PK用サイトの閲覧
あまり時間がないので、起き上がったらすぐにPCを起動。
例のサイトは検索避けをされているらしく、名前を普通に入力しても出てこない。
ということで、真っ先にログアウトした司が送っておいてくれたURLをコピー・ペースト。
「ウィルスの類はないって話だけど……」
そんな必要もないのに、いざ開くとなると妙に緊張する。
やがてサイトのトップ画面が表示され、それを覗き込んでいると……ドアが開き、左右から先を争うように小さな顔が二つ並ぶ。
「……うん、何で来た?」
「意外とシンプルなサイトデザインですね。もっと露悪的なものを想像していました」
「どうした? 亘。早くエンター、エンターだ!」
「………………ああ」
窮屈なのもあるし、自分のスマホで見たほうが、とも思ったが……まあ、いいか。
未祐、理世と一緒にサイト内を見て行く。
「全体的に暗めの色使いだけど、理世の言う通りだな。シンプルで落ち着いている」
「私も、もっとドクロマークだったり――」
「血の付いた武器が散りばめられていたり?」
「そうそう! そういうサイトだとばかり思っていたぞ!」
「サイトの中身は、PKの戦術論……それと掲示板の二つですか」
「掲示板はいいとして、PK戦術論ってのは何だ?」
とりあえず、PK戦術論という項目をクリックしてみる。
すると、中身は有名攻略サイトの初心者講座をもじったような内容になっており……。
「……何か、文章も内容も意外と面白いぞ。PKをゲームの楽しみ方の一つとして、割と真面目に昇華させている感じがする」
それに、これらの行為がゲームだからこそ許されるということを要所要所にくどいくらいに差し挟んである。
デメリットとしてPKが増えすぎるとゲーム全体の人口が減少すること、通常プレイへの復帰の難しさの警告までしてあったり……。
一通り眺めたところで、未祐が呻く。
「ううむ……認めたくはないが、確かに亘の言う通りか……」
「PKを始めると失うもの、の部分が中々に……PKの快感がそれらを上回るようなら、君には素質がある! ですか……嫌な素質ですね」
基本的にはスリルを味わうためのPK行為、というスタンスのようだ。
中でも格上を倒すための不意打ち、十のコツ――の項目などは非常に読みごたえがある。
「しかし、こうなるとあの初心者狩りを斡旋するようなサイトには見えなくないか? 変な話だけど、PKなりの流儀を――みたいな意図をこのサイトからは感じるし」
「先だってのPKですと、レベル差、人員差のせいでスリルや緊張感は……ありませんでしたよね?」
「うむ、あれはただの虐殺。格下をいたぶってストレスを発散しているだけだからな!」
このサイトが過去に関わった大きなPK事件というと……ベリ連邦でイベントが行われた時か。
あの時のPKたちが取った手段は街道封鎖で、しかもラプソディが中心になって一度叩いたらスッと波が引くように消えたんだよな。
やはり、そう考えると今回の件は何か妙だな。
「……ちょっと掲示板を見てみっか」
最後のシリウスとの追いかけっこだけはスリルがあったかもしれないが……。
違和感の正体を探るべく、俺は掲示板へとページを移動。
すると……。
「――何だこれ、削除済みの嵐じゃないか」
サイトの管理者によるものか、それとも書き込みの一つ一つに付属している投票ボタンによるものか……。
いくつかの書き込みが虫食いのように削除済みになって見えなくなっていた。
「兄さん、もしかしてここで……」
「ああ、襲撃者の募集でもしていたのかもな。ここがPK系の一番大きいサイトって話だから」
「後ろの削除されていないものを見ると、襲撃を諌めるような内容がいくつかあるようだな!」
「まあ、どっちもやってることは同じPKだろって書き込みもあるのが、らしいっちゃらしいけど」
PKにも色々な種類がいるようだ。
今回のような騒動の主戦力は、ここにある書き込みの言葉を借りると「雑魚専」と言われるPKたちらしい。
どうも、気合の入った高額賞金首のPKからはそっぽを向かれているようだ。
「むう、PKといえども一枚岩ではないのか……」
「仮想世界でアウトローを気取ってみたい人たちなんだから、むしろ普通のプレイヤーよりもまとまりは悪いんじゃないか?」
「そのようですね。しかし、これは兄さんと秀平さんの推測が当たってしまいましたね……」
「当たって欲しくなかったけどな」
「……? どうしてだ? いかに数が多かろうと、雑魚専をやっているような半端な連中ばかりだと判明したのなら、簡単に壊滅させることができるのではないか?」
未祐の言葉に、俺と理世は顔を見合わせると……同時に手を横に振った。
それはないない。
「……お前ら兄妹にシンクロした動きをされると、何故か無性に腹が立つのだが?」
「兄さんとお揃い……ふふっ」
「おいっ!」
未祐が理世に今にも飛びかからんばかりの体勢になる。
俺を間に挟んだまま喧嘩しないでくれるとありがたい。狭いし。
やがて理世が溜め息を吐いて未祐に向き直った。
「仕方ないですね……私が一筋縄ではいかなくなった理由をご説明いたしましょう」
「いや、いい。お前は偉そうだから亘に――」
「いいですか? 現在、ネット上で書き込みIDというものは偽装することができません。故に、この襲撃を呼びかけたプレイヤーはそれぞれ別人だということが分かります」
「ちっ……確かに、IDはバラバラだし、サイト管理者に書き込みを禁じられれば……」
「ええ、以降の書き込みは不可能になります。ですから、ここから何が分かるかというと……」
「いうと?」
「……ここまで説明しても、まだ分かりませんか? 少しはご自分でも考えてください」
「んがあああああっ!!」
互いの両手を重ね、椅子に座ったままの俺の頭上で押し合いを始める二人。
もう面倒なんで、俺がまとめてもいいだろうか……?
「おーい、未祐?」
「何だ!!」
「つまり、今回の案件は特定の首謀者が実質いないってことになるんだ。毎回、呼びかけている人間が違う訳だから。リーダーを潰してはい終わり、とならないのが厄介ってことを言いたいんだよ。要は」
「そういうことか……ならば、勢力そのものの戦力がある程度落ちるまで叩く必要がある?」
「多分な」
ゆっくりと組んだ手を解き、未祐が元の位置に戻ってくる。
押され気味だった理世は一拍遅れて、同じように俺を挟んで逆側の位置についた。
――と、そこでPCにメールが続けて二件着信。
一件目、司からのメールを開いて中を見ると……。
「うわ……これは」
「面倒なことになりましたね……」
それは前に秀平が送ってくれたような掲示板の抜粋で、要約するとそこにはこう書き込みがしてあった。
例の集団PKたちが、外部サイトではなくゲーム内でネットワークを築いて行動を始めた模様……と。
「えーと……これはより尻尾を掴み難くなった……ということでいいのか?」
「これで今までのヘルシャたちのように“闇サイト・マリス”の書き込みを見て急行――ってのができなくなったからな。そういうことになる。何だ、やればできるじゃないか、未祐」
「むっ……は、ははは! そうだろうそうだろう!」
「兄さん、余りこの人を甘やかすとつけ上がりますから」
「そういうお前は私に対して、その棘が出っ放しの態度を少しは改め――」
「お断りします」
「貴様っ!」
また言い争いが始まった……今の内にもう一通のメールを見てしまうとするか。
もう一件は秀平からのようだが――って、こっちも掲示板の抜粋か?
中身は……。
77:名無しの商人 ID:QkXUuiQ
そうそう、商業都市アウルムで本体を見たよ
露店のプレイヤーと楽しそうに話をしてた
78:名無しの商人 ID:8yP4bXb
お前はあれが楽しそうに見えたのか……?
79:名無しの商人 ID:QkXUuiQ
えっ、違うの?
80:名無しの商人 ID:8yP4bXb
それ相手は俺
ついでに言うと、あれは熾烈な値段交渉やぞ
採算ぎりぎりのラインで食材ごっそり持って行かれた……
ま、まあ、在庫も綺麗に掃けたからいいんだけど
81:名無しの商人 ID:5rmjEa9
あー、ウチにも来てたわ……
本体だって気が付いたの、ハインドが店を出て行った後なんだけど……
82:名無しの商人 ID:9cFw9zf
何で気が付かないんだよ……勇者ちゃんとかはいなかった?
83:名無しの商人 ID:5rmjEa9
店の中にいた……かも
ちょっと思い出してみる
やたら美人なダークエルフと、可愛い魔女っ娘、眼鏡の地味美人さんが
……うん、いたわ
84:名無しの商人 ID:dZ7a5fT
それ間違いなく渡り鳥じゃん
何故か忍者がいねーみたいだけど
85:名無しの商人 ID:kfL5QRX
忍者だからな
86:名無しの商人 ID:5rmjEa9
何で気が付かなかったんだろう……もっと色々話を聞きたかった
あ、ちなみに本体はポーション類を大量に買っていきました
正直、実質こっちが負けの値段だったんだけど不愉快じゃないっていうか
87:名無しの商人 ID:8yP4bXb
分かる
ここがこの商品の売り! って思っているところを的確に褒めてきやがる
気が付いたら、嬉しくてお安く売ってしまっていたぜ……
「……」
メールの本文には、「わっちの買い物が光の速さで話題になっていたよ! この買い物魔人め!」と記してあった。
見た感じ、これらは名前欄が全て商人になっているので生産系の雑談スレだな。
生産系のスレは「名無しの生産者」か「名無しの商人」がデフォのところが多いようだし。
それにしても、あいつはこの短い時間を使って何をしているんだ……。
「……? どうした? 亘」
「兄さん?」
「いや、何でもない」
黙り込んだ俺に気付き、口喧嘩をやめた二人が不思議そうな顔をする。
俺は秀平からのメールを閉じると、何か飲み物でも飲もうと提案。
PCの電源を落とすと、二人を促して部屋を出た。