迎撃準備完了
「な……何ですの、この有り様は?」
そんな言葉を残したきり、ヘルシャは絶句。
入場許可を出していたからだろうが、止まり木の面々は既にシリウスのホームに入っていた。
大きなエントランスホール内を子どもたちが楽し気に駆け回り、それをパストラルさんが注意しながら追いかけている。
年寄りたちは困惑する執事・メイドさんたちにグイグイと話しかけ……。
「ろ、老人クラブ?」
「いや、子ども会でしょ?」
「地域の公民館とか、こんな感じじゃん?」
「いや、知らんし」
「分かる、ウチの地元はこんなんだった」
「あなたたち……」
シリウスのメンバーのそんな呟きを聞いて、ヘルシャは額に手を当てた。
お、これは……怒っているな。
「相手がどうあれ、お客様をきちんとご案内なさい! それくらいできなくてどうするんですの!」
「「「はい、お嬢様!!」」」
「そう仰られても、今まではほとんど来客が……経験が……」
「黙りなさい、コル! 仮にもあなたは執事でしょう!?」
「は、はい! 失礼いたしました、お嬢様!」
「お嬢様に名指しで叱られてる……」
「いいなぁ……」
いいのか!?
何だこの反応……やっぱりちょっとおかしいな、シリウスの人たちって。
「叱られて喜ぶとか、おかしいのではないか? こいつら」
「お前、俺が敢えて言わなかったことを口にするなよ……」
「む?」
ヘルシャがホールに入る位置で止まってしまったので、自然と俺たちもそこでつっかえてしまっている。
エントランスホールはまだ収拾がつかない状態だ。
止まり木のメンバーも、まだこちらの存在に気が付いていない。
俺とユーミルに続いて、遅れてきたリィズたちも後ろから顔を出す。
「叱られて喜ぶ……どこにでもいますよ、こういった輩は」
「そりゃ、リィズ殿の周囲はそうでござろうなぁ」
「何ですか、トビさん? それは私を侮辱しているのですか? 潰しますよ?」
「リィズ殿のそういうところがイカンと思うのでござるよ、拙者……」
「り、リィズちゃん? 落ち着いて?」
それはともかく、こちらからも何か働きかけた方が――
「いい加減にするがいい、この童ども……空虚の虜囚にされたいかぁ!」
「わー! お姉ちゃんがちゅうにモードになったぁ!」
「おやつぬきにされちゃう!」
こちらが行動を起こす前にパストラルさんが爆発。
散り散りになっていた子どもたちが徐々に集まってきた。
「空虚の虜囚……あ、空腹ってことか。胃が空虚になるのね」
「あ、あはは……こっちはこっちでおかしいような……」
「……ですね」
この子どもたちの理解力……どうなっているんだ、止まり木も。
とはいえ、パストラルさんの一喝が効いて事態は収束。
まともに話ができる状態が整い……。
「た、大変お待たせしました、ヘルシャさん……止まり木一同で、馬の納入に参りました。先程はとんだご無礼を……」
「は、話は伺っておりますわ、パストラルさん……こちらこそ、まともな出迎えもできず……」
百名近い人数が見守る中、二人の代表者の間に気まずい空気が流れる。
やがて双方、ぎこちなく作った笑顔に近い表情で向き合う。
「……で、ではお相子ということにいたしましょうか? パストラルさん」
「そ、そうですね! この度はお買い上げ、誠にありがとうございます!」
二人が握手を交わしたところで、どこからともなく拍手が沸き起こった。
……うーん、何とも珍妙な流れだ。
止まり木の歓迎は、大張り切りのシリウス・料理担当――クースさんによるフルコースによって為された。
子どもたち、それと一部のご老人のマナーはやや問題があったが、クースさんはとても満足そうで……。
「是非、またいらしてください」
と笑っていた。
止まり木のみんなの感想は素直だから、料理の腕の振るい甲斐があるんだよな……彼の気持ちがとてもよく分かる。
それが終わると、ホームを見学したいという面々――主に子どもたち、それと保護者役の数名を残して馬の引き渡しだ。
シリウスのホームに厩舎はないので、引き渡しは街の厩舎を利用して行われる。
「名馬が三、駿馬が七十、豆サラが二十ですね。ご確認を」
「あれ、意外と豆サラが多いでござるな?」
「リィズが乗っているのを見たメイドさんたちが欲しいって言うもんだから。もちろんちょっとだけ能力は劣るけど、駿馬クラスを揃えたから移動で取り残されることはないだろう」
「もう豆サラも、これだけの数の駿馬を揃えたのでござるか……何だかんだで、止まり木は優秀でござるなぁ」
「ええ、本当に! 素晴らしいですわ! ああ!」
「……」
「……」
ヘルシャは偉くご機嫌だ。
特に名馬三頭はかつての約束通り、サイネリアちゃんが丹精込めて育てた馬だと知ると天にも昇らんばかりの状態になった。
「直接渡せなくて残念だってさ、サイネリアちゃん。もし次の機会があったらって、言伝を預かってるぞ」
「サイネリアさんっ……! ここまでの馬を育てておいて、まだ道の果てではないと……!」
虚空に手を伸ばして目を閉じるヘルシャ。
健気なサイネリアちゃんの姿を思い浮かべて、すっかり感じ入っているようだ。
「滅茶苦茶芝居がかってんな。動きといい台詞といい……」
「サイネリアの傍には、常にグラドタークというお手本がいるしな!」
「……手本にするには、ある意味とても不適切ですけれどね」
そんな俺とユーミル、リィズの言葉は聞こえていないらしい。
今のヘルシャの耳に、都合の悪い話は届かないようだ。
しばらく落ち着くのを待ってから、俺は新しい馬の引き渡し以外にやっておかなければならない大事なことを切り出した。
「ヘルシャ。前まで乗っていた馬のことだけど」
「はい? もちろん、そちらもあなた方から頂いた大切な馬。乗る頻度が減ったとしても、厩舎に預けておいて時々は乗るつもりですわよ?」
街の厩舎では、確か一人につき三頭までは預けることができたはずだ。
シリウスのみんなはヘルシャ同様、三頭を超えるような購入歴はなかったはず。
だから、何も考えずに預けておくなら前まで持っていた馬をどうするか考える必要はないだろうけど。
「良ければ、渡り鳥と止まり木で下取りをするけど……どうだ?」
「それは……」
「とりあえず、一通り最後まで聞いてくれ。下取りした場合、次の世代を残してからNPCの作業馬に転身させる予定。プレイヤーが時間をかけて乗り込んだ馬の次世代は、強く育ちやすいんだ。だから俺たちにとっても益があるし、相応の値はつけるぞ」
「つまり下取りに出せば、厩舎で待機し続けさせた場合と違い、その能力がフル活用されるんですのね? ……どうするのがあの子にとって、一番幸せなのかしら?」
「中には、馬なんて所詮データじゃん? みたいな酷くドライなことを言う人も偶にいるけどな……ヘルシャがそうやって真剣に考えてくれて、俺は嬉しいよ」
「と、当然ですわ! ……ええと、少し考えさせてくださいな」
ちなみにそういった旧世代化した馬は取引掲示板を通じて他のプレイヤーに売却もできるし、野に放つことも可能だ。
NPCに売った際には『TB世界のどこかでまた会えるかも……』というメッセージが表示され、実際にNPC――現地人に使われるケースがある。
俺たちはこれがお気に入りで、大抵は現地人へと売却。
育てていた馬がその辺にいないかな、と眺めて見つけるのがひそかな楽しみになっている。
シリウスのメンバーが次々と今まで乗っていた馬の処遇を決める中、ヘルシャは……。
「……決めましたわ!」
一番最後まで考えてから、結論を出した。
次世代を残させてから、また乗りたい――そんな風にちょっと我儘だが、ヘルシャはヘルシャらしい決定を下した。
もしかしたらその内、馬の所持上限を増やすための特設厩舎を購入する必要があるかもしれない。
生産ギルドなら農業区に厩舎を建てれば済む話だが、戦闘ギルドの場合は街の施設の権利を買う形が一般的だ。
そして止まり木は、というかパストラルさんは『商業都市アウルム』での買い物に意欲的であり……
「しっかりインベントリ満杯まで買い物をしてから、下取りした馬を使ってサーラに帰りますね! 直に戦闘を見たい気持ちもありますが……絶対に足手まといにはなりたくないので。いつも通りのご活躍を期待しています、みなさん!」
と言って俺たちを見送った。
バウアーさん、エルンテさんが時間の都合で来られなかったので統率が大変そうだが……彼女なら復路も上手くやってくれるだろう。
そして俺たちは、シリウスの一新された馬たちと共にほとんど全員でフィールドへと出た。
自分の軍団がどんな様相になったか見たい、というヘルシャの要望を受けてのものである。
その先頭付近から、俺は後ろの面々のほうを振り返った。
「何か、豆サラ部隊が凄く可愛い……悪く言うと弱そうだ」
一段低い頭の位置に、乗っているのはメイドさんばかり。
これで素早く動いて、しかも乗っている人間の戦闘力も高いのだからまるで詐欺だ。
「敵の油断を誘うのに使えそうですわね……」
「お、結構実務的な考え方をするんだな。普通は――」
「リィズちゃんも、こっちに混ざらない? 同じ豆サラなんだしさー」
「嫌です」
「リィズちゃん、豆サラ隊の指揮を執ってよー」
「嫌です」
「リィズちゃん、ツンツンしてて可愛いー!」
「……」
その豆サラ隊の近くでは、リィズが不満気な顔で弄られている。
更にその横ではユーミルが腹を抱えて笑っており……。
「――普通の反応は、あんなもんじゃないか?」
「……まあ、豆サラと……あなたの妹さんが、愛らしい存在であることは否定しませんわ……」
「師匠、むしろボクは豆サラのほうが良かったのでは……」
「いや、ワルターはサブマスだろう? 指揮に入る可能性の高いプレイヤーが、小さい馬に乗るのはいまいちだと思うぞ」
黒毛の名馬に乗ったワルターが、自信がなさそうに背中を丸めて近付いてくる。
あえて指揮官級を目立たなくするのも一つの手だが、基本的には戦意高揚のために目立つ方が良い。
「それに、ほら。背筋を伸ばして毅然としていれば全然似合うって。やってみ?」
「こ、こうですか?」
「違う、もっとシャキッと! 胸を張って、肩の力は抜いて自然に!」
「こ、こう……?」
「視線は最低限前、顎を引けぃ! 下はなるべく向かない!」
「は、はい!」
「よしよし、いいじゃないか! 格好いいぞ、ワルター!」
「師匠にそう言っていただけると、何だか大丈夫な気がしてきました!」
ワルターの姿勢を正す俺を、ヘルシャが何とも言えない表情で見ている。
……何だよ?
「ハインド、あなたって稀に勢いだけの言葉で人を励ましますわよね……?」
「時にはそれも有効だって、身近なやつから学んでいるからな。特にワルターみたいに土台がしっかりしているのに、自信がないタイプには」
「え?」
「よく見ていますわね。わたくしもそう思いますわ」
「え? お、お嬢様? 師匠?」
そして、そんな教訓を俺にくれた当の本人はというと……。
未だに豆サラ隊の前で笑い転げ、リィズからの冷たい視線を浴び続けていた。




