果てなき消耗戦
多勢に無勢、という言葉がある。
どうやってこれだけの人数に呼びかけたのか、PKは次々と群れをなして国境砦に集まってくる。
それに対し、俺たちは……。
「ハインド君、MPポーション切れだよ!」
「こっちもです! ユーミルは!?」
「ないっ! というか、最初から十本しか持っていないっ!」
「何でだよ!? なるべく上限まで持っとけって、いつも言ってるだろうが!」
「うむ、ど忘れした!」
「このお馬鹿!」
見るからに使用回数が少なかったユーミルが駄目となると、もう回復薬が……。
これだけ長期戦になっている原因は、俺たちがPKにやられたプレイヤーを蘇生して逃がしているからだ。
このゲームのPK行為が完了するのは、相手を戦闘不能にした上で更に蘇生猶予時間が切れた時。
故に、倒れたプレイヤーがいてもそこで終わりではない。
『リヴァイブ』をWTの度に使い、
「……? え? あれ?」
「駄目だ、止まってる! トビ!」
「お任せあれ!」
足の速いトビに護衛させて砦へ。
蘇生は脱力状態から急激に活力がみなぎるので、慣れていないとすぐに体を動かすのが難しい。
だからレベルの低いプレイヤーは、蘇生させてもあんな風に固まってしまうことが多いのだ。
といっても、ユーミルのように即座にフルスロットルで動き出せるプレイヤーは慣れている初期組でも稀有……とのこと。
「ぬおおおっ、ハインド殿! 囲まれた!」
トビが武闘家らしき少女を守りながら叫んでいる。
囲い込みが速い……まさか、あいつら戦闘不能者を餌にしたのか?
これだけ同じ行動を繰り返せば、さすがに対応してくるか。
「ちっ、もうそろそろ限界か……その人でラストだ! 全員で護衛しつつ撤退するぞ!」
「――トビ君、少しの間そこから動かないで!」
セレーネさんが精一杯の大きな声を出しながら、クロスボウを構える。
それにトビはばね仕掛けの人形のように、その場で少女と共に停止した。
「せ、セレーネ殿!? 拙者、何か強烈なデジャブを感じるのでござるが! また!? またなの!?」
「デジャブではなくデジャヴュですよ、トビさん」
「そんなんどっちでもいいでござ――のわあっ!?」
トビの予感はしっかり的中。
『ブラストアロー』がPKどもを薙ぎ倒しながら砦の境界線へと消えて行く。
エフェクトも矢もそこでフッと消失するのは、ゲームならではの現象。
「おお、さすがセッちゃん! 活路が開かれたぞ!」
「これ、超心臓に悪いのでござるが! と、ともかく行くでござるよ、武闘家の娘さん!」
「は、はい!」
守りながらの移動なのでトビは『縮地』を使えない。
使えないのだが、もう周囲はPKだらけだ。
撤退が完了するまで、こちらでフォローしてやらねばなるまい。
「――焙烙玉、解禁! 敵を近づけるな!」
俺、ユーミル、リィズ、セレーネさんが次々と『焙烙玉』を投擲。
爆風とノックバックを利用し、矢で作った道を守る。
「ああっ、拙者も投げたい!」
「お前は護衛に専念してろ! ユーミル、リィズ!」
「はい!」
「むっ、MPが――」
「問題ない!」
『エントラスト』を唱えながら走る。
俺の杖とリィズの魔導書が光を放つ中、ユーミルが笑みを浮かべて最後尾でターン。
土煙を上げて踏ん張りながら、剣を構える。
「よぉし……弾けろぉ!」
「潰れなさい!」
ユーミルとリィズの声が同時に発せられる。
『グラビトンウェーブ』による鈍足化した集団、そこに『バーストエッジ』が……。
「何でストレス発散しに来てストレスを――くそがぁぁぁ!」
「ああああああっ!!」
「空気読めやぁ! ――がふっ!?」
「貴様らが空気どうこうを言うなぁっ!」
どちらかというと、こんなエリアでPKに勤しむほうがよほど空気を読めていない。
PKたちの挑発的な言葉に、一発追撃を入れたユーミルの首根っこを掴み――砦へと走る。
「痛い痛い、ハインド! グラドタークたちはどうするのだ!?」
「後で回収! 人が乗っていない馬は無敵だから大丈夫だ!」
「今は撤退が第一です! こんなやつらにやられるわけにはいかないでしょう!?」
「当たり前だ!」
もうMPはすっからかん、できることは何もない。
PKを迎撃していた他のPTも、既に撤退するか戦闘不能になっている。
青いネームのプレイヤーで戦っているのは、俺たちで最後だ。
「みんな、速く! グラビトンの範囲外から回り込んで来ているでござるよ!」
「――あっ!? 左、危ないっ!」
「はぁ、はぁ……あっ!?」
思えば、疲れに加えて焦りもあったのだろう。
よりにもよって普段自分が使っている魔法の効果範囲に捉まったのは、リィズだ。
今までのお返しとばかりに、『ダークネスボール』が転んだリィズをゆっくりと引きずり込んで行く。
続けて迫るのは、『レイジングフレイム』――どっちも魔法か!
「リィズ!」
「ハインドさん!?」
咄嗟に俺はリィズを抱え込んで体を丸めた。
『ダークネスボール』の吸い込んだものを全方位に攻撃するので防げない部分も多いが、『レイジングフレイム』は違う。
神官である俺の背中で受ければ――
「ぐあっ!?」
「――っ」
二人とも助かる可能性がある。
仕損じたことを見て取ったのか、詠唱の短い『ファイアーボール』や矢などの衝撃が更に背や腕、頭部に足に伝わってくる。
魔法はいいけど、矢はきつい! 目に見えてダメージが大きい!
こうしてリィズを庇うのは、確か『バジリスク』戦の時以来で……。
「り、リィズ」
「!」
「ダークネスボールが解けた瞬間に走るぞ。そうすればまだ助かるかもしれない」
「………………はいっ」
言いたいことは色々ありそうだったが、それらを全て飲み込んでリィズが短く返事をする。
やがて『ダークネスボール』が解けた時、そこには……。
「無事か? 二人とも!」
「ユーミル!? 何で逃げてないんだ!」
俺たちを守るように立つユーミル背中と、
「トビ君だけはどうにか逃がすことができたよ。あの女の子と一緒にね」
「セレーネさんまで……」
少し震える足で矢を装填するセレーネさんの姿がすぐ近くにあった。
途中で追撃が止まったのは二人のおかげか……。
「逃がしたといっても、セッちゃんが矢でトビを吹っ飛ばして無理矢理砦に入れたのだがな……」
「だ、大丈夫だよ! 先端がクッションになっている訓練用のボルトだから!」
「それでも結構な勢いで吹っ飛んでいたぞ。まあ、護衛対象を抱えているのに戻ろうとするあいつが悪いのだがな!」
「そっか……まあ、PKの犠牲になる人が減って良かったよ。しかし、問題は……」
リィズを抱えたまま一緒に立ち上がる。
俺たちを二重、三十に包囲するPKたちの目には、散々PK行為を妨害した俺たちに対する敵愾心がたっぷりと見て取れ……。
すぐに攻撃してこないのは、警戒心の現われか?
それともこちらをいたぶるつもりなのか。
「俺たちがこの窮地をどう脱するかだな」
「うむ。何とかしてくれ、相棒!」
「丸投げか!? うーん……」
じりじりと狭まる包囲の中で、俺はゆっくりとアイテムポーチに手を入れた。
砦までの距離は比較的近いが……。