追い込みとフィールドの利用
移動はヘルシャたちの馬に合わせてだ。
グラドタークで先行することはできるが、少数で行くことに意味はない。
むしろ、人数差で返り討ちに遭う危険すらある。
「ヘルシャ、時間合わせは!?」
「済ませてありま――な、何をしていますの!?」
「うわっ!? どうした!?」
ヘルシャが馬上で見ているのは、どうやらギルドメンバーの一覧表。
そこには現在地であるフィールド名なども記載されており、どうやらまだ近くまで来ていないメンバーがいる様子。
ヘルシャと同じようにそれを確認したワルターがこちらを見る。
「一部の分隊が遅れているようです。どうしますか? 師匠」
「一部……どのくらいだ?」
「三つほどのようです」
「あまり遅すぎてもPKたちが散ってしまう……追い込みが不完全になる可能性があるが、仕方ない。このまま行くぞ!」
そう宣言して林の中を駆け抜けていく。
フィールドの中で上手く動いて、足りない部分を補うしかないか……。
そう考えていたのだが、カームさんが馬首を並べてくる。
「ハインド様、提案が」
「何ですか? カームさん」
「ここは少し移動に時間がかかるにせよ、可能な限り隙のない配置を。私たちの移動速度が最も速いですから、迂回して……」
ふんふん、なるほど……。
カームさんの提案は戦術的に理にかなっている。
いつの間にこんな……以前の彼女は、こういう話をあまりできなかったと思うのだが。
「――このようにしておけば、遅れてくる後続が隊列に厚みを出してくれます。第一陣といえど、攻め込む方向はバラけていたほうがよろしいでしょうから」
「いいですね……それで行きましょう。戦闘開始後の指示は、ブリーフィング通りに」
「はい。お嬢様の指揮に期待いたしましょう」
「ヘルシャ、今の話――」
「聞こえていましてよ!」
ヘルシャも大丈夫そうだ。
戦闘中の全体指揮はヘルシャに一任、補佐はするが俺たちもそれに従って動く予定である。
「みんな、悪い! 進路変更!」
「なにぃ!? どこにだ!」
「迂回して戦力が薄い地点から出る! 急げ!」
「馬は急には止まれないぃぃぃ! ……あれ?」
ユーミルが叫びながら手綱を引くと、グラドタークが柔らかな動作で減速していく。
そしてキュッと首を巡らせて進路を変え……。
「さすがグラドターク。ユーミルさんとは大違いですね」
「凄いぞグラドターク! ――リィズは後で憶えていろ!」
「遊んでないで、早く! 一番遅れてるぞ、ユーミル!」
「わ、分かっている!」
腹を蹴って加速させると、あっという間にユーミルが乗ったグラドタークが追い付いてくる。
長く乗ってはいるが、未だにグラドタークの全力を発揮させる機会は訪れていない。
故に、限界値が分からず度々こういうことが起きる。
俺たちは林のフィールドから丘へと抜け、目的のフィールドの手前へ。
フィールドの境界付近には、既に到着していたシリウスのメンバーが手を振って待っている。
当然、全員執事服かメイド服なので所属が非常に分かりやすい。
「お嬢様ーっ!」
「マーサー、メールの送信を! 三十秒後に第一陣が突入、ですわ! かるたの分隊を第一陣に、遅れてくる分隊は第二陣に回るように!」
「はいっ!」
常に後手に回らざるを得ない集団PKではあるが、俺たちが決めた対処法はそれほど複雑なものではない。
PKの数は大体普段、百から多い時で二百ほどだそうだ。
襲撃によって人数はバラバラだが、シリウスならば抑えきれない人数ではない。
俺たちは第一陣、半分に分けたシリウスのメンバーに混ざっての戦闘だ。
当然、混戦になっているので使えるスキルは限られる。
セレーネさんの狙撃、ユーミルの単体撃破を中心にパーティ全員が支援。
シリウスの他のメンバーも接近戦や単体攻撃に優れる者たちを中心に第一陣を組んである。
「――行きますわよ!」
休憩する暇もなく時間はあっという間に過ぎ、ヘルシャが先導して目的のフィールドへ。
そして、俺たちは――湖の近くで接敵に成功。
既にPKとそれ以外とで混戦になっており、どのくらいの規模の集団なのか把握することは難しい。
確かここは……『釣り』に関する有名な初心者用クエストがあったはず。
そこを狙って襲撃したのか、こいつら。
こちらはグラドタークに乗ったユーミルが先頭だ。
「な、何だお前ら!?」
「お前らこそ何だ! というか、お前らと問答する気はなぁぁぁいっ!」
「そこは短く問答無用だけでいいだろ!? 締まらないな!」
ユーミルが駆けるグラドタークからスタイリッシュに跳び下り、『ヘビースラッシュ』を放つ。
ヘルシャは鞭を首に巻き付けて一人を拘束、更にその相手に『ファイアーボール』を連射。
中々にえげつない攻撃である。
混戦に馬は向かないので、全員次々と下馬。
初心者の被害は……やっぱり、ちょっと遅かったか。随分な人数が辺りに倒れている。
「ハインド、手筈通りに!」
「ああ!」
俺はシリウスの神官たちと一緒に、戦闘不能者の回復に当たる。
相手はPKの中でも、数を頼りにする半端者たち……ユーミルたちが後れを取ることは万に一つもない。故に、回復支援はこちらに集中で問題ない。
まずは即効性のある『聖水』を投擲。
続けて同じ人に『中級HPポーション』を、妨害に来たPKに『痺れ玉』という粉末状の痺れ薬を大量に封入した玉をプレゼント。
そして『リヴァイブ』の詠唱へと移っていく。
戦闘不能者によっては湖に浮かんでいたりで、戻ってくるのが大変そうだが……蘇生猶予時間は短い。
目に付いた人から、WTの許す限りどんどん蘇生していく。
「は、速っ!? ハインド、速っ!」
「真似しようとするな、蘇生対象が被るぞ! 一人一人丁寧に!」
「ま、負けんな! 一人でも多く助けるんだ! そして執事・メイドの道に引き込むぞ!」
「おうっ!!」
目的が微妙に歪んでいるような……まあ、それでやる気が出るのならいいのだが。
こちらを見て褒めてはくれたが、やはりシリウスもトップクラスのギルド。
練度は高く、瞬く間に倒れた低レベルプレイヤーたちが起き上がっていく。
「PKと初心者を間違えないように! ……ハインド様、敵の数がやや少ないように思えますが」
「カームさんもそう思いますか。この前の国境沿いに比べると全然――」
会話の途中で迫る敵に『シャイニング』、怯んでいる内にカームさんの手を引いて位置を変える。
後の処理は駆け付けたトビにお任せだ。
「あっ……ありがとうございます」
「いえいえ。全然小粒ですね、敵の規模もレベルも。そう長い戦闘にはならないかもしれません」
尚更負ける可能性はなくなったが、PKの勢力を削ぐという意味ではハズレ。
やがて予想した通りに、PK軍団は及び腰になり……。
「全員、馬を! カーム、第二陣に連絡!」
「かしこまりました」
ヘルシャがそれを素早く察知し、指笛を吹く。
俺たちも追撃態勢に移り、湖を横断・潰走に移るPKたちを追って――。
「むおっ、そっちから逃げるのか!?」
「浅瀬を通るルートか……進路が限定できてありがたい。追うぞ!」
PKたちは湖の上を馬に乗って、ごく一部は走って渡っていく。
理想は一人も逃さず殲滅、PK専用の重い重いデスペナを襲撃者全員にくれてやることだ。
グラドタークに乗り直し、杖を構えて――
「あ、あら? わたくしの馬は……」
「お、お嬢様! PKの群れにつっかえてます!」
「はい!?」
「ちょっ――!?」
ヘルシャが追撃の肝なのに、何やってるんだ!?
ワルターの言葉通り、ヘルシャの馬は逃げるPKが邪魔になって到着が遅れている。
誰も乗っていないと無敵だけど、衝突判定はきっちりあるんだよな……はぁ。
「もういい、ヘルシャ! 乗れ!」
「――!」
俺はグラドタークからヘルシャに向かって手を伸ばした。
決断は一瞬。
真っ赤なドレスが鮮やかに翻り、それは腕の中に花のような香りを伴って収まる。
「ああーっ!」
ユーミルの叫ぶ声がしたが、構っている暇はない。
片手で抱き止めたヘルシャの体勢を立て直させ、手綱を繰ってグラドタークを加速させる。
「ヘルシャ、分かってるな!?」
「言われるまでもありませんわ!」
追撃の主役は範囲魔法、そして範囲攻撃を持つプレイヤーたちだ。
第一陣でそれを持つものは、背後からの攻撃と誘導用に。
PKたちに追いつき過ぎないよう、後ろから適度に攻撃を撃ち込んでいく。
退路を限定するように範囲攻撃を放ち、四方に逃げ散らないように――
「そこ、遅れていますわよ! レオ、アローレインを敵先頭に! 誰かアースクエイク――コル! コルッ! やつらの足を鈍らせなさい!」
ヘルシャが『ファイアーボール』を放ちつつ矢継ぎ早に指示を送る。
敵の逃走ルートが湖の浅瀬だったこともプラスに働いた。
進路を予想しやすく、追撃は容易。
更に……。
「おわっ!?」
「な、何で止まってんだ!? 早く行け! 追いつかれる!」
「馬鹿、前見ろ!」
「執事とメイドが増えたぁ!? 増援!?」
第二陣、防御力の高いプレイヤーを中心としたシリウスのメンバーが隣接するフィールドから次々と現れる。
半円形で囲むように、縦列状に固まったPKたちの前に壁となって立ち塞がった。
第二陣はそのまま、逃げようと強行突破を図る馬とPKを跳ね返し、足を完全に止めることに成功。
――お、しかもよく見ると反対側で待ち構えていたはずのメンバーも戦列に加わっている……?
シリウス、かなり統制が取れているな。指示なしで的確に行動を変えられるとは。
後はここで、近くを走っているリィズに……
「リィズ、仕上げだ! グラビトンウェーブを頼む!」
「……」
「り、リィズ?」
「……はい」
何だ、今の怖い間!? 背筋がぞくっと……。
き、気を取り直して、俺は目の前のヘルシャに『マジックアップ』を。
リィズが放った駄目押しの『グラビトンウェーブ』が、逃げ場を失って右往左往するPKたちを拘束する。
そしてヘルシャが手を掲げると、小さな火球がやがて恐ろしいほどの大きさへと変じ……。
「コンセントレーションとマジックアップが乗った特別製ですわ! さあ……」
顔を青くしているPKたちに対し、赤光を放つドレスの少女が妖しく微笑む。
横抱きのような体勢だったので、その表情は後ろの俺からもよく見えた。
「受け取りなさい!!」
直後、PKの群れは『レイジングフレイム』の炎に包まれた。