張り込み初日 前編
「地味……ですわね」
「地味だな!」
「お前らね……」
翌日、俺たちはTBのとあるフィールド……『フェア平原』へと来ていた。
目的はPK抑止のための巡回、張り込みだ。
確かにやっていることは監視という地味な作業だが……。
「逆に訊きたいんだが、派手な張り込みって存在するのか?」
「派手な張り込み……というと、ここは拙者の鷹の目の出番でござるか!?」
「あるんですの!? そんな素敵スキルが!」
「ねえよ、そんなの。適当なことを言うな、トビ」
「てへっ」
「……燃やしますわよ?」
ただし張り込みとはいっても物陰から監視している訳ではなく、フィールドで採取をしながらだ。
レベル、ネーム、装備を隠すコートを装備し、どうしてもモンスターとの戦闘時に露出する武器はランクを大きく落としたものを使用。
決闘ランクに関しても前イベント中の予想通り、隠すための設定が実装されている。
「しかし、こうして持ってみると懐かしいな。アイアンロッド……」
自生している薬草を片手でぶちっと千切り、ポーチに放り込みながら呟く。
同じような動きをしてから、ユーミルが剣を目の前に掲げる。
「私のはハインドが最初に作ってくれたブロードソードだ! 懐かしい!」
「ああ、そういやそうだったな。本当に保管してたんだな、お前」
「当然だ!」
若干使用感の残る剣を抜いて構え、ニヤリと笑うユーミル。
こいつ、いつの間にアルベルトさんと同じ、武器の傷とかが残る設定に……他はほったらかしなのに。
その様子を見て、セレーネさんが両の手の平を合わせて笑む。
「いいよね、古い武器にもそれぞれ色んな思い出があって。威力を落とした武器を用意する必要があるかと思ったら、みんな昔の装備を処分せずに取ってあるから感心しちゃった」
「……嬉しそうですね、セッちゃん」
リィズも今日は魔導書ではなく、『ウッドロッド』を装備している。
セレーネさんはそこまで形に違いのない、大型のクロスボウで……現行のものもこれの改良型なので、最初から戦闘スタイルが一貫して変わっていないことが分かる。これはこれで凄い。
これらの武器を取りに、俺たちは一度サーラまで戻っている。
初心者エリア内で店売りのものを買ってもよかったのだが、ヘルシャたちのログインがやや遅いこともあって時間には余裕が。
何度も往復していると、馬の違いというのは本当に大きいのだと実感できた。
「トビはマサムネさんの武器――じゃないのか。大型とはいえナイフ二本だと、さすがに色々とキツそうだな」
「最初はこうだったのでござるよ。いやはや、初心を思い出すでござるなぁ。あの頃の拙者は、一人で生き抜く力を持った孤高の――」
「「「それはない」」」
「ないですわね」
「トビさん、寂しがりやさんですよね? あまりそういうのは想像できないっていうか……すみません」
「申し訳ございませんが、私の口からは何とも」
「………………」
「お前、前にも自分を元一匹狼とか言ってたよな? 表現変わってるけど、言ってることは同じじゃんか」
セレーネさんを除く俺たち――どころかヘルシャたちシリウストリオからもツッコミを受け、トビが完全に沈黙。
一応こいつは、序盤の間だけソロプレイヤーだったのだが……ゲーム内で会った時点で既に「もう限界」といった雰囲気だったしな。
「それはそうと……私たち渡り鳥はともかく、シリウスは幹部三人がこぞってここにいていいのか?」
ユーミルがこぼした一言に、ヘルシャが眉をひそめる。
「あなた、話を聞いていませんでしたの? シリウスはプレイ時間や趣味の近いプレイヤーたちが、分隊単位で行動していますの」
「十人前後、つまり二PT単位ですね」
「その分隊がそれぞれ各フィールドに散っておりますので、何かあれば連絡が来る手筈になっております」
「む、そうだったな。すまない。ブリーフィングが長すぎてだな……」
「あー、確かに長かったか。俺の要点整理も今一つだったし。でも、せめてPKの追っかけ方だけは忘れないでくれよ?」
「つまり、今の情報は忘れても構わないということだな!」
「……もう一度同じ質問をしたら、次は無視しますからね?」
作戦の発案者である俺や、ギルドメンバーの人員配置などを行ったヘルシャたちは内容を把握できているが……。
ユーミルは話を聞いてばかりだったので、仕方ない面もある。
ちなみに、俺たちが張り込める時間はゴールデンタイムから深夜の入り口くらいまで。
PKの動きが活発なのもその辺りなので、現れるのも時間の問題だろう。
奴らは調子に乗っているのか、ここのところ毎日のようにどこかで集団PKが行われている。
「……そういえば、ハインドさん」
「どうした? リィズ」
「採取の話なのですが。以前、取引掲示板などで掘削道具というのを見たことがあって……フィールドの土の中に素材が埋まっている、ということはあるのでしょうか?」
「鉱石掘りとは別に、説明文に土用って書いてあるやつか? スコップとかの」
「そうです」
それだったら俺も見たことがある。
基本的な道具かと思えばNPCショップには売っていない、意外とレアなアイテムだ。
「そういうものがあるんだから、埋まっている……んじゃないか? やってみようか?」
「はい」
やってみようとは言ったが、道具を持参している訳ではない。
ここはこの場をみんなに任せて、グラドタークでひとっ走り――。
「ハインド殿」
「……トビ?」
俺がそう切り出そうとする前に、トビが肩に手を置いてくる。
何だ、もう復活したのか。早いな。
「ここは拙者が!」
「お前が? どうするんだ?」
「一人で買い出しに! 一人で! ソロで!」
「……」
殊更に一人で、と強調するトビ。
しかしまあ、断る理由もないしグラドタークでなくても俺たちの育てた馬は十分速いので……。
「分かった、任せる。それで何の証明になるのかは知らないが」
「拙者が孤独に耐えられるという証明でござるよ! いざ!」
トビはそう言い残すと、あっという間に乗馬して平原を走り去っていった。
それを見送る俺たちの中で、遠くなっていく馬影を見ながらリィズがぼそりと呟く。
「証明は結構ですが、お使いに向かう子どものレベルですよね……? これって」
そしてその言葉に、誰とはなしに頷くのだった。
その後、PKが現れることなく十分ほどが経過したころ。
湿った土と草を巻き上げながら、一頭の馬が全速力で草原を駆け戻ってくる。
「おっ、来た来た。にしても――」
「早いな!? やけに早いな!? 十分だぞ!」
ユーミルがそう声を上げる中、トビは転がるように下馬した。
危ないな! 落馬スレスレじゃないか。
心配そうに馬が頭を寄せる傍で、地面に手をついたトビが勢い良く顔を上げる。
「駄目だった! 一人で街に立つだけで何かめっちゃ寂しかった!? 何で!?」
「一人でいる時間が減ったせいで、耐性が下がってんじゃねえの?」
「馬鹿なっ!? そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさいよ」
大袈裟に叫んでのたうち回るトビ。
背中が草まみれになっているんだが、それでいいのかお前。
「結局、寂しがりやであることを証明しただけですわよね……?」
「……そうですね。それよりも、トビさん。物は買えたんですか?」
「――あ、どうにか人数分は確保してきたでござるよ」
何事もなかったように立ち上がるトビに対し、特に誰も何も言わなかった。
トビも無反応で、スコップを次々と取り出しては全員に配っていく。
「おっ、柄まで全部金属製なのか……頑丈そうだ」
「こういうのもいいなぁ……あ、そうだハインド君。今度時間がある時に、自分たちでも作ってみようよ」
「そうですね。有用そうなら」
「……」
楽し気に提案してきたセレーネさんの表情が曇る。
あっ、これはまずい。フォローフォロー。
「……有用じゃなくても、コレクション用に。後で一緒に作りましょう」
「……! うん!」
嬉しそうにセレーネさんが何度も頷く。
使えるかどうかじゃなくて、単純に作ってみたいだけなんだな……。
「さて、PKもまだ出ていないことだし……その辺の地面を掘って試してみるか。ヘルシャたちはどうする?」
「お手伝いいたしますわよ。こうしてPK討伐に協力してもらっているのですし」
「ううむ、ありがたいが……外套あり、そしてゲームとはいえ中身はドレスと執事服、メイド服。その格好で土木作業とは」
「最近、仕事のせいで執事服は汚れるもんだって気がしてきたが……まあ、気にしたら負けだ。鎧装備で土木作業も神官服で土木作業も十分おかしいし、今更だろう?」
「それもそうだな!」
そんな与太話をしつつ……スコップを手に、俺たちはフィールド内を歩き始めた。