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商業都市の裏路地

 裏路地を覗いては移動を繰り返すトビ。

 その背には徐々に焦りが見え始め……。


「おい、どうした? 迷ったか?」

「あ、それが……おかしい。この辺りのはずなのでござるが」


 視線からして、トビは露店をやっている商人たちを見ているようだ。


「落ち着けよ、別に急かさねえから。一体誰を探しているんだ?」

「……情報屋でござるよ。この時間にここに来れば、会えるはずと聞いて」

「情報屋? はずってことは、会うのは初めてなんだな?」


 商業都市の裏路地は少々特殊だ。

 一般の区画に店を出せないあぶれ者……だけでなく、高レア素材専門店だとか、デメリット付き装備を呪いの装備と称して売る店。

 気に入った相手にしか物を売らない店など、普通とは趣向の違う店があったりもする。

 治安は……まあ、ゲームだしな。

 街中なのでPKもできないし、暗い場所だからといって特に悪いということはない。

 ただ、闇の商人のようなそれらしい店を構えたり、ロールプレイをするには非常に向いた場所だ。


「その情報屋の特徴を俺にも教えてくれよ。折角だから、露店でも眺めながらのんびりと探そうぜ」

「言わずに会わせて、ハインド殿を驚かせようと思ったのに……」

「うん? どういう意味だ、それは?」

「その情報屋、ハインド殿が会ったことのある人物なのでござるよ。ほら、前にミント入りの金平糖をあげた」


 そう告げられ、少しの間考える。

 ミント入り金平糖……商業都市……路地裏……ああ!


「あの子か、礼代わりに特殊なアクセサリーをくれた! あの中でも、ヒットストップ軽減のアクセはかなり良かったな! ユーミルがプチ重戦士みたいになって!」

「……その顔。ついでにアクセの作り方も訊きたい、って顔でござるな?」

「訊けるならな。そもそも本人が作っていれば、の話だけど」


 それに、情報屋というのであればタダという訳にもいかないだろう。

 もしかしたらあの時くれたアクセサリーも、借りを作らないという商売人的な思考から出たものかもしれないし。


「そんな訳で、今夜はゲーム内で会える情報屋さんを探しにここに来た次第でござるよ」

「情報屋が扱っている情報は、掲示板なんかで得られないものなんだよな?」

「それは勿論。一般に知られていないレアアイテムの情報だったり、今回必要としているような……」

「プレイヤー個人の動向とか?」

「そうでござるな。それらの情報を、報酬を支払うことで教えてもらえると」

「へえ」


 聞いた感じだと、かなり独自の情報網がないと厳しいプレイスタイルのように思える。

 トビと何度も話しているが、ある程度までの情報なら今時は簡単に手に入る時代だ。

 俺たちは露店巡りと並行しつつ、目的の人物の捜索を継続。

 ――が、これが中々見つからない。


「そういや、前に会ったのはどの辺でござったっけ?」

「ずばりこの辺りだったと思うが。確かあの子は、占い師にふんしてアクセサリーを……」

「――そこの神官と忍者のお客さん。占っていかないかい? ひっひっひ」

「「……」」


 俺たちを呼び止めたのは、ローブを纏った老女――ではなく、老女風に声を作った若い女性。

 テーブルの上には水晶玉、いくつかのアクセサリー、そして見覚えのある金平糖の入った瓶。

 中身はかなり減っているが……間違いない。いた!


「……じゃあ、占ってもらおうかな」

「は、ハインド殿?」

「ここは乗っておこうぜ……分かっていて声をかけたんだろうし……」


 大体、これ見よがしに金平糖の瓶を指で突いているし。

 対面に用意された椅子に座り、占い料の500Gを払う。


「さて、何を占って欲しいのかね? 恋愛運? 仕事運? それとも……当ててみようか? サーラからのお客人」


 全て分かっていると言わんばかりの口調だ。

 それが占い師としてのロールプレイからなのか、情報屋としてのものなのかは不明だが。

 ここは直球で、情報屋を探していることを言ってみようか。


「実は――」

しからば、拙者の恋愛運を! 是非に!」

「おい」

「恋愛運。では、まずこの水晶玉を見つめ……」

「おーい! やめて! てか、金を払ったの俺だよね!? やるならせめて俺にしてくれよ!」


 しっかりトビの言葉に乗ってから、正面の少女が低い声で小さく笑う。

 その笑い方からして、まだ演技は続ける方針のようだ。


「しかし、ハインド殿の恋愛運なんて占ったら酷いことになるのではござらんか?」

「どういう意味だよ!? 大体、もう恋愛運はいいっての! ええと……実は俺たち、情報屋を探しているんですけど」

「なるほど、捜し人……では、お客人。こちらの水晶玉を」

「は、はあ」


 ……もう少しだけなら、我慢して付き合ってもいいか。

 トビによると目の前の少女がその情報屋とのことだが、今のところ正体を明かす様子はない。

 俺が水晶を見つめると、少女は水晶に手を掲げ、何事かをぶつぶつと呟き始める。


「見える……お客人の求めに適合する者は、この都市内に複数……」

「……!」


 商業都市内に情報屋は複数いるらしい。

 トビの方を見ると、知らなかったのか首を左右に振る。


「それから……ええと……」

「?」


 そこで少女は言葉を濁す。

 ……どうしたのだろう? 何か重要なことを言おうとしている?

 彼女は何やらもどかしそうに視線を散らすと、やがて小さく唸ってから再度口を開いた。

 俺たちはそれに注目し、体を前に傾ける。


「――こほん。有名PKの情報なら、ぶっちゃけ私が紹介する情報屋のところに行けばすぐに分かるでしょう。今から教えるんで、行ってみたらいいんじゃない? 占いは以上!」

「――!? 急に口調、崩れ過ぎではござらんか!? そんな適当なロールプレイでいいのでござるか!? 信じられぬっ!」

「お前が言うな! お前が言うんじゃないよ!! なあ!?」

「は、ハインド殿!? じ、自分でも分かってるから、二度も連続で言わないで……?」


 一瞬の緊張感は彼方へと去って行き、後には弛緩した空気だけがその場に残った。

 そこで少女は演技をやめ、今度は俺たちを見て普通に声を上げて笑う。


「あっははははは! あー……楽しかった。ノリがいい人たちは好きですよ。最後のツッコミもナイス! 付き合ってくれてありがとう!」

「あ、ああ……まあ、はい」

「平気平気、でござるよー」


 ようやく話が進みそうな気配にほっと一息。

 しかし彼女は、「私が紹介する情報屋」と言ったな? 確か。


「それと、お久しぶりです。実は私、情報屋たちの窓口係というか案内役みたいなことをやっていまして。なので、良ければ条件に適合する情報屋を紹介しますよ?」

「あ、そうなのでござるか? だから拙者でも簡単に辿り着けたのでござるな。本職の情報屋の方にしては、会うための手順が随分易しいなあとは思っていたのでござるよ」

「言うほど簡単にはしていないんですけどね。過去に会っているという手がかりがあったとはいえ、私がそうだと気付いただけでも凄いです。やるじゃないですか、トビさん」

「いやあ、それほどでも」


 トビが頭を掻いて照れくさそうにしている。

 それにしても、この子が窓口係だって?

 ……。


「いやいや、ないない。ないって。さっき君、有名PKの情報なら――って言ったよね? 何の情報を得たいかなんて、俺たち一言も話していないのにさ」

「おや? 聞き逃しませんでしたか。でもそれ、昨日シリウスと渡り鳥がレッドネームと接触したっていう情報を又聞きしただけですよ? 私は情報屋の窓口係なので、普通のプレイヤーよりは少しだけ物知りですから」

「又聞きって。つい昨日の、それもそんな局所的な情報をかい?」


 窓口係などという中途半端なポジションを自称しているにしては、明らかに不自然だ。


「あれを見ていたのは俺たちと、一部の偶然フィールドに居合わせたプレイヤー。そしてあの場にいた初心者たちくらいなものだけど……」

「確か、奇襲を受けたのは事態が落ち着いたころでござったような?」

「そうなんだよ。初心者たちの大半が既に治療を終えて移動していたから、結構入手難度の高い情報のはず。イン前に掲示板を一通り見てきたけど、目撃者による書き込みは一切なかった……はずだ。わざわざこんな微妙な情報を、あえて情報屋が窓口係に教えるかな?」

「……」


 どちらかというと大小様々な情報を得ては、使えそうなものもそうでないものもとりあえずキープしておく……そんな本職の情報屋こそが持っていそうな類の情報だ。

 俺の話を聞くにつれ、フードから覗く少女の口元の笑みが深くなる。

 わざわざ嘘を吐いてみたり、どうしてそんなことをするのかは分からないが……。

 もう一押し、という感触を信じて言葉を続ける。


「他の情報屋の居場所は教えてくれなくていいよ。それよりも、俺は君に色々と教えて欲しい。占い師でもアクセ売りでも窓口係でもなく、情報屋としての君に」


 そんな俺の言葉に、二人は何も反応を示さない。

 ……そっちの子はともかく、トビよ。

 お前は何で口を開けた状態で固まっているんだ?

 しばらく待っていると、やがてトビがようやく動きを見せ……。


「……は、ハインド殿? これでもし彼女が情報屋じゃなかったら、めっちゃ恥ずかしくないでござるか? 恥ずかしいでござるよな? ……もしそうなったら、スクショしていい? そんでみんなに見せてもいい?」

「やめろ馬鹿!?」


 そう言われると急に不安になってくるじゃないか!?

 俺は跳ね出した心臓を抑えながら、彼女のほうへと恐る恐る向き直る。

 彼女もトビと同じように、少しの間じっと動かなかったのだが……。


「――はい、口説き文句いただきましたぁ!」

「……へ?」

「……はい?」


 急に机を叩き、呆気に取られる俺たちの前で立ち上がる。

 そしてローブを脱ぎ去り――。

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