話題のチョイスは……。

 二人が盛り上がっている横で、こちらは淡々と作業を進める。

 とりあえず、お茶を淹れたら俺も座ることにしよう。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「情報屋」って「各国主要都市に必ず一人はいる情報提供NPC(要対価)」みたいな解説が以前入ってたと思うんだけども。 このキャラは「情報を取り扱ってるプレイヤー」よね? かなり紛らわし…
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