商業都市の戦い
買い物を始める前に、まずは相場チェック……なのだが、これは別に全ての店を見て回る必要はない。
最初に取引掲示板を参考に、その町の中で特に流行っている人の出入りの多い店をいくつか。
それから少し外れた位置にある、商品に埃の積もっていない店を探せばOKだ。
この時、外れにある店については店内が綺麗かどうかはあまり関係ない。
あくまで商品の状態がどうか、に話は限定される。
「すみません、中級ポーションをまとめ買いしたいのですが」
「――! はい、少々お待ちください!」
とある店に入った俺は、会計場所に立つプレイヤー……店員さんに声をかけた。
まずは物を買う意志があることと、欲しい商品をしっかりと表明しておく。
これをやっておくと店員さんの接客態度が大きく変わる。
狙いはこの――質・効果は高いが、他店に比べてやや売れ行きの悪そうな『中級HPポーション』だ。
少し離れた位置から見ているユーミル、リィズ、セレーネさんの視線が気になるが……店員さんが来たところで、早速交渉開始。
「可能であれば百個ほど欲しいのですが……」
「ひゃ、百個ですか?」
まずは先制パンチ。
MMORPGで百個の回復アイテムというと、大したことがないように思えるが……。
TB内においてプレイヤー製の『中級HPポーション』を百個というと、結構な額になる。
普通は効果が落ちるが値段が一定のNPCショップのものと併用して使うのだが、自給もできて止まり木という支援組織のある俺たちは、基本プレイヤー製のものしか使っていない。
要は中級者から上級者における回復アイテムの買い方なので、店員さんの対応も自然とそれに応じたものへと変化する。
「それで、可能であれば少し値引きをお願いしたいのですが」
「値引きですか……」
ここで値切りたいことを表明すると、当然ながらやや心証が悪くなる。
だが、それで「だったら他店に……」とならないのはこの一画にある『中級HPポーション』がやや不良在庫気味になっているからだ。
効果は高いのに、明らかに他の商品に比べて売れ行きが悪い。
というか、正直一つも売れていないように見える。棚にみっちりだ。
「あちらの店よりも、こちらの中級ポーションは高いですが……」
「……」
「とても質が良いので、できればこちらのものをと思いまして」
俺の言葉に店員さんの顔が明るくなる。
TBのプレイヤーは現実でプロの店員とは限らないので、こういう単純に褒めるという行為もそれなりに有効だ。
それに、TBの場合は生産者と売り手がイコールということも多々ある。
「あ、ありがとうございます! そうなんですよね、仰る通り質は高いのですけれど……素材の仕入れ値の関係で、あまり安い値段ではお出しできなくて」
――と、ここであちらからの牽制。
これは、そこまで大きく値段は下げられない――と言っているのと同じだ。
そして「素材」の仕入れ値ということは、調合は自分たちでやっていることの証明となる。
……やはりそうだったか。
ここはちょっと交渉の手を休めて、一度雑談を挟むとするか。
「分かります。自分も時々、ポーションを作って売りに出すので……他人の質が低くて安いポーションばかり売れるのを見ていると、気持ちが腐りそうになります」
「そうなんですよねぇ……かといって、妥協した質のものは作りたくありませんし」
共感を示したことで店員さんの表情が解れる。
良い感じだ。
ここから交渉はいよいよ大詰め――と、そこで店員さんの後方でユーミルが両手をぐるぐると回すジェスチャーをしてくる。
何だそれ、巻いていけってことか? そろそろ締めろって? ……分かってるよ、全く。
「ですので、どうでしょう? もちろん、効果が高い分あちらの店のポーションよりは高く……これくらいでお売りいただけませんか?」
最初の提示金額は気持ち多めに割り引いたものを指の本数で表して見せる。
すると店員さんの表情は渋いものに……うん、ここから少しずつ上げて行こうか。
基本的には、値段も店員さんの期限も下げてから上げるのが良い。
低い位置から上げていって、妥協ラインを探るのが順当である。
「では、このくらい」
「それはちょっと……赤字になってしまいますし……」
厳しいか。
だったら、追加の……というか、元々買う予定だったものをたった今思い付いたかのように付け足してみる。
切り出すタイミングはここだろう。
「……実は、中級MPポーションも欲しいんですよね。ここのお店はMPポーションも非常に良いと思いまして。両方合わせて、このくらいだったらどうですか?」
少し値段を上げながらの提示。
店員さんは少しの間、悩んでいたが……。
「……MPポーションをお求めの本数は、おいくつでしょうか?」
食いついたか。
思わず笑みを浮かべそうになるが、ここはグッと堪えて真面目な表情をキープ。
「そちらも百……いえ、もし在庫があるなら二百でもいいです。最近回復薬の効果が特にインフレ気味ですけど、このポーション二種ならしばらく困ることはなさそうだ。是非、俺にこのお店のポーションを買わせてください!」
「……!」
最後の駄目押し、アイテムを褒めつつ売り時は今だと暗に訴えかける。
これらは全て本心からの言葉と事実を含んでおり、このまま置いておいてもこのポーションたちは本当の不良在庫になってしまう。
TBのポーションは全て同じ素材から作られる訳ではなく、やがては安い素材を用いてこのポーションと同等のものができあがるだろう。
このお店はそれなりに流行っているように見えるし、そういった時勢に疎い訳もなく……。
結果、俺は望むままの成果を手に店を出た。
店内を適当に物色しながら待っていたユーミルが追いかけてきて、俺に声をかける。
「派手にやったな、ハインド! 資金があるのに、そうまでして安く買おうとする心理は分からんが!」
「何言ってんだ、お金なんて余裕がある時こそ慎重に使わないと」
「あ、それちょっと分かる……気が付くと思った以上に減ってるんだよね、使い方が雑になっちゃうっていうか」
「それにしても、悠々と取引掲示板よりも安く大量に手に入れましたね……実際、ハインドさんが買ったものは中級ポーションとしては上質ですし」
続いてセレーネさんとリィズが。
最後の一名、向かいの店に行ったトビはというと……。
「長い長い、待ちくたびれたでござるよ」
どうやら入口付近でこちらを見ていたらしく、直ぐに店外に出てきた。
俺はトビの言葉を受けて、ユーミルへと話を振る。
「そんなに長かったか?」
「ギリギリセーフだ!」
「だってよ」
「女子基準の買い物の“長い”と、男子基準の“長い”は違うでござるしなぁ……」
賛同者がいないことを見て取ったトビが軽く肩を竦めた。
まあ、その辺の尺度は人それぞれだからな……。
「……ともかく、早急に必要なものは一通り揃った。後は――」
「商業都市をぐるりと見て回るぞ!」
「ああ。目的なくぶらりと回るのも良いもんだよな。ワルターには、ホームに帰還したら連絡をって言ってあるから」
「そうか! では、行ってみるとしよう!」
先に必需品の買い物を済ませた俺たちは、連れ立って都市の中を歩き始めた。