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張り込み初日 後編

 まずは適当に、近くの破壊可能に設定されている地面を掘ってみたのだが……。


「そりゃ、適当に掘ったところで何も出ないよな……」

「ところで、ハインド殿。シャベルとスコップの違いってどうなのでござるか? 大きさ? こいつはスコップ?」

「……」


 自動で復元される堀り跡を眺めていると、トビが面倒なことを言い出した。

 スコップとシャベルの違い……?


「ちょっと待て、さすがに思い出すのに時間が……あー、確か……一般的には、大きさでスコップとシャベルを言い分ける地域が多かったはず。ただ……」

「え? 何かあるのでござるか?」

「東日本と西日本で呼び方が逆だったり、工業規格としては足かけ――土を掬う部分で、先端と逆側にある平らになってるところな? 突き刺して、足で押し込む部分。あれがないほうをスコップ、足かけがあるほうをシャベルと呼んだはずだ」

「……つまり?」

「好きな呼び方でいいんじゃないのか? ちなみにこいつは足かけなし、小型の道具ではあるな」

「答えが曖昧でござるな!?」

「曖昧だよな……」


 どの道具を指しているさえ分かれば良いという向きもあるが、俺には何とも言えない。

 先程、俺がその辺りを意識せずに呼んだこいつの名前はスコップだったな……よく考えると、これはどっちなんだ?

 俺とトビが名称について悩んでいると、リィズが背に触れてくる。


「あの、ハインドさん。薬草採取の際に、薬草を土と一緒に根元から掘り起こしてみたのですが」

「どうなった?」


 表情を見る限り、何か見つけたようだ。

 取得したアイテムを手に乗せて、リィズが差し出して見せてくれる。

 これは……。


「どうも毟るだけだと低確率ドロップだった“薬草の種”が、確定ドロップになったようで」

「おっ!?」

「それは凄いでござるな!?」

「まだ試行回数が少ないので、絶対そうだとは言えませんが。お二人も、まだ採取が終わっていない場所で試していただけませんか?」

「よっしゃ、行くぞトビ!」

「承知!」


 これは意外な発見かもしれない。

 現実的に考えると当たり前、採取の初歩という気がしないでもないが……スコップもシャベルも、NPCショップでは売っていないのだ。

 リィズの提案がなければ、情報が出回るまでそのまま毟り取るだけの採取を行っていた可能性が高い。

 俺たちはまだ輝きを放つ薬草の傍で屈むと、先端を差し込み……土ごと掘り返す。

 すると――


「本当だ。薬草本体と……」

「種が手に入ったでござるよ! これは良い!」

「……どうでしたか?」


 ゆっくりと後を追ってきたリィズがこちらの様子を窺う。

 二人とも問題なく種を入手できたことを告げると、リィズが頷く。


「採取にかかる手間・時間は大幅に増えますが……もしかしたら、取得するには採取限定だと思われていた、一部の植物の栽培ができるようになるかもしれませんね?」

「毟っても一切種がドロップしないようなやつか。確かに。ただ、そっちは薬草と違って確定入手とは限らないけどな」

「薬草はレアリティが低いでござるしなぁ。しかしながら、高レアの植物の種……普通に手で採るよりも、遥かにドロップに希望が持てるでござるな!」

「リィズ、お手柄だな。偉いぞ」

「……」


 リィズが帽子で顔を隠して照れる。

 ――って、だからそれを覗き込もうとするなって、トビ。死にたいのか。

 トビの肩を掴んで制止、周囲を見回す。


「……PK退治が終わったら、ルストまで足を延ばしてみたいところだな。後は――」


 俺は草原の端のほうにある木に目を向けた。

 二人もその視線で察したように、動き出した俺と並んで歩き出す。


「種も勿論ですけれど、植物によっては根が素材になったりとかも……あるでしょうか?」

「あるといいな。……この地形だとないだろうけど、根菜とか採れねえかな?」

「ハインド殿、それ食材。欲しいのは回復アイテム用の素材でござろう? ちょっと趣旨が変わっているでござるよ」

「そうとも限らんだろうが。食用のキノコだって薬に転用できたんだし」


 新発見に俺たち三人は興奮気味だが、周囲の警戒も怠らない。

 特に人数の多い初心者PTがいた場合、その動向には可能な限り気を払っておく。

 ここは平原なので、PK軍団が仕かけてくる際は隣の――森のフィールド辺りから一斉に現れるだろうし。

 ……よし、無事に町の方に抜けたな。平原で見通しが良いとはいえ、十人以上の初心者の塊があると緊張する。

 それにしても、人通りの多いフィールドだ。

 そもそも過疎だったら監視対象にはならない訳だが。


「――ふんっ! たあっ!」

「……何してんだ? ユーミル」


 樹の近くまで来ると、先程までヘルシャと一緒だったユーミルがスコップを手にぴょんぴょん跳びはねている。

 そういえば、歩いている途中に何か全力疾走している銀髪の女が見えていたといえば見えていた。

 俺が背後から声をかけた瞬間、跳ぶのをやめて振り返る。


「見て分からんか!? あそこの、実を、採りたいのだ!」

「実? ……ああ、これクルミの木か。遠くからだと分からなかったけど」

「クルミ? しかし、これは緑色の実のようだが……」


 緑の葉が茂る中に、丸い緑色の実が連なるように成っている。

 実の重さでやや枝がしなっているが、それでも高さがあってここからでは届きそうにない。


「クルミはその実の中にある種を食べるんですよ。仮果の中に核果という実があって、更にその中にある種を乾燥させて食べるんです」

「ほう……?」

「理解できていない顔だな? お前がイメージしている茶色の堅い殻は、その緑の実の中。大雑把にクルミの実は三層あって、今見えているのは一番外側。だからイメージと違うってこと」

「おおっ!」

「というか、スコップの使い方がおかしいことには誰もツッコミを入れないのでござるか……?」

「鞘に入れた剣を使った方が届きそうだよな?」

「いや、そうではなくて……もういいでござる」


 クルミの木ということは、根元に何かあることは期待できないかもしれないが……。

 やってみないことには分からないか。


「トビ、もっとでかいスコ――シャベ――……掘削道具は売っていなかったのか?」

「迷ってる、呼び方でめっちゃ迷ってる! 拙者、もしかして余計なことを訊いちゃった?」

「ああ。どっちで呼べばいいのか分からなくなった」

「も、申し訳ござらん。しかし、言われてみれば手持ちの小さいこいつでは心許ないでござるが……残念ながら、売っていなかったのでござるよ。まあ、仕方ないので浅いところまで、ということで」

「木の周囲を掘ればいいのだな? 私も手伝う!」

「何か出ると良いのですが……」


 クルミの実は取得した瞬間にあの食べられる乾燥状態になるので、土に植えても発芽しない。

 土の中で休眠状態になっている種が取得できれば、最低限の成果となる。

 と、いうことで――


「なし!」

「ハズレでござる」

「何もありませんでした」

「こっちもだ」


 四人で掘ってみるものの、取得アイテムはなし。

 ま、そう上手くは行かないか。

 その後、木の周りをぐるぐると掘り進めていくと……。


「――あったぁ! あったぞ! クルミの……種子? 種子!」

「うわ、本当にあった。ナイス!」

「相変わらずの強運でござるな、ユーミル殿」


 ユーミルが『クルミの種子』を掘り当てた。

 こいつをもし発芽させることができれば、クルミの木が砂漠に生えることになる。


「ちっ……まあ、空振りに終わらずに済んで良かったです」

「貴様、今舌打ちをしなかったか? しただろう? なぁ?」

「はいはい、やめやめ。薬草と違って結構見つけるのが難儀だったな。こりゃあ栽培したい植物がある時は、一点集中で――」

「師匠ーっ! みなさーん!」


 ワルターの呼ぶ声に、俺たちは一斉に顔を上げた。

 この切迫した声音、もしや……。


「PKです! 例の集団PKが出たと、たった今ギルドメンバーから連絡が!」


 その言葉に、俺たちは道具をしまって次々と指笛を吹いた。

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