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呪いのアイテム?

 執事長は言葉少なにエントランスホールをチェックして回ると、やがて俺たちの前に立った。

 こういう時は視線を固定して待つ必要があるらしく、執事長がどんな顔をしてそれを行ったかまでは不明である。

 ただ一言「ほう……」と途中で呟いた声だけが耳に届いた。

 やがて並んで待機する俺たちの前に立ち、


「……よろしい。司、カミラの両名は次の仕事に移ってください」


 司とカミラさんだけが移動を命じられる。

 な、何でだ? 何で俺だけ残されたんだ?


「亘君……」

「は、はい」

「私は感動しています。君の清掃技術を認めるということは即ち――お嬢様の人の見る目が確かだった、という事実にも繋がっているのですよ!」

「……は?」


 これは褒められている……と受け取って良いのだろうか?

 即座にお嬢様の賛美に繋げている辺り、何かが違う気がするが。

 執事長が手袋に包まれた拳を握って己の胸に当てる。


「先代様、そして御当主へと受け継がれたご慧眼がお嬢様にも……! そんな御家を我々は守り、お支えすることができる……素晴らしいことだと思いませんか!? 亘君!」

「は、はあ……」

「はあ!?」

「あ、いえ! とても素晴らしいことだと思います、はい!」

「そうでしょうとも!」


 やばいぞ、この人……俺の中にあるメーターがグングン上がっていく。

 相手がおかしな人だと認定するためのメーターが。


「お嬢様が急に外部の人間――失礼。亘君を雇いたいと仰られた時は驚きましたが……娘の自由にさせてやってほしいとの御当主のお言いつけは誠に正しかった……!」

「……」


 マリーの親父さんが娘の判断を後押ししていたのか。

 当主の鶴の一声で決定って……そりゃあパオルさんの反感も買うよな。

 元からの使用人たちが面白く思うはずがない。

 それにしてもこのおじいさん――じゃない、執事長。

 熱くなり過ぎているが……これで普段の業務は大丈夫なのだろうか?

 そんなことを俺が思っていると、お嬢様を褒めそやしていた執事長は急に表情をキリッと引き締める。


「……それに、亘君がいると我が不肖の孫も幾分か張り切ります。この国の言葉では――尻に火がついた、といったところでしょうかね?」

「……それはどういう?」

「何、執事長の孫というだけで優遇されるような浅い役目はシュルツ家にはない……ただそれだけの話ですよ」


 そう言って執事長は少し苦さの混じった笑みを見せる。

 目尻の深い皺が、これまで彼がしてきた苦労や経験の深さを表しているようだった。

 自然、彼が放つ言葉は重みを増し――使用人という仕事が決して甘くないことを俺に教えてくれる。

 やがて執事長は笑みを作り直し、俺の肩に柔らかな所作で手を置いた。


「パオルのことは気にせず、どうか亘君はこれまで通りに」

「……そうですか。では、仰せの通りに」


 あまり深く触れないほうがいいと判断した俺が短くそう返すと、執事長は意外なものを見るような表情になる。

 それから今度は俺の背を二度、嬉しそうに叩いてきた。

 何故だか知らないが、気に入られた……?




「はー、キツイ……高給だけど、高給に見合った重労働だ……」

「お疲れ様でした、師匠。今日も素晴らしいお働きでした」


 あれから三つほど大きな部屋を掃除し、司の部屋へと戻ってきた。

 そして自分の姿を確認。

 執事服に付着した埃などはある程度払ってきたが、やはり汚れは残るよな……。

 屋敷に来る時に着てきた服に替えたら、仕事は終了だ。

 ハンガーにかけたそれを手に取り――


「あの、師匠。本日も、業務終了後に部屋に来るようにとお嬢様が……」

「またか……」


 ……伸ばしかけた手を方向転換。

 もう一着用意された執事服を手に取り、現在着ている汚れたものと交換していく。

 仕事終わりにマリーから呼び出されるのは毎度のことで、もう慣れたものだ。

 着替える俺のほうを時折見て、妙に恥ずかしそうにしている司は極力意識の外へ締め出しつつ……。

 櫛で頭に付いた埃を落としておくことも忘れない。

 ゴミ箱を引き寄せて、その上で使用しておく。


「それ、師匠の持ち込みですよね?」

「ああ。掃除で出たごみや埃がお茶のカップに入ったりしたら一大事だろう? 埃、取れたか?」

「はい。問題ないかと」

「……しかし、掃除終わりの人間に給仕をさせること自体問題なような」


 マリーに呼ばれる理由はなんてことはない。

 中庭などでお茶を飲みながら色々と喋るだけのことだ。

 櫛をしまい、周辺の床をチェック……司の部屋を汚しっぱなしは悪いからな。

 うん、抜けた毛も埃も全てゴミ箱の中に入ったようだ。


「給仕に関しては、お嬢様が師匠のお人柄を信頼なさっているからではないでしょうか? 現にこうして、毎回きちんと身だしなみを整えてから向かっていらっしゃいますし」

「そうか……仮にだけど、これに三角巾とかを着けて行ったりしたら――」

「ボクは良いと思いますけど、お嬢様に叱られるんじゃ……?」

「美意識が、とか言って怒り出しそうだな……メイドさんはカチューシャがあるからいいけど、執事服に三角巾は今一つか……」


 そう言いつつ、俺はちらりと司の洋服タンスを見た。

 これは言おうか言うまいか迷っていたのだが……。


「なあ、司……前から気になっていたんだが。どうしてお前の部屋のタンスの中に、メイド服一式がかかっているんだ?」

「あっ……」


 司が露骨な動揺を見せる。

 それから半開きになっていたタンスをそっと閉めると、憂いを帯びた溜め息を吐いた。


「あの……これは、その……先輩のメイドさんの悪ふざけで、パーティーの時に着せられてですね……それで、その……はい」

「そうか、すまん。前に偶然目に入ってしまってな……わざわざ取ってあるってことは、司用にあつらえられたものなのか?」

「そ、そうなんですよ! 一度きりの悪ふざけのために、サイズまでしっかり合わせて……パーティそのものはお嬢様が使用人たちを労うために開いてくださったもので、とても楽しかったんです。だから尚更、扱いに困って!」

「つまりそのメイド服は、一応思い出の品でもあるから捨てるに捨てられないと。難儀だな」

「分かってくださいますか!? さすが師匠です!」


 何だかメイド服が呪いのアイテムみたいな扱いだ。

 押し付けられたものをそのまま受け取ったり、その場限りとはいえ着たりしている時点で随分と人がいいと思うが。

 それも司の性格だからな……。


「――あ」

「?」


 ちょっと面白いことを思い付いた。

 ――が、その前に聞き取り調査を。


「司。二、三質問してもいいか? それと、まだ時間は大丈夫か?」

「何でしょうか? 今は休憩中ですから、時間なら平気ですよ」

「そっか。じゃあ、まず一つ」


 俺は許可を得てタンスを開き、中にあったメイド服を引っ張り出した。

 ああ、やっぱり生地は上等だ。手触りが良い。


「このメイド服、今後着るつもりは――」

「ありませんよ!? 当然じゃないですか!」

「だよな。じゃあ二つ目。このメイド服を見るだけで、当時のことを思い出して嫌な気分になったりとか……」

「いえ、そんなことは。悪気……はたっぷりとありましたけど、笑って流せる範囲の冗談ですから。心底嫌だったら、とっくに捨てていますよ。服そのものに罪はありませんし」

「なるほど。じゃあ、最後の質問。司が嫌じゃなかったら、このメイド服……俺に預けてみる気はないか?」

「……はい?」


 しばらくの間の後、司がゆっくり……ゆっくりと首を傾ける。

 まあ、そうだよな。意味が分からないよな。


「要は、このメイド服をばらして小物とかに縫い直したらどうかと思ってさ。こんな上等な生地、タンスの中で眠らせておくには惜しいじゃないか。どうだろう?」

「す……」

「す?」

「素敵です! それはとても素敵ですね、師匠!」

「そ、そうか? そんなにか?」


 思った以上の食いつきに、ついその場から一歩下がる。

 司は目を輝かせてメイド服と俺の顔の間で視線を往復。


「是非お願いします! あ、でも……」

「どうした?」

「師匠、ご無理をなさっては駄目ですよ? 師匠がお忙しい時は、ボク、いつまでも待ちますので……」


 司が両手の指をもじもじと合わせながらそんなことを言う。

 悲しいかな、本人の意志に反してその仕草はちょっと女性的だ。


「みんな俺に無理をするなって言うんだよな……大丈夫大丈夫。実は最近、友達の子が編み物を完成させてさ。その影響で、自分も何か作りたくなっているだけなのかもしれない。悪いな、司を利用するようで」

「本当ですか? それが事実だとしても、師匠ならボクを気遣ってそんなことを言いそうで……」

「おいおい。お前こそ気を遣い過ぎなんじゃないか? それよりも、ほら。何かリメイク品の希望はあるか? ティッシュケースとかなんて、割と簡単なんだけど」

「あ、はい! そうですね……」


 司は普段節制しているらしく、欲しい小物が色々とあるようだった。

 休憩時間一杯まで楽しそうに話していた司を見送ってから、俺は時計を確認してマリーの下へと向かうことに。

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