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ハインドの防衛理論

「話を戻そうと思うんだが……」


 色々と話をしながら時間が経過し、頭の中は十分に整理された。

 その上で、実現可能な案を思い付いたのだが……その前に。


「ヘルシャは、どうしてそんなにPKを撃退したいんだ?」


 全員が円卓に戻った直後の俺の質問に、ヘルシャは首を傾げた。

 言う必要があるのか? といった表情だな。

 分からないでもないが……。


「一応、本人の口から聞いておくのが筋だと思ってな。そういうのがあるのとないのとでは、結構周囲に対する説得力が違ってくるものだろう?」

「なるほど、道理ですわね。でしたら……」


 ヘルシャが一呼吸置く。

 すっと席を立ち、胸に手を当てると――何だ何だ?


「演説でも始めるかのような動きだな、ドリル!」

「だ、黙って聞きなさいな!」

「図星なのかよ……そんな大仰にしなくても、普通でいいよ。普通で」

「こほん! PKを討つ理由など、挙げ始めればキリがありませんが……」

「初心者――ご新規さんが減れば、それだけゲームの寿命が縮むでござるしなぁ……」

「最初の印象って大事だよね。一つのタイトルを長く遊びたいなら、そういう部分を運営任せにしないことも大事なのかな……やったことはないんだけど」

「ないんですか……」


 まあ、セレーネさんだしな……って、話の腰が折れる折れる。

 ヘルシャの苛立ちが募る前に、早く結論を聞かないと。


「すまん、ヘルシャ。続きを」

「……もう」

「?」

「もう、適当でいいのではありませんの?」

「投げやりになるな、ドリル! 話が長いからいかんのだ、長いから! 一言で上手く纏めろ!」

「そっちに振り切れちゃったか……ま、まあ、うん。一言で言うと?」


 すっかりやる気を奪われたヘルシャが人差し指を頬に当てる。

 その手をそのまま移動させ、くりくりと巻かれた毛を後ろに軽く流し――


「――やり口が気に入らないから、ですわね」


 端的にそう述べた。

 何やら既視感のある言葉に、俺たちは互いの顔を見合った。


「誰かさんとほぼ同じ意見かぁ……」

「悲しくなるほど同じでしたね」

「へ? 誰かさんって誰ですの?」

「いやいや。OK、分かった。十分だ。そういう理由でも、例えば……弦月さん辺りなら勇んで同調してくれそうだしな」

「そうですね。あの方、無礼だったり卑怯な真似を嫌いますから……」

「ミツヨシ殿たちも大丈夫でござろう。して、ハインド殿。具体的にはどういうやり方でPKを追い詰めるので?」

「それなんだが……」


 説明を始める前に、俺はトビに目を止めた。

 事前にPK対策は色々と聞いたのだが、念のために確認しておく。


「トビ、お前が別ゲーの時にやったPKの鎮圧は――」

「首謀者アリのタイプだったので、そいつをピンポイントで叩いて叩いて叩き続けて、再起を難しくした感じでござるな。故に、今回は使えない手でござるよ」

「そっか、そうだよな。了解。じゃあ、まずは……」

「――これですね? どうぞ、ハインドさん」

「おっ、サンキュー。リィズ」


 まだ何も言っていないにも関わらず、リィズがスッと丸まった状態のマップを取り出してくれる。

 俺はそれを受け取り、円卓の上に一気に広げた。


「まずはPKの出現エリアを、大雑把にだが把握してもらいたい。現在までに集団PKを受けた地点は、ここ、ここ、それから……」


 羽ペンを使い、マップにバツ印を付けていく。

 俺たちが知り得た限りの場所、そして――


「ハインド、そこもですわよ」

「ここか? デアス湿原?」

「あと、ボクが聞いた話だと、ルスト国境地帯の襲撃は二回ではなく三回です」

「そっか。グラド側じゃなくて、ルスト側か? 北寄り?」

「はい、その辺りです」


 シリウスが得ている情報を聞き取りつつ、補完していく。

 すると予想通り、初心者エリアが終わるフィールドのやや外側から、各国のグラドに接する浅い地域までが多く狙われていることが分かる。


「ふむ……奴らが評判通りの初心者狩りPKなのは改めて確認できたが、初心者エリアを出た直後の場所を襲わないのは何故なのだ?」

「そりゃあ、あれだ。エリアを出た瞬間は、初心者でもみんなPKを警戒しているし――」

「いるし?」

「その辺の地域までは、まだスカウトマンもいるから」

「スカウト……ああ、自国や自分の所属ギルドに初心者を勧誘しているやつらか」

「そうそう。その人たちが防壁になっているんだよ、図らずも。もちろん、そういうの抜きに初心者に色々とレクチャーしている世話好きな人もいるにはいるんだが」


 こういった動きは師弟システムなどがあるネットゲームではより顕著だそうだ。

 TBにはそういったものがないので、やっている場合は完全なボランティアということになる。

 故に、少数派。


「ううむ……だから初心者エリアから少し離れたフィールドを中心に、被害報告があるのか」

「ちょうど気が緩んでくる辺りでもあるしな。なもんで、実質的な被害エリアはこういうことになる」


 俺は大小の円を二つ、内と外にドーナツ形になるようマップに書き込む。

 ここがちょうど、初心者が多くレベルの高いプレイヤーが少ない……初心者狩りを行うPKにとって「狙い目」の範囲。

 グラドの国土の外側、そして四国がグラドと接している国境沿いがこれに該当する。

 ドーナツ形の中心には初心者エリア、そして今話したスカウトマンが存在するエリアが。

 そして手を止め、みんなに見やすいようにマップの位置をずらす。


「さあ、どうだ?」

「どうって……」

「これを見て率直にどう思う?」


 ヘルシャが困惑したように左右を見る。

 何かを察したようにしているのはリィズのみで、他のみんなも似たような様子だ。


「広い……ですわね?」


 ようやく絞り出したヘルシャの言葉は、ずばり俺が欲しかったものだった。


「そう、広い。とてもじゃないが、この範囲全てのPKの鎮圧を俺たちのコミュニティだけで成功させるのは不可能だ。仮に、全フレンドが鎮圧に参加してくれたとしても」

「……お手上げということですの?」


 不満そうに、実に不満そうにヘルシャがむくれる。

 うん、ひとまず話を最後まで聞いてから判断してほしいところだ。


「そうは言っていない。ただ、自分たちだけでできることの限界は知っておいてくれ。その上で――」


 俺はトビに視線をやった。

 こいつは俺が何を言いたいのかを察し始めたらしく、ニンマリと笑う。


「掲示板を使って呼びかけるのでござるな?」

「ああ。特に、俺たちがカバーできない範囲――」


 もう一度ペンを手に取り、ドーナツの一部に斜線を入れて行く。

 この町からの距離、機動力、そしてシリウスの人員を考えると……こんなもんか。

 ちょっとだけサーラ寄りになっているのは、俺たちもいるということでこの際許してほしい。


「この斜線を入れた以外の部分は、他の誰かに請け負ってもらうことにしよう。できれば、なるべく大勢に」

「ことにしようって……できるのか? そんなことが」

「PKなんて放っておけ、自分に被害がなければ関係ない――という者も沢山おりますわよね?」

「構わないさ、放置したければ放置すれば。ただし、今後その地域には新規プレイヤーが寄り付かなくなるってだけの話だから」

「「あっ……」」


 最近は特に、全地域共通の流通を担う取引掲示板への出品が渋い。

 それはつまり、その地域で生産されたものがその地域で消費されるようになったということ。

 取引掲示板だと手数料もかかってしまうからな。

 PKを放置した先に行き付くものは、ゲームそのものの衰退よりも先に地域の衰退。

 人の流れがなければ、物も動かない。


「それを防ぎたくば、初心者エリアから自分の地域へのルートを守れ! といった具合でござるな?」

「そういうこと。もちろん書き込む際の表現は柔らかく、マイルドにな」

「ふふふ、拙者にお任せあれ! なーんかワクワクしてきたでござるよ!」


 こうしておけば、アイテムをより多く使用するイベントランカーたちほど危機感を持って動いてくれることだろう。

 それでもPK討伐をサボっている地域は……まあ、放っておけば先程言った通り実害が発生する。

 そうなればどちらにせよ、鎮圧に動かざるを得なくなると思う。

 俺の説明はこれで大体終わりだが……ヘルシャが妙な顔でこちらを見ている。


「ハインド、あなた……」

「……何だ?」

「イイ性格していますわね」

「褒めてないな? 褒めていないよな? フレンドならともかく、不特定多数を動かすには何か明確な利益・不利益がないと。放置すると荒れるってことは、逆に自分たちの地域までのルートを安全にしておけば新規が増えやすいってことだからな。これは自己の利益に繋がる話だろう?」

「本当、イイ性格していますわ。ああ、やっぱりわたくし、是非ともあなたをシリウスの参謀に――」

「――!? やらんぞ!? お前にハインドは絶対にやらんからな!」

「前にも言いましたけれど、決めるのはハインドですわよ? 勧誘するのだって、わたくしの自由ではなくて?」

「くっ!」


 ……とりあえず、特に反対もなく基本方針はそのまま決まった。

 可能な範囲で自分たちの地域を守りつつ、掲示板で呼びかける――即応性は低いが、上手く行けば徐々に大きな動きへと発展させることができるはずだ。

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