調薬と止まり木の到着
シリウスのホームに帰ると、他のメンバーも次々とログイン。
後は止まり木の到着を待つばかりだ。
いつもの円卓の周囲に置かれた椅子に座り、思い思いの行動をしてPK警戒の準備もしておく。
ノクスに餌をやる俺が顔を上げると、こちらから見える部屋の壁際をヘルシャが右から左に。
左から右に横切っていくのが見えた。
「ハインド君、パストラルちゃんからの連絡はあったんだよね?」
セレーネさんは新作の装備の構想でも練っているのか、洋紙に図面を描き起こしている。
つい先ほど受けたパストラルさんからのメールによると、順調にグラド国内を移動中とのことで……。
ヘルシャが左に。
「ええ。何かして待つほどの時間はないので、もうしばらくはここで待機ですね」
「ハインドさん。そこにある霊樹の枝を煎じて入れてくれませんか?」
リィズの言葉を聞いて、カームさんが手を出してくれる。
ありがたくノクスの給餌を任せ、俺が『霊樹の枝』を手に取った。
ヘルシャが右に。
「煎じちゃっていいのか? 成分が逃げない?」
「前に乾燥粉末もやってみたんですが、今一つで」
「じゃあ、言う通りにするよ。こっちの簡易キットを借りるからな」
「そういや、煮出すのって普通の水でござるか? 聖水とかで煮出すのは効果なし?」
トビは昨日俺が街の鍛冶場で作製・補充した忍具の再装填中。
防具のあちこちに仕込んでいるので、結構時間がかかる作業だ。
ヘルシャが左に。
「完成品を混ぜんのってあんまり効果がないんだよな。偶に例外があって、上位アイテムにグレードアップすることもあるんだけど。今回は聖水の上位版を生み出そうとしている訳じゃないから」
「あー、それは残念でござるな」
「でも、折角だから何か水以外のもので煎じてみるか。リィズ?」
「はい。やってみてください」
今やろうとしているのはMPポーション系の改良だ。
MPポーション作製に必要な素材の傾向としては、目に見えない不思議なパワーを秘めていそうなものが多く該当する。
ヘルシャがの歩調が段々と速くなっている。右に。
「といっても水系の素材の手持ちは、今これしかないんだが。“パトリア山脈の霊水”……霊と霊で喧嘩しそうな取り合わせだが」
「案外性質が完全に一緒で、効果なし――という線もあるでござるな?」
「同質のものって極端なんですよね。融け合ってしまうか、異常に反発し合うかで。ただ、融け合った場合は性質が強化されることもありますよね? ハインドさん」
「あるな。特に希少な素材同士だとその傾向が顕著だ」
「純粋に成分とか量が増えるってことでござるか」
安い薬草などを大量に使用してもポーションの効果には反映されないが、手に入り難いような高価な素材は複数使用することで完成するアイテムがあったり。
ヘルシャが足早に左に。
「化学反応を狙うなら異質のもののほうが良いだろうし……本当に同一の性質なら、お前らの言う通り上手く行けば効果の増強にはなるかもな」
「私としては、その化学反応とやらで想定と違うものができたほうが見ていて面白いのだが」
珍しくアイテム整理などをしているユーミルが、テーブルを占拠しながらそんな言葉をこぼす。
リィズがその言葉とスペースの圧迫に、二重の意味で不快そうな顔をした。
ヘルシャ、更に加速して右に。
「……失敗すればそれだけ素材が無駄になるのですよ? 新薬開発に失敗は付き物とはいえ――」
「トライ・アンド・エラーだ!」
「トライアル・アンド・エラーな。和製英語だ、それは」
「そ、そうか。そのままにしておくと、ゆかりんにも指摘されそうだ……と、とにかく! 今回は、過去のポーションよりも劇的に効果を上げたいのだろう?」
「まあ、そうですね」
「だったら、私の素材で何か使えるものはないか? あったら使え!」
そう言いながら、ごちゃごちゃと広げられた素材を手で示してみせる。
こういうのを面倒がるから、回復アイテムを忘れたりするのだろう。
俺たちはそれを何とはなしに眺め……!?
こ、この一見普通の獣のそれと変わらない、しかし鈍い光沢を放つ牙は!
「お前、これシルバーウルフの牙……」
「レアドロップではござらんか!」
「こっちは天啓草のようですね……」
「レア素材ではござらんか!」
「あ、ストレンジ・ストーン……」
「レア――もういいでござるか? 多い!」
レアものがゴロゴロ出てくる。
最近得たものもあるのだろうが、これは酷い。
そしてヘルシャ、もうそれ競歩のレベルじゃないか?
「ちゃんと整理しておけよ……しかも何だよ、この強運」
「む? これは凄いのか?」
「正に今、知識が足りないことによる弊害が出まくっているでござるな……」
物欲センサーというものの存在を感じずにはいられないラインナップだ。
TBのレアドロップは一日中張り付いて狙わなければ出ない――というほどのものは少ないが、それでもユーミルのインベントリの中身はおかしい。
ユーミルに使えと言われてもリィズは意地を張るだろうし、ここは……。
「折角だから、この中にある何かを使わせてもらおうか。リィズ」
「……ハインドさんがそう仰るなら」
「ユーミル、どれでもいいのか?」
「勿論だ!」
煎じるのに使えそうな水はないようなので、ここは『霊樹の枝』を別のものに置き換えるか。
……それとも枝は二セットあるのだし、まずはリィズのレシピ通りに作ってから――
「ところで、ハインドさんは同質――自分に似た性格の人と、性格の違う人……どちらと多くの時間を過ごしたいと考えますか?」
「え、ここからそんな方向に話を繋げる?」
不意にリィズがそんな質問を投げかけてくる。
他人を分類するのに、そんな単純な二択になる訳がない。
自分と全く同じ人間はいないだろうし、似ている――共感できる部分、できない部分、そもそも理解できない部分に、理解はできても共感はできない部分などなど細かく挙げたらキリがない。
それは当然リィズも分かっているはずなので……気軽に答えていい質問だよな? これって。
「そうだなぁ……穏やかに過ごしたり、決まった仕事をする時は自分と似た人と。楽しく過ごしたり、何か新しいことに挑戦する時は自分と違う性格の人……ってところか? 難しい質問をするなぁ、リィズは」
「なるほど……ハインドさんは欲張りですね」
「え? そうか?」
「ですが、分かりました。私の場合、ハインドさんに新しい刺激を差し上げることができれば良いのですね? 努力します」
「……うん? うん?」
リィズは一体どこを目指してそんなことを言っているのだろうか?
気が付くと、その場の全員が俺たちのほうを見て手を止めていた。
「リィズ。貴様が何の話をしているのかさっぱり分からんが、何となく不愉快だ!」
「もし、仮にそのどちらにも合わせられる人がいるのなら、その人だけがいれば良い――と言ってしまう人もいるかもしれませんね」
「な、何かカーム殿が怖いことを言い出したでござるよ!?」
「リィズの言葉の意味を理解できたのか。ってか何なんだ、この話題」
元は調薬の話だったはずだが……。
素材の性質がどうこう、とかいう。
「て、哲学……で、ござる?」
「哲学……なのかな?」
「何かが違う気がします……」
だって、何故か背筋がぞくぞくするし……。
それはそうと――
「そろそろ止めるか……おーい、ヘルシャ! ヘルシャってば!」
「な、何ですの?」
「落ち着けよ、いい加減。馬の到着が楽しみなのは分かるけど」
「そ、そうですわね」
ようやくヘルシャが歩みを止めて席に着く。
息が上がっているじゃないか……おかげで、簡単に話題を変えることができたけど。
「プレゼントを待つ子供みたいでござるな、ヘルシャ殿」
「……」
「どうした? ユーミル。変な顔をして」
「いや、私も同じことを言おうと思ったのだが。またお前が言うなと言われそうで」
「……まぁ、そうだな」
「そうすんなり頷かれると釈然としないのだがな! な!」
似たような状況ならユーミルもこんなものだろうし。
新装備の完成前などを思い出すと、そっくりだ。
「大体、何のためにワルターをホーム入り口に行かせたんだ。扉がノックされるまでは――」
「今、ノックの音がしませんでした!?」
ヘルシャが勢い良く立ち上がった。
こちらの話など全く聞こえていない様子だ。
「行きますわよ、カーム!」
カームさんが返事をする前に、ヘルシャは既に部屋から姿を消していた。
俺たちは互いの顔を見合うと、それぞれの作業を中断して追いかけることに。