リコリスの挑戦 その6
小神殿へと戻った俺たちは、長い長い息を吐いた。
波に乗ったは良いが、少し熱が入り過ぎた感がある。
ただし、いつも通り例外がここに一人。
「リコリス! リコリスはどこだ!?」
「……もう帰らせたよ」
「なっ……何故だ!?」
「今が何時だと思っているんだ。ただでさえ、一度夜更かしに関して親御さんから注意を受けているのに」
決闘のマッチング中はメールの機能が制限されていなかったため、三人にはまた明日と送信しておいた。
よって、俺たちの頭の上にあるSランクの表示を見せるのはお預けということに。
……何だか、神殿内の視線がこちらに集まっているような。
「あ、あの……ハインド君。何だか見られていない?」
「あ、俺の自意識過剰じゃありませんでしたか。ランクのせいですかね?」
「ソロプレイヤーでSランクだと、ランクを上げたいプレイヤーたちに即座に囲まれるそうでござるよ。いやー、イベント報酬があるとこれが怖い」
「……では、このまま固まって神殿を出ましょう」
リィズが集まる視線にやや不快そうな表情でそう告げる。
口には出していないが、最初からランクを非表示にできる機能があれば――と思っているのは明白だった。
仮にプレイヤーネームを非表示にしても、現在の仕様だとランクだけ浮かび上がるのだそうな。
その状態を想像すると、中々におかしな……というか、却って人目を惹くな、きっと。
ログアウトのために自分たちのホームへ移動しつつ、話題を戻す。
「ってことで、ヒナ鳥三人はログアウトしたぞ。ログを見る限り……うん、結構時間一杯まで頑張っていたようだけど」
「むう、仕方ないか……あ、私たちも早く寝なければ!」
「慌ただしいでござるなぁ……直前までこれだけ忙しく戦闘をしておいて、すぐに眠れるのでござるか?」
「眠れる!」
即答するユーミルに、トビが肩を竦めてこちらを見る。
俺はそれに対して首を緩々と左右に振った。
そこでギルドホームの入り口に差しかかり、一番前で扉を開けてみんなが入るのを待つ。
「こいつはこういうやつだから……リィズ、ログアウトしたら何か温かい飲み物を淹れるよ」
「ありがとうございます、ハインドさん」
全員入ったのを確認してから、扉を閉めた。
現実の家ほどではないが、こうしてギルドホームに戻ってくると気持ちが落ち着く。
「あ、私も! 私も飲む!」
「お前も? 今、眠れるって言ったばかりじゃないか……いいけど」
だったら生姜湯と……ホットミルクでいいか。
それぞれ好みが違うので、一種類という訳にもいかない。
「あ、そうだ。セレーネさん」
「うん、何かな?」
「温かい飲み物を飲むと、体温が下がる時に眠気が増えるそうです。眠れない時は是非、お試しを」
「ありがとう。前にハインド君が送ってくれた、カモミールティーがいいかな?」
「あー、あれは安眠に効きますよ。お勧めです」
「良いでござるなー。拙者も何か飲もうかなぁ……」
――と、そこまでニコニコと話を聞いていたトビが動きを止める。
そして、今の会話を思い出すように顎に手を当てて上を向き……。
視線を俺に向けると、驚愕の表情になっていた。
……どうした?
「マメ!? ハインド殿、マメぇ!? え、何、送った!? いつの間にそんなことしてんの!?」
「そこまで驚くようなことか? 前に別荘に行った時、みんなでお茶談義をしたんだよ。その話の流れで、ハーブティーを試してみたいっていうから――」
「聞いてない!? 拙者、聞いていないでござるよ!?」
「お前、遊び過ぎて一人で真っ先に寝た日があっただろう? あの時だよ、あの時」
「あ、あー……そっか、あの時かー。ハインド殿のそういうところ、拙者本当に尊敬するでござるよ……真似できる気がしない……」
「おーい、ログアウトするぞー」
ユーミルが急かしてきたので、そこで会話を終わらせてログアウトに。
揃ってログアウトする時は、こうして談話室で一斉にすることが多い。
翌日、談話室に現れたリコリスちゃんの前でユーミルがふんぞり返る。
――決闘Sランクの表示を引っ提げて。
「凄い、凄いですユーミル先輩! えっと、その……凄い!」
「そうだろうそうだろう!」
リコリスちゃんのたどたどしくもストレートな褒め言葉に、ユーミルはすっかりご満悦だ。
一方のリィズは、俺の隣で額の辺りを抑えている。
「頭が痛くなってくる会話ですね……」
「我慢しないで突っ込みを入れてきてもいいんですよ、妹さん? さあさあ」
「始めたらキリがないので止めておきます。ご自分でどうぞ、シエスタさん」
「私も面倒なんで止めておきます」
俺は微笑ましくていいと思うのだが……しばらく経ってから止めることにしよう。
放っておくと、いつまでもあの調子で褒め続けそうだからなぁ。
「それはそれとして、先輩方。Sランク達成おめでとうございますー。まさかの一晩で達成とは……もしかしたら、最速記録かもしれませんねぇ」
「おめでとうございます。さすがです」
「ああ、ありがとう。といっても、有名プレイヤーがほとんどSに上がった後ってのもあるからね」
「フレンドにも全く当たらなかったでござるしなぁ。スタートが遅めだったことが、功を奏したやも……といったところござるか」
二人からの称賛の声に、俺たちは揃って相好を崩した。
これでひとまず、俺たちのイベントにおける目標は達成されたといっても良い。
といっても具体的に何か、というものがあった訳でもないのだが。
そしてここからは、具体的な目標のあるリコリスちゃんについての話に移る。
「で……昨日、あの後のリコリスちゃんはどうだった?」
「途中で気分転換に三人で戦ったりしましたけど、勝率は七、八割を維持できました。ユーミル先輩の模擬戦がずっと頭に残っていたようで、それが上手く作用したらしいです」
「おおっ」
ということは、模擬戦は最終日まで継続したほうが良さそうだな。
それも、より強い状態のユーミルが相手であればあるほど良い。
俺は気分よく褒められ続けているユーミルを呼び出し、リコリスちゃんを座らせると……。
「ユーミル、昨日のリコリスちゃんについて聞いたか?」
「うむ、本人の口から今しがたな。私との模擬戦が役に立ったと聞いて、正直ほっとしている!」
「だったら――するから、昨日よりも――」
「うむ、うむ……おおっ!? 私にとって良いこと尽くめではないか!?」
「ってことで、一つよろしく」
「了解だ!」
やがて張り切った様子のユーミルが、リコリスちゃんを連れて訓練所へと向かっていく。
俺たちは席を立つと、ぞろぞろと二人を追いかけ始めた。
移動の途上、セレーネさんが俺の背をツンツンと突く。
「あの、ハインド君……ユーミルさんに何て言ったの? 随分とやる気になっていたけど」
「いえ、大したことでは。単に……」
「単に?」
「明日の夕飯のリクエストを受け付けると、ユーミルにそう言っただけです。それ以外は何も」
「安っ!? ユーミル殿のやる気、安っ!」
横で聞いていたトビが、両手を広げて思わず叫ぶ。
どうやら、俺の答えは予想の大分斜め下を行っていたらしい。
「でも、ハインド君の食事だったら……私もやる気を出しちゃうかも」
「大体、トビさんだって昨日は似たような状態だったではありませんか。お忘れですか?」
「あ、そうでござるな。拙者もつい先日、夕食をお願いしに行ったばかりでござった……大層美味でござったなぁ、あの餃子……」
「先輩先輩、私にもまた何か作ってください。現実で」
「え? あー……それは休みが合ったらだね。メニューを考えておくよ」
「あの、みなさん? もう二人とも、訓練所に行ってしまいましたが……」
っと、つい立ち止まって話し込んでしまった。
今夜のリコリスちゃんの調子がどうなるかは、今から行う模擬戦の内容次第である。