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遠征開始と現在の初心者プレイヤーの流れ

 調合が終わり、後は止まり木で用を済ませれば準備完了だ。

 俺たちは止まり木のギルドホームへと全員で向かった。

 パストラルさんにしばらく留守にすることを告げつつ、改良した回復薬をレシピと共に三つ渡す。

 そしておまけの……


「こ、この暗黒物質――じゃない、黒い液体は一体……?」

「毒薬です」

「えっ?」

「毒薬です」

「……そ、そうですか。またですか……」


 どす黒い液体の入った薬瓶を手に、パストラルさんが口の端を引きつらせる。

 パストラルさんに淡々と毒薬だと返すリィズは、既に諦めの境地といった感じだ。


「どういう訳か、未だに何回かに一度……はい……」

「回復薬と同じように作っているのに、不思議ですよね……」

「毒と薬は紙一重なんです……よく言われていますし、きっとそうなんです……」


 始めた頃よりも腕前はきっちり上がっているが、この辺りだけは変わらない。

 回復薬と比べ数段出来が良い毒薬も一応渡し、挨拶を済ませる。


「――ということで、渡り鳥はグラドに遠征してきます。回復薬の素材も探してきますので……」

「すみませんが、今回はそれを程々に量産という形でお願いします。新しいものは帰ってきた後に作りますので、その時に」

「はい、留守はお任せください。道中お気をつけて」


 子どもたちやご老人たちに挨拶していた三人を呼び戻し、近場にある自分たちの農業区へ。

 後は馬を連れて出発というのは、いつもの流れである。




 出発後は一路、砂漠を東へ東へ。

 俺とユーミルはグラドターク、トビとセレーネさんは名馬に到達した二頭の馬に乗っている。

 そして最後の一頭と一人はというと……。


「リィズちゃん、可愛い……似合うなぁ……」

「ロバとかポニーのサイズなのにめっちゃ速いでござる……」

「わははははは! 良いな、豆サラ!」


 リィズのみ、豆サラに乗っている。

 これはフクダンチョーさんが何頭か売ってくれたものの、二世代後。

 俺たちが育てた砂漠馬の中でも、より小型な個体と交配させて誕生したものだ。

 あえてリィズが豆サラに乗っているのは、本人の希望ではなく出発前にこんな会話をしたからである。


「――みんな、ちょっといいか? サイネリアちゃんが豆サラの遠乗りを試してほしいって言っていたんだが……ほら、特に能力が高く育ったあの白馬の」

「そうですか……では、私が。ハインドさんがグラドタークの前側に乗せてくれるなら話は別ですけれど」

「甘えるな! 貴様一人で乗れ!」

「私はハインドさんと話をしているのですよ? ユーミルさんには訊いていません」

「むがーっ!!」

「どうどう、ユーミル」

「私は馬じゃなぁぁぁい!!」

「あー……じゃあ、頼むよ。リィズ」

「はい」


 そんな流れで、体重の軽いリィズに試乗をお願いした。

 フクダンチョーさんによると成人男性が乗っても大丈夫とのことだが、やはり小さい人が乗るほうが似合う。

 相変わらず、ちょこまかとした足運びながら動きは高速だ。


「――リィズ、ついて行けそうか?」

「はい。歩幅のせいか少し振動が激しいですが……速度に問題はありません」


 見た感じ重心が低いので、上下の振動はこちらの大型の馬よりも弱そうだが……。

 本人の申告通り、振動の回数は断然豆サラのほうが多いな。

 リィズが酔わないかどうか、それと豆サラのスタミナがどれくらい持つかが心配だ。


「そっか。自分にも馬にも、何か異常があったら報告してくれな」

「分かりました。……本当はリコリスさんが乗ってみるのが一番だと思いますが」


 リィズがこぼしたそんな一言に、俺たちは豆サラに乗るリコリスちゃんを想像する。

 セレーネさんがまた「可愛い……セットで可愛い……」と呟いたが、俺はそれとはまた違った感想を得た。


「……リコリスちゃんには悪いけど、豆サラに乗るとより一層見習い騎士感が増すような」

「うむ、確かに……可愛いことは間違いないが! 戦力としては、乱戦で一人と一頭の小ささが活きそうだ。サーベルもきっと、良い感じに噛み合うだろう」

「あー、そう言われると騎乗戦闘中心なイベントも欲しいでござるな」

「欲しいが、どうせグラドタークは出場不可! なのだろう?」

「ありそうな流れだな……競馬も駄目だったし」


 というより、未だにサービス開始から二つ目――初期イベントの報酬馬が最強なのも凄い話だ。

 いつかグラドタークが全力で駆ける日は来るのだろうか?


「グラドタークの扱いがどうなるかは分かりませんが……もしかしたら、レイドボスで馬を活用して戦うような相手が出るかもしれませんよ?」

「ああ、あるかもな。レイドじゃなくても、ギルド戦で騎乗可――とかでもいいけどな。さて、そろそろ荒野に着くけど……」


 遠くにうっすらと見えるのは、盗賊団を追い回す少しレベルの低いプレイヤーたち。

 それからラクダを手に入れてこちら側――砂漠へと繰り出していくパーティがぽつり、ぽつり。

 時折、馬に乗ったフル装備のプレイヤーたちも見かけて……あ、こっちに手を振った。


「ユーミル、手を振り返してやれよ」

「私か? 構わないが、何故私なのだ?」

「お前が一番有名だから。ってか、あれはお前に対してだと思うぞ。勇者ちゃんって叫んでる」

「フード付きコートを装備しているのにか。さては奴ら、エスパーか!?」

「いやいや、グラドタークでバレバレでござるから。そんなでかい馬、ユーミル殿とハインド殿しか乗ってねえから!」

「フードとネーム隠しの意味、ありませんよねぇ……」

「グラドタークを知っているってことは、やっぱりあっちのフル装備は古参プレイヤーみたいだな」


 一応、コートは砂塵を防ぐという本来の役目は果たしているが。

 ユーミルがフードを取って手を振り返すと、こちらを呼ぶ声がやや興奮気味になった。

 有名プレイヤーの数が増えた今、名前を隠す意味はPK対策くらいなものだ。

 それにあちらのパーティは手を振り返すものの、近付いてまではこないようで……ありがたい。

 一々足を止めていると、移動がままならないからな。


「いやー、しかし本当に増えたでござるな……サーラに来るプレイヤー、それからサーラにいるプレイヤー。拙者たちだけで一切誰にも会わず、砂漠のフィールドを横断したのが懐かしい」

「物価とかのせいで、準初心者エリアみたいなもんだからな。この辺の浅い――大陸中央に近いエリアで稼いで、物価の高いグラドとかベリに行くプレイヤーも多いんだったよな? 確か」

「然り然り。今の初心者が最初に向かうのは基本、サーラとルストの二択でござるな」


 何せNPCショップの回復薬の値段が倍では済まない値段だ。

 初心者エリアの町を出た瞬間にそれは適用されるので、その付近で稼ごうにもすぐにレベルが頭打ちになる。

 その先は今トビが言った通り。

 ユーミルが馬上で腕を組んでしみじみと呟く。


「私たちが始めたころとは辿るルートが違うのだな。私たちの時は思い思いの場所に一直線、といった感じだったが」

「そうだね。今はギルド戦の勝利国……いわゆる物価の高い国に行くには一手間ある状態だものね。その手間のせいか、当初の目的の場所に向かわず、安く済む場所でホームを構えちゃう人もいるみたい。そして意外と、そのまま他の町に出て行かずに定住しちゃったり……」

「住めば都というやつですか。運営の目論見通りですね」


 リィズがセレーネさんの言葉を受けて、そう結ぶ。

 こうやって五国間のプレイヤー人口を変動させ、次のギルド戦に影響を与えようというわけだな。

 ただし、グラドやベリの上位陣が強いままならこのまま状況が硬直することも十分に考えられる。

 結局は、人が集まることで戦局を打開できるプレイヤー、ギルドが現れるかどうかだ。


「うーん……国内のアイテムや人的資源が豊富になった分、次の国別対抗ギルド戦は勝ちたいな。というか、また代表に残りたいな」

「うむ!」

「……そうですが、その前にまずは自分たちの物的資源を何とかしませんと。お金はともかく、今のままでは本当に素材が足りません」

「リィズ殿ってば、二人のやる気に水を差しちゃって。現実的ぃ! シビアぁ!」

「……」

「あ、すんません睨まないで? 冗談、冗談でござるから!」

「あはは……ま、まぁ、いつになるか分からない次のギルド戦よりも……ね? ハインド君」


 セレーネさんの言葉に俺は頷いた。

 TB全体の情勢は一旦頭の隅に置きつつ、今は目の前のヘルシャの依頼達成に注力することにしよう。

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