急襲
「おのれ……何奴!」
そこにいたのは、真っ黒な剣を持った一人の騎士。
フルフェイスで露出のない兜、薄い装甲ながら全身を覆う甲冑。
一言で現すなら……黒騎士? 暗黒騎士?
「……」
トビの誰何の声に対して騎士は喋らない、話さない。
暗殺しようとしてきたのだから、当たり前といえば当たり前な気もするが。
「我が名は……エルガー」
「って、名乗るのかよ!?」
「ハインド殿。ゲーム内におけるこの手の輩は基本、自己顕示欲が強い故……本物の暗殺者との違いでござるな」
確かに、漆黒の鎧などというものはこの上なく自己主張が強いと言える。
体格からすると同年代以上、そして声を聞く限りではそれなりに若いような気が。
……色々と推察していくと、正体不明であるが故の不気味さとかが段々薄れていくな。
「何か、一気に力が抜けたんだが?」
「それに、名乗るまでもなく頭の上にネームが丸出しでござるし」
「分かってて問い質したお前もお前だよ」
その割には、ネームもアイコンも姿を現すまで見えなかったのだが……。
どうやって隠していたのだろうか?
「しかし……レッドネームってのは初めて見るな」
「拙者も初見でござるよ」
TBのプレイヤーネームは現在のところブルー、イエロー、オレンジ、そしてこのレッドとあり、それぞれの行動によって色分けされる。
レッドネームはTB内におけるPKとしての賞金額・トップ100の証だ。
賞金額は討伐される度に下がるので、こいつはそれだけ自分がやられることなくPKを続けているということになる。
だから、もしかしたら今の名乗りも単なる自己顕示ではなく……。
馬を降りて表情を引き締め直す。
エルガーは離れて行くグラドタークを狙う気はなさそうだ。その場から動かない。
「……トビ」
視線を逸らさないまま、俺はトビの名を呼んだ。
異変に気が付いて駆け寄ってくるシリウスのメンバー、そしてユーミルたちの声は、運が悪いことに遠く聞こえる。
時間を稼いで何とかしようという考えは、この状況では却って隙を生む結果になりかねない。
トビはノータイムで俺の声に応えた。
「承知! 何もさせずに仕留めるでござるよ!」
トビが馬上から掻き消える。
『縮地』で背後に回り込んでの一撃を、エルガーが平然と剣で止める。
「なっ……拙者の縮地に反応を!?」
「グラドタークに助けられたな、ハインド。だが……」
「――!?」
突如、横っ面付近に矢が突き立つ。
それは虹色に輝く透明な壁によって止まり、落ちた。
狙撃……!?
名乗りはこれのための時間稼ぎか!
「ホーリーウォール……なるほど、噂通りの実力か」
俺は射線を切るように、エルガーを盾にできる位置へと移動した。
『ホーリーウォール』は俺の癖のようなもので、フィールドにいる時は使えるだけ使うようにしている。
今の矢を防いだ分は先程、治療中についでに使っておいたものだ。
念のため、視線を感じなかったタイミングで使用してある。
「……随分と俺ばかりを狙うんだな?」
「当然だ。お前という頭を潰せば、渡り鳥は機能不全に陥る」
相手の態度に合わせて平静を装っているが、内心は心臓が口から飛び出そうなほど動揺中だ。
ほぼ死んでたよ、今の! 数が頼りの温いPKばかり相手にしていたので、落差に思考が追い付かない。
「拙者を無視とはいい度胸でござるな! 余所見は――」
「する余裕がないとでも?」
「うおぅっ!?」
「トビッ!」
エルガーの『ヘビースラッシュ』を受けて、トビの空蝉が割れる。
俺の側面からの突きに対しては、籠手を使って低ダメージで受け流す。
「!?」
「……そうか。最近のお前は中衛モドキもこなすのだったな」
――ぞわっと、背筋に冷たいものが走る。
精一杯跳び退いて距離を取った直後、俺は自分で跳んだ以上の距離を吹き飛ばされた。
剣こそ命中させられずに済んだが、放散されるエルガーの全魔力を一身に受けてしまう。
「ば……バーストエッジ……」
自分が喰らう側になると、これほど痛いスキルもない。
魔法属性であること、物理ダメージ部分を受けなかったことが幸いして何とか生き残ったが……。
「やはり初撃で仕損じた俺の負けか……ここは退かせてもらう」
エルガーが指笛を吹き、自分の馬を呼び出す。
そしてトビがそれを黙って見ている訳もなく、投擲武器を投げつつ猛然と襲いかかった。
「逃がさないでござるよ!」
「……いいのか?」
「――!!」
投擲武器を剣で弾くエルガーが顎で差す先、遠方から暴風を纏った矢が倒れた俺に向かって飛来してくる。
トビは迷うことなく俺に飛び付き、引き摺るようにして射線から逃がし……。
「ふんぬぅぅぅ! 間に合えぇぇぇ!」
「あっちぃ! いてぇ! 摩擦が! 岩が!」
「セレーネ殿並の狙撃精度とか、聞いていないでござるよぉっ!」
弾速が低めの『ブラストアロー』だったことが幸いした。
ぶつかった衝撃でHPが限りなく0に近付いたが、トビのおかげでどうにか生き残ることに成功。
暴風が収まった時には、もうエルガーの背は遠くなっており……。
「わ、悪い、足を引っ張っちまった……サンキュー、トビ」
「いやいや、むしろあれだけ狙われてよく生きているでござるな? ハインド殿」
「他はともかく、初撃はあいつの言う通り完っ全にグラドタークのおかげだな。ありがとう、グラドターク」
グラドタークを呼び寄せ、首筋を軽く撫でる。
あの速度を見ると名馬のようだし、いくらグラドタークでも追いつけないだろうな……何より、俺のHPがまずい。
集中力という意味でも、今は精神的にあまり良いとは言えない状態だ。
「……後はシリウスのメンバーに任せるしかないな。上手く撃破してくれるといいんだが」
「……まさかあいつ、シリウスの包囲網を突破したりしないでござろうな?」
「……お前は実際に戦ってみて、どう思ったんだよ?」
「ええと……やばい!」
「どちらかというとお前の語彙がやばい」
結局、俺たちの悪い予感は的中した。
エルガーともう一人の狙撃手は、予め退路も考えていたらしい。
ユーミルたち主力が揃った方向とは逆方面へと逃げ、時には立ち塞がるシリウスのメンバーを短時間で戦闘不能にし……。
仕上げに閃光玉とけむり玉を投げると、俺たちの索敵範囲外まであっさりと逃げ去って行ってしまったとのこと。