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お嬢様の悩みごと

「……茶会?」

「そう、お茶会ですわ」


 お茶会、それ自体は何もおかしくはない。

 マリーの口からそういった言葉が出るのは何もおかしくはない。

 おそらく、茶道のほうのお茶会ではなく紅茶を飲んで会話を楽しむほうを指しているのだろう。

 問題は……


「学校で?」

「ええ、学校で」


 その場所だ。

 学校で茶会……? そんなの、聞いたことがないぞ。

 しかも部活動などならともかく、全校挙げてのものらしい。

 ……そう聞いた時点で、俺の脳は思考を放棄した。


「それはどこの世界の話だ?」

「この世界ですわよ?」


 さすがお嬢様学校、やることが庶民とは違う。

 だが、それを俺にした意味はよく分からない。

 マリーお気に入りの茶葉を温めたポットに投入。

 ポットにお湯を注ぎ――


「ミルクは?」

「入れて頂戴」


 それなら少し蒸らす時間を長めに。

 日が少し傾き始めているが、今日は天気が良く中庭の風が気持ち良い。

 テーブルセットの椅子に座るマリー、隣には静さんが控えている。

 俺は横の丸テーブルで紅茶の準備中だ。

 口調に関してはマリー自身の希望と、勤務時間外ということで普段通りに話している。

 ここだと思うタイミングで、まずはミルクを。

 続けて紅茶を最後の一滴までマリーのカップに注ぐ。


「ど、どうぞ」

「いただきますわ」


 紅茶を淹れるための基本はできているはずなのだが、マリーに出す瞬間はいつも緊張する。

 静さんのアドバイスを取り入れ、練習を重ねてはいるのだが……。


「コーヒーだったらもうちょっと自信があるんだが。マスターには及ばないにせよ」

「あら。珈琲豆と会話ができるのでしたら、紅茶の茶葉も同様ではなくて?」

「素材と会話なんて、そんなプロみたいな真似ができるか。ああいうのはウン十年の積み重ねが生むものだろう?」


 それこそ、ウチのマスターが豆を挽いている時はそんな感じだ。

 湿度、気温、豆の状態などによってブレンド比率を変えたり。

 焙煎時間を変えたり、火力を変えたりと、もう教わっても教わっても全然近付ける気がしない。


「俺にできるのは、その人の好みに合わせて味を多少調整するくらいだよ。ってことで、前回よりもミルク多めなんだけど」

「んっ……悪くない――いえ、それどころか十分に美味しいわ。最初に比べたら」

「その言い方だと、どうにか及第点ってところか。先は長い――……」


 ふと言葉を止める。

 そういえば、俺はどうして毎回毎回紅茶の淹れ方をマリーに審査されているのだろう。

 習得しておいて損はないので、流れに身を任せてはいたが。


「どうしましたの? ワタル」

「あ、ああ。今更なんだが、どうして俺はマリーと紅茶道を邁進しているのかと思ってな……」

「そ、それは……」


 マリーが言葉に詰まる。

 助けを求めるように静さんを見るが、彼女は主の視線の対して微動だにしない。

 静さんが助けるに値しない事態だと踏んだということは……まさか、マリー。


「そ、そう! そうよ! それは先程話したお茶会のためですわ!」

「……どういうことだ?」


 明らかに取ってつけたような言い方だったが、一応話を聞こうじゃないか。

 正式な使用人でもなく、勤務時間外でもある俺はマリーの対面の席を勧められてそこに座った。

 いつも自信に満ちている青い瞳と、今日は目が合わない。


「……わたくしが通う学校では、お茶会に執事を一名帯同させることが基本です」

「へー。それ、どこの世界の――」

「それはもういいですわ!?」

「そうか。それって執事限定なのか? メイドさんは?」

「執事限定ですわ」

「なるほど――なるほど。嫌な予感がするから帰っていいか?」

「お待ちになって!?」


 俺が腰を浮かせると、マリーがテーブル越しに服をがっちりと掴んでくる。

 それはマナー的にどうなんだ、お嬢様。


「……で、それが俺と何の関係があるんだ?」

「え、ええ。執事を帯同させる生徒は全生徒という訳ではなく、一部の……格の高い家柄の子女が中心なのですが」

「全員余さずお嬢様な学校なんてあり得ないしな。お嬢様とその取り巻き――みたいな形か。それで?」

「茶会では、一つの生徒グループが座るテーブルにつき、一人の執事が給仕を。つまり、大きな家を中心とした派閥ごとにテーブルに座る……というシステムですわ。初期位置がそれで、交流と称して生徒が移動することも可という。当然、このタイミングで動いてきますわね……敵が」

「うえ……」

「……想像できまして? 魑魅魍魎たちが皮肉や揶揄といった言葉の刃を、一見上品なオブラートに包んで乗り込んでくる様を。寒気がするでしょう?」


 優雅なお茶会を想像していたら、テーブルの下で足を蹴り合うような修羅場だった。

 学校の様子は前から聞いていたが、お嬢様ってのは大変だ。


「去年はわたくしの我儘で、執事長が帯同を」

「あー、そりゃあ安心だろう? あの人だったら、何の心配もなく任せられるな」

「同じ派閥の女子生徒たちからも好評でしたわ。口汚い皮肉に対しても、黙って受け流すのではなくユーモラスかつ知的な返しをしていたと」

「経験と年齢を重ねた執事長ならではだなぁ。若い執事には無理なやつだ」

「ええ。対処を少しでも誤ると、生意気だと言われかねませんしね。ですから、ワタルには――」


 俺はそこで手の平をマリーの前へと出した。

 なし崩し的に話を進められては困る。

 ここまで話をされたのだから、何を頼まれるかの想像は簡単だが! 


「シュルツ家には訓練された執事さんたちが一杯いるだろう? 二年連続で執事長さんじゃ駄目なのか?」

「……執事長は今年は、お父様に付き従っての外せない用事がありますの」

「あー、そうなのか……執事本来の仕事だよな、そういうのって」


 屋敷の管理や来客対応だけでなく、財産管理だったり事務だったり。

 元は別の役職の仕事だったものも兼任するようになり、近・現代の執事の仕事の範囲は広大だ。

 ――ということを少し前に、パオルさんが仰け反るような姿勢で話していた。


「ってことで、執事長の孫のパオルさんは?」

「ってことで……? ……パオルのような短気な人間では、お茶会の供は務まりませんわ。皮肉に対して顔を真っ赤にするような執事では、わたくしが顔を真っ赤にした時に諌めることなどできないでしょう?」

「お前、そんなことを言って自分はキレる気満々じゃないか……」

「当然ですわ。その怒りが正当なものであれば、時には言葉にすることも必要になります」

「でも、それはそれとして言い過ぎないように横から止めろと。確かに、止めるには一緒になって怒っているようじゃ駄目だもんな。仮に内心、同じように怒っていたとしても……執事は怒りを堪えるのが仕事ってことを言いたいんだな?」

「そう、その通りですわ! ――シズカ、どうですの!? ワタルのこの答え!」


 マリーが静さんのほうを勢い良く振り返る。

 静さんは涼しい顔でこう答えた。


「使用人として100点満点の答えかと」

「ふふっ」


 あ、未祐に負けず劣らずのドヤ顔。

 違いは優雅な手つきで胸に手を当て、無駄に決めポーズを取っているところくらい。


「いや、だからって俺は行かないぞ」

「どうしてですの!?」

「逆に訊き返したいんだけど、どうして行くと思ったよ? 行くとしても俺が今から執事としてのマナーを完璧に覚えんの、苦しくないか?」

「シズカが教えてくれますわ!」

「……うん。人任せだなとか、いくら有能でもメイドさんの静さんが教えるのはおかしいとか、ツッコミどころが絶えないが。あえてもう一度言うぞ? 生え抜きの正当で真っ当なシュルツ家の執事さんがいるのに、何で俺?」

「……いいですわ! だったら、今からワタルでなければならない理由をきちんと説明して差し上げますわ! それでいいのでしょう!? フン、ですわ!」


 逆切れ気味のマリーをどうしたものかと眺めていると、静さんが紅茶の入ったカップを置いてくれる。

 申し訳ございません、どうかもう少しお嬢様にお付き合いを――という言葉を囁きながら。

 まあ、帰って夕飯の準備をするまでにはまだ時間の余裕はあるので……少しならいいか。

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