リコリスの決戦 中編
盾でガードすればほとんどのダメージ、反動関連を殺すことができるが……。
当然、受け続ければ無事という訳にはいかない。
少しずつ、少しずつだがHPは削れていく。
「手を出せ、リコリス!」
「速いな、ホリィ……リコリスちゃんが初戦で当たった時よりもずっと」
「あの軽装でござるし、捉えれば数発で倒れるでござろうが。それはホリィ本人が一番分かっているのでござろう」
「カウンターに対する警戒度が高いです。ヒットアンドアウェイに徹していますね」
「最初の間合いの取りかただけで、リコリスちゃんの成長に気が付いたみたいだね……」
ホリィはリコリスちゃんから直撃を取ることに拘らない。
盾の上からであっても構わず斬りつけ、反撃されるや否やスッと下がる。
というのも、『ヒートアップ』に必要な要素は攻撃の命中のみ。
このまま致命傷を与えることができなくとも、いずれ攻撃力は勝手に上がっていく。
「リコのHPが段々と……」
「先輩、これ不味くないですか?」
サイネリアちゃんとシエスタちゃんがハラハラしながら見守っている。
防戦一方の展開に、観客たちの目にも失望の色が浮かぶ。
しかし、リコリスちゃんの動きを見るに手も足も出ていないというよりは……。
「いや、もしかしたら……」
「うむ。リコリスのやつ、何か狙っているな」
盾受けをしながらじりじりと前へ。
不意に、軽快にステップを踏んでいたホリィの足が止まる。
「……!」
「エリア際だ!」
リコリスちゃんはまだ剣を構えない。
押し出していたシールドをそのまま前へ、隙のない『シールドバッシュ』でホリィを壁に叩きつける!
「捉えたっ!」
「行けぇ、リコリスッ!」
続けてサーベルを一振り、二振り――浅いか?
それでも耐久力の低い軽戦士のHPは大きく削がれ、ホリィが苦悶の表情を浮かべる。
どよめきが広がる中、リコリスちゃんの横薙ぎがそのまま止めに繋がるかと思われた直後。
ホリィの姿が掻き消える。
「縮地!? 縮地かハインド!?」
「えっ?」
「んな訳あるか、下だ!」
攻撃型に『縮地』は存在しない。
思い切って身を屈め、体を丸めながら前転。
ホリィが壁際からの脱出を成功させる。
「あー……」
「惜しい!」
シエスタちゃん、サイネリアちゃんが頭を抱えた。
仕留め損なったのは非常に痛いが、今の一連の攻防でHPの減りは同程度に。
こうして一瞬で引っくり返される可能性を常に持っている辺りが、軽戦士の辛いところだ。
リコリスちゃんの様子は……。
「うん、まだ気持ちは切れていないっぽいな」
「後は終盤の攻防か……正念場だな」
何事もなかったかのように盾を構え直し、呼吸を整える。
そして再度、ホリィに向かって前進。
「え、嘘? そこで調子に乗らないとか、リコらしくないよね? サイ。注意を促さにゃあと思ったんだけど、何だか肩透かし」
「うん、確かにリコらしくはないけど……さっきユーミル先輩に手痛い反撃を受けたばかりだからじゃない? まだあのイメージが残っているんでしょう、きっと」
「ああ……」
そういえば、先程の模擬戦でリコリスちゃんはユーミルから一度だけ大ダメージを奪っていた。
その後、虎の尾を踏んだかのごとくスイッチの入ったユーミルの『バーストエッジ』で沈んではいたのだが。
……あれが良い教訓になっているのだろうか?
「――思い出した!」
「何だよ、急に大声を出して」
リコリスちゃんに教訓を与えた当人が声を上げる。
何のことだと訊き返せば、先程トビと説明したスキルに関してのようで。
「ミリ残りの時に全身が光るアレか、騎士の誇りって! そのまま倒れるやつばかりだから、気にしたことがなかった!」
「あー、その答えは合っているようで合っていないな……」
「む?」
それはユーミルが光った直後に追撃して倒してしまっているからで、実際には――
「あっ、あっ、ハインド殿! ホリィ殿の攻撃力が!」
「うわ、盾受けであんなに減るのか!?」
話している間に、リコリスちゃんが窮地に追い込まれていた。
輝きを増すホリィの剣の前に、ヒーターシールドで必死に捌くリコリスちゃんのHPが見る見る内に減っていく。
「シールドカウンターは!?」
「無理だ! 益々速くなっているぞ、ホリィのやつ! 弦月め、よくもあそこまでの弟子を……!」
「あの剣が体のどこかに当たったら負けますね、リコリスさん……」
「うん、盾でダメージを減衰してあれくらいだから……間違いないね」
「リコリス殿、ステップ! ステップ!」
リコリスちゃんが防御主体から回避主体の動きへと転じる。
こうなると、軽くなった鎧が力を発揮する番だ。
盾と剣はそれなりの重量があるが、訓練の成果を出し切るように躱す、躱す。
「ハインド先輩!」
「先輩、このままだとジリ貧です。何か一言」
「一言って……」
結局は、相手の攻撃力を利用してのカウンターしかない訳だが……。
消極的な手段としては、相手の『ヒートアップ』の効果切れを待つという方法もあるにはある。
だが、『ヒートアップ』の効果時間は長い上にリコリスちゃんの目標とする戦いはそんなものではないだろう。
肩で息をし始めたリコリスちゃんの表情が徐々に歪んでくる。
負けたくないと、今にも叫び出しそうな形相だ。
どうにかリコリスちゃんがサーベルを振って距離を取ったところで、俺は大きく息を吸い込んだ。
「リコリスちゃん!」
「――!」
「ええと……き、騎士の誇りを思い出せ! 君ならやれる!」
「……はいっ!!」
いかん、恥ずかしい。声が上擦った。
しかもスキルの『騎士の誇り』を使えと言いたかったのに、リコリスちゃんの頑張りに引っ張られてどうとでも取れる言い方になってしまった。
違うんだ、精神論を説きたかった訳じゃないんだ……。
思わず顔を両手で覆う。
「っ……色々としくじった……」
「いやいや、拙者はいいと思うでござるよ! ハインド殿の励まし! わはははは!」
「黙れエセ忍者。頼むからそっとしておいてくれ」
「ハインド先輩……」
サイネリアちゃんが俺の背をポンポンと優しく叩く。
恥ずかしいことを言ってしまった時の気持ちはよく分かる、といった顔だ……。
うん、俺も今サイネリアちゃんの気持ちがよく分かった。
「はぁ……」
「ドンマイです、先輩」
「本気で慰める気があるなら、笑いながら言わないでよ……」
「下を向くな、ハインド! お前の恥ずかしい言葉の真意、ちゃんとリコリスに伝わったようだぞ!」
「どいつもこいつも……おっ?」
ユーミルの言葉に顔を上げると、リコリスちゃんが少し離れた位置で誘うように盾を構えた。
『騎士の誇り』の発動には、もう少し削れたHPが必要となる。
リコリスちゃんはきちんとスキルの存在を思い出してくれたようだ。
ホリィはそれに対し、受けて立つと言わんばかりの笑みを――ああ、やっぱりこの子。
ちゃんと弦月さんの弟子なんだな……。
「スキルに気が付いたはいいが、受け流し気味にしないと盾の上からでも厳しいか?」
「そうだな。がっちり正面からだと、今の上がり切ったホリィの攻撃力は受け止めきれないかもしれない」
「HPを僅かに残して耐えるようなスキルがあれば良かったのですけれど」
「騎士の誇りの性能を考えると、それは強過ぎるかもな。……と、そろそろ黙るか。後は本当に、戦うリコリスちゃんを信じて見守るだけだ」
「あ、ハインド君。何だか周りの雰囲気も……」
動きを止めた二人に、決闘場内の空気が静まり返る。
緊張感が高まり、一身に観客の視線を受ける二人が……ほぼ同時に地を蹴って駆け出した。




