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お嬢様の悩みごと その2

 結局、俺はマリーの頼みを引き受けてしまった……。

 まあ、こんな風になるのはいつものことと言えばいつものことか。

 バイト帰りに夕食の買い物を終え、家路につきながら俺は先刻の会話内容を思い出す。




 マリーによると、今回の茶会には生徒と同年代の若い執事を――という条件が付いたそうだ。

 具体的には二十代前半までで、屋敷内の執事で該当するのはパオルさん、見習い執事の司のみ。

 マリーと同年代のメイドさんなら沢山いるのだが、要求されているのはあくまで執事。

 その年齢制限を付けたのはマリーを嫌う良家の子女だそうで……。


「露骨な執事長封じだな。ってか、パオルさんを後々重職に就ける感じの雇い方だよな?」


 雇われた当初は、思ったよりも執事の人数が少なくて驚いたものだ。

 その茶会という行事は生徒の自主性を重視されているらしく、毎年変化があるらしい。

 学校的には社交界での練習に位置付けているそうだ……正直、理解はしているが気持ちの面は話についていけていない。


「ええ、執事はそれほど人数を必要とする役職ではありませんもの。パオルはあの性格さえ直せば問題なく連れていけるのですけれど」

「茶会までに訓練――」

「それも考えましたが、あれを直すには決して短くない時間がかかります。無論、本人の努力と将来性は買っていますが。今ならワタルにマナーを身に付けさせたほうが確実、と判断いたしましたわ」


 パオルさんが益々不機嫌になりそうな話だ……。

 元から風当たりが強いのに。


「俺、正確には執事ですらないんだが。モグリじゃん」

「構いませんわ」

「構えよ……バレたらどうする」

「むしろ、雇って間もない、執事歴もない者が見事に給仕役をこなしていたとなれば……それはシュルツ家の指導力の確かさを証明することに他なりませんわ!」

「バレてもいいってか。司じゃ駄目なのか?」

「……あなた、ツカサがひん剥かれてもいいんですの?」

「……はい?」


 マリーの口から出たとんでもない言葉に、俺は啞然とした。

 意味が分からない。どうしてそうなる?

 静さんがマリーの品のない言葉をたしなめるように小さく咳払いをする。


「……失礼。つまり、こういうことですわ! わたくしがツカサを連れて行ったとするでしょう?」

「ああ」

「それを見た敵の女生徒が、適当な執事を出せずに窮状に陥ったわたくしが、メイドを男装させて連れてきた――と勘繰ったとします」

「……うん?」

「結果、体を調べるためと称してツカサは――」

「いやいやいやいやいやいや」


 おかしい、流れがおかしいにも程がある。

 そうはならないだろう、仮に疑われたとしても。

 相手もお嬢様なんだよな?


「……まあ、それは冗談なのですが」

「おい」

「ツカサでは度胸が足りませんもの。今後経験を積めば、それこそ内面から男らしく……性別を間違われるようなことはなくなると思いますが」

「……つまり、何だ? シュルツ家には将来有望な、年齢的に条件に該当する執事はいるけれど――」


 俺は言葉を切ってマリーを見返した。

 この先は俺が口にすることは躊躇われるし、また、言うべきではない。

 視線を受けて、マリーが隣に控える静さんを見る。


「現状、お茶会の給仕を任せられる執事はおりません。お恥ずかしい限りです。執事長も随分とお悩みになっておられましたが……」

「そこで、わたくしは閃きましたわ!」

「閃いちゃったかぁ……」


 もう完全に発想が斜め上だと思うが。

 間に合わないとしても、急いで鍛えればいいじゃないか。パオルさんか司を。


「清掃員ながら、執事適性が高いワタルならばと! お願いいたしますわ、ワタル!」

「……執事適性? 何だそれ」

「シズカも珍しいことに、わたくしの意見に反対しませんでしたし!」

「……静さん?」

「……申し訳ございません」


 静さんが表情を変えずに綺麗な姿勢で頭を下げる。

 普段(いさ)めてくれる人間がこうだから、マリーがこんなに暴走しているのか。

 うーむ……。


「……分かった」

「――! 引き受けてくださいますの!?」

「だってマリー、困っているんだろう? それに、紅茶の給仕の練習は中々に楽しい。コーヒーにも通じるところがあるし、大枠で見れば料理と言えなくもない。執事のマナーも……まあ、何かの役に立つかもしれないしさ」

「何でも構いませんわ! ありがとう、ワタル!」


 俺の自分を納得させるための迂遠な言葉の数々を、マリーが一言で切って捨てる。

 うん、似たような誰かの姿が脳裏にチラつくね。

 慣れているので別に気にしない。


「ただ、見込み違いだと思ったら早めに切ってくれよ。パオルさんもいるんだし。その辺の判断は、指導役の静さんにお願いするけど」

「はい。お任せください」


 と、いったところで――。




 司が貸してくれたバッグを左手に、右手に買い物用のバッグを二つ持って我が家の玄関へと到着。

 両手が塞がっているからな……。

 俺が買い物バッグを地面に下ろして鍵を取り出そうとすると、内側から鍵が開錠される音が。

 次いで扉が開かれる。


「――理世か。ただいま」

「おかえりなさい、兄さん。荷物、大丈夫ですか? 持ちましょうか?」

「ありがとう。開けてくれただけで十分だよ」

「でしたら、その小さいほうだけでも」

「そうか? じゃあ、頼むよ」


 いいタイミングで理世が出迎えてくれた。

 小さいほうの買い物バッグを手に、スリッパをパタパタと鳴らしながらリビングのドアも開けてくれる。

 バッグを椅子に置いて……まずは冷蔵するものをしまっていかないとな。

 手を洗ってから――


「兄さん、こちらの見慣れないバッグは……?」

「あっ」


 そうだった……司のバッグを先に部屋に置いてくるべきだったか。

 理世が疑念の色を浮かべてこちらを見つめている。

 何故だろう、下手なことを言うと誤解やトラブルの元になる予感が……ああ、そりゃそうか。

 中身はメイド服なんていう一般家庭ではキワモノな代物だもんな。

 ……。


「兄さん?」

「あ、えーと……それはだな……何と言ったらいいか……」

「……兄さん?」

「うっ……」


 まずい、純粋だった理世の疑念がマイナス方向へと傾いている。

 俺はバイト帰りの疲れた頭で、どう説明すれば穏便に済むかを必死に考えたのだが……。

 ……駄目だ、全然思いつかん。

 もう何も言わずにそのまま見せるか、いっそのこと。


「開けてみるといい。理世が中身を確認したら説明するよ」

「……そうですか? では」


 見てもいいという許可の言葉に理世の表情が幾分柔らかくなる。

 やがてメイド服を取り出すと、それを一通りテーブルの上に広げて理世は固まった。


「……メイド服?」

「そう、メイド服」

「随分と小さめのサイズですが……もしかして兄さん。私にこれを着せたいのですか?」


 大真面目な顔で訊いてくる理世の言葉を理解するのに、数秒を要した。

 慌てて手を振って否定する。


「ち、違う! あ、いや、そう思われても仕方ない状況だけれど! とにかく違うんだ!」

「それならそうと言ってくださればいいのに。兄さんが着て欲しいのでしたら、私はいくらでも……」

「だから違うっての! いいか、今からどういう経緯で俺がそれを持ち帰ったか説明を――」

「め、メイド服……だとぉ!? 亘にそんな趣味が……!?」

「――!?」


 不意に聞こえた第三者の声に振り向くと、そこには未祐が驚愕の表情で立ち竦んでいた。


「お前、いたのか!?」

「夕食を食べに来いと言ったのは亘だろう!? 普通にお前の帰宅よりも先に来ていたし、玄関に靴も置いてあったはずだ!」

「そうだった!?」


 空き部屋の明かりが点いていたことを外から確認できたし、入ってきた時に自分の靴のついでに未祐の靴を揃えて置き直していた。

 これだけ騒がしくしていれば、俺が帰ったことに気が付いて様子を見に来るのは当然である。


「兄さんではなくご主人様、とお呼びしたほうがよろしいのでしょうか……?」

「亘、私の分のメイド服は!? 理世のだけなのか!? 私にメイド服は似合わないと、そう言いたいのかお前はぁっ!!」

「ああああああっ! 座れ、とにかく座れお前ら! 俺に説明をさせろぉっ!」


 最終的に、その日の夕食は普段よりも遅い時間に食べることになった。

 変に隠して後から見つけられるよりはマシだった……と、思いたい。

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