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渡り鳥のサブミッション

 その後、何度かメールのやり取りをしたのだが。


「――駄目だ、肝心の何をするのかだけは全然教えてくれねえ」

「ドリルめ、勿体ぶりおって!」


 細かなことは会ってから、の一点張りだった。

 気が付いたら途中からヘルシャとのメール交換に変わっていたし……。


「そうまでして教えないということは、何か悪だくみをしているのではござらんか?」

「悪だくみ……例えば?」

「例えば……こう、世界縦ロール計画とかの」


 トビが顔の横で手をくるくると動かしてから腕を組む。

 真面目な顔で何を言っているんだ、こいつは。


「何だよ、その珍妙な計画?」

「プレイヤー全員に縦ロール装着を義務付ける計画でござるよ? 語尾にですわも標準搭載!」

「んなもんやるか!? ってか、それは男もなのか!? 嫌だよ!」

「もし実現したら、かなりの地獄絵図になりますね……」

「ドリル量産計画か……恐ろしいな……」


 TB世界が縦ロールで溢れ返る様を想像してしまった俺は、首を左右に動かしてそれを振り払った。

 やがてリィズが嘆息し、薬瓶を横にどかしながら大きく逸れた話の軌道を修正する。


「……お馬鹿な話はさておき。隠したがる理由は単に、ヘルシャさんがみんなの前で大々的に発表したいだけでしょう。どこかの誰かさんと同じで」

「だよな。俺もそう思う」

「何だ、そういうことか……全く、面倒なドリルめ! 仕方のないやつだな!」

「「「……」」」

「む、どうした? 三人揃って同じような表情をして」


 俺たち三人は同時にユーミルに「お前が言うな」という顔を向けた。

 しかし、それを繊細に汲み取れるようならこいつはこんな性格をしていない。


「……ま、どうせ今は開催中のイベントもないしな。俺は行こうと思っているけど、お前たちはどうする?」

「少し待っていただけるなら、私も一緒に行きます」

「お、新薬開発は――」

「順調です。新薬というよりは既存品の改良――マイナーチェンジですが。これなら、どうにか取引掲示板で出回っているものの平均効果を上回ることができるはずです」

「私が手伝っているのだから、当然だな!」

「配合を考えたのはリィズ殿で、拙者とユーミル殿は力仕事しかしていないでござるが……」


 どうやら止まり木の依頼は思ったより早く満たすことができそうだ。

 俺がメールをしている間に作製された回復薬の一つを手に取ると……ああ、確かに中々の効果。

 とはいえ、今所持している素材の組み合わせではいずれ頭打ちになる。

 回復薬作製に絡む素材は、取引掲示板での出品も渋い。

 グラドに行けば素材集めもできるので、いい機会かもしれないな。

 それを三人に話すと、賛成するように頷いてくれる。


「無論、私もグラドには行くぞ! ドリルの依頼も素材集めも、ドンと来いだ!」

「あ、拙者も同行するでござるよ」

「これで四人が参加ですか。ヒナ鳥さんたちは中間テストのお勉強でお休みでしたよね?」

「うん、そう言ってた」


 リコリスちゃんがTBの決闘と編み物に夢中だったため、結構危ないらしい。

 今頃は各自、部屋で勉強をして――二人はともかく、愛衣ちゃんは寝ているかもだが。

 そんな訳で、三人はしばらくの間ログインしてこない。


「じゃあ、後はセレーネさんが来たら――」

「呼んだかな?」


 セレーネさんが俺の背後、部屋の隅のほうから現れた。

 もうちょっとログイン時の効果音を大きくしてくれないもんかな?

 フレンドやギルメンのイン・アウトの通知も少しタイムラグがあるし……。

 セレーネさんのように静かならいいのだが、ユーミルやリコリスちゃんの大きめの声が急に聞こえるとびっくりする。

 みんなで口々に挨拶し、セレーネさんを出迎える。


「こんばんは、セレーネさん。実はですね――」




「そっか、ヘルシャちゃんが……」

「セレーネさんはどうします?」

「うーん……ちょっと待ってね?」


 それほどアクティブではないセレーネさんは少し迷っているようだったが……。

 やがて何かに対して頷くと、柔らかな微笑みを見せる。

 ……随分とリラックスした表情をしてくれるようになったなぁ、セレーネさん。


「私も一緒にグラドに行って、素材集めをしたいかな。決闘ランク導入イベントのせいか、鉱石系素材が全然足りなくて……」

「ああ、戦闘系イベントの後では珍しくない話ですけど……また取引掲示板から鉄鉱石が消えましたよね。それに、セレーネさんの装備は出品した先から即完売でしたし。消費が……」

「セッちゃんの装備、高いのにな!」

「客層は限られているようでござるが。Aランク辺りから、対戦相手に見覚えのある装備がチラホラと」

「一種のブランドと化していますよね……」

「う、うん。そんな事情で、買うお金はあるんだけど物がなくてね……」


 俺たちの言葉にセレーネさんが少し照れるようにしている。

 一説によると装備欲しさに大金を手に、取引掲示板に何時間も張り付いているプレイヤーもいたとかいなかったとか。

 低ランクでもセレーネさん作の装備を見かけないこともなかったが、そういった場合は大抵取引掲示板で頻繁に良いアイテムを出している――要は金を多く持っている生産系プレイヤーだったりする。

 ともかく……。


「OK、だったら全員参加だな。じゃあ、ただ行くんじゃなく回復薬や装備品の素材集めをサブミッションにしつつ――」

「サブミッション!」


 急に叫んだかと思うと、ユーミルが手をわきわきさせながらこちらに近付いてくる。怖い。


「……何だ、その手は。言っておくがサブミッション・ホールドじゃないからな? しかも俺に使おうとすんな!」


 手首を掴んで軽く押し、対面の椅子へとお帰りいただく。

 サブミッション・ホールドというのは、格闘技における絞め技・関節技のことを指すのだそうだ。

 リィズが呆れた目でユーミルを軽く眺めてから、こちらに向き直る。


「サブが素材集め、メインのミッションがヘルシャさんの依頼――ということですね。報酬はメイド服の作製手順で」

「そういうこと。ユーミルもトビも、グラドに行くついでにやりたいことがあったら言ってくれ」


 ヘルシャに何を頼まれるかによって、できることの範囲は変わってくるが。

 場合によっては、依頼を達成した後に少し時間を使ってそれらをこなしてもいい。


「私はドリルの依頼内容を聞いてから考えることにするぞ。今のところは特になし!」

「そっか。トビは?」

「拙者も特には。スピーナ殿によると、新規プレイヤーのサーラへのスカウトも一段落したらしいでござるし……うん、ないない。もし途中で何か思いついたら言うでござるよ」

「了解。じゃあ、まずはみんなで回復薬製作を終わらせるとするか」

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