リコリスの決戦 後編
一度間合いを取ったものの、それほど距離が開いていた訳でもない。
俺たちから見えるのはリコリスちゃんの背中、そして――好戦的な目で迫るホリィの顔。
彼女の得物は飾り気のない片手持ちの剣。
意表を突く為か、ホリィは体を大きく沈み込ませ……下から掬い上げるように斬りつけてくる。
それに対し、リコリスちゃんは――
「たああっ!」
読んでいる!
ヒーターシールドを剣に合わせて跳ね上げさせた。
甲高い不協和音と共に火花が散り、盾で受け止めきれない攻撃力でリコリスちゃんのHPが減っていく。
その場の全員が目を凝らす中、ゲージの動きは……。
「残った! けど、どっちも体勢が――」
「リコリィィィス!」
「――!」
ホリィは跳ね上げられた剣を往復させるような軌道で振り下ろし、リコリスちゃんは……。
「こん……のぉっ!」
「ひゃっ!?」
ユーミルの声に応えるように、ショルダータックルを選択。
もつれ合い、残り少ないHPが僅かではあるが更に減少を見せる。
「あっぶな……相手の剣がちょっとでも当たったら終わりじゃないか。攻撃の出の速さからいって、ベストな選択だったかもしれないけどさ」
「明らかにユーミルさんの影響ですね……」
「むっ……だが、見ろ! リコリスが!」
リコリスちゃんの全身が眩しく輝く。
やがてその光は、リコリスちゃんが左手に持つ盾へと収束。
「ああいうエフェクトだったのか、騎士の誇り……」
「お前がいつも発動直後に倒すから……HP条件も厳しいし、発動すること事態がレアなんだぞ」
「バーストエッジだとHPが跡形も残らないでござるし」
「セッちゃんの矢でも同じことですよね?」
「あ、うん……撃てる数は少ないけど、威力はあるからね」
一撃一撃が軽い敵に対して発動させやすいスキルだ。
今回は軽戦士とはいえ、たっぷり攻撃力の上がった相手だったため……発動させることができたのは、ひとえにリコリスちゃんの根性の賜物である。
スキル発動直後、体勢を立て直したホリィが焦りを帯びた表情でリコリスちゃんに斬りかかっていく。
「いかん! リコリス、避け――!?」
「おおっ、受け止めたー。リコ、ファイトー」
リコリスちゃんが歯を食いしばって剣を受け止め、シエスタちゃんが間延びした声援を送る。
そんな中、ユーミルは疑問と驚愕と喜びがブレンドされた表情で震えて……。
「どうしてノーダメージで……ハインドォ!」
「何だ、こんな時に!」
「説明ぃ! スキルのぉ!」
「騎士の誇りは、盾のダメージ軽減率を100パーセントにするスキルだ! ダメージだけでなくノックバック、ヒットストップなんかも0にできる! ただしHPが回復すると使えなくなるし、知っての通り盾以外の部分は変わらないから――」
「くどい! 端的に!」
「――ピンチ限定で無敵の盾を形成するスキルだ!」
「分かりやすい!」
しかし、まだリコリスちゃんがスキルに戸惑いを見せている。
盾への衝撃がほとんどなくなるということで、感覚が全然違うのだろう。
このスキルを発動させた時の練習、なんてところまで手は回らなかったもんなぁ……。
「右、右! リコリス、よく見ろ! 盾ばかりに頼るな、足が止まっているぞ! だぁぁぁ、危なぁぁぁい!! 凌いだ!? 凌いだか!? よし、前! そこだ! ――ちっ、まだ行けないか!?」
「……」
「両極端でござるなぁ……静かに見守るハインド殿と、声を振り絞るユーミル殿と」
トビがそう呟くが、他の観客も似たようなものである。
白熱した決闘内容に対し、黙るか声を上げるか――冷めた目をしているのは一部のみだ。
リコリスちゃんが盾で攻撃を受け止める度に、大きな歓声が上がっている。
ただでさえ遠かった二人の声や剣戟の音は、もう掻き消されて聞こえない。
……気付け、気付いてくれ、リコリスちゃん。
その盾の使い方はそうじゃないんだ。
「押さ――し――たね……」
「もう――を信じて――だけです! ィズ先輩も――」
「わた――ですか? ……分かり――、やってみ――」
リィズとサイネリアちゃんが話す声が聞こえたが、周囲の声のせいで内容が判然としない。
やがて二人が声を揃えてリコリスちゃんを応援し始めたので、今の会話もそれに準ずるものなのだろう。
続いてセレーネさんが控えめに、シエスタちゃんがワンテンポ遅れた声で同じように合わせていく。
後退しつつ盾で必死に防御していたリコリスちゃんが、声援に背を支えられるように踏み止まる。
そして……前へ。
「おおっ!? リコリスが遂に転進を!」
「――それだ!!」
「ぬおっ!? どうした、ハインド!」
「盾を押し付けろ、リコリスちゃん!」
声が届いたかどうかは分からない。
だが、リコリスちゃんは盾で剣を弾きながらぐいぐいと前に出て行く。
無敵の盾を壁にして突進、突進。
盾の反動がないということは、重戦士のような……いや、盾で捌ける限りそれを超えた突破力を有するということになる。
互いに一撃死がチラつく中、リコリスちゃんは勇気を持って前へと進む。
そうしていつの間にかホリィの背が俺たちの目の前に、リコリスちゃんがこちらに向かって気合の声を放ちながら近付いてくるという構図に。
「……!」
それは一瞬のできごとだった。
急に苦しそうな表情になったリコリスちゃんが、盾を胸の前辺りに突き出しながら足を後ろに――。
ホリィの背に、足腰に力が漲る。
選んだ攻撃は……『ダブルスラッシュ』などのスキルではなく、精度を重視しての通常攻撃。
下がったリコリスちゃんの盾の上を横薙ぎに、頭部へと斬撃を繰り出した。
「リコーッ!!」
「リコリスぅ!!」
サイネリアちゃんとユーミルが声を上げるや否や、リコリスちゃんの体が沈み込む。
沈み込む直前、その口元には……俺の目が正しければ、会心の笑みが浮かんでいた。
ボクシングのスウェーのような動きで剣を躱し、後ろ足が地を蹴って前へと重心を送り返す。
「しまっ――!」
「はあああぁぁぁっ!!」
距離が近かったこともあるだろうが、二人の対照的な声は俺たちの耳にも不思議と明瞭に届いた。
これまで直撃を奪うことのなかったリコリスちゃんのサーベルが、ホリィの胴に深く斬り込まれていく。
――両者、最後はスキルを介さない渾身の一撃。
全てのHPを失ったホリィが膝をつき、ゆっくりとその場で崩れ落ちた。
静まり返る決闘場、呆然とした表情でそれを見下ろすリコリスちゃん。
「……わああああっ!!」
やがてリコリスちゃんがサーベルを天に掲げ、精一杯の声を張り上げた。
女性陣が華やいだ声を、俺とトビがガッツポーズを作る。
勝利したのは……。
土壇場でフェイントを織り交ぜたカウンターを決めた、リコリスちゃんのほうだった。