先導者としての矜持
リコリスちゃんはどうやら順調だ。
三戦して三勝……対戦相手をBランクに蹴落としながらの勝利となっているが、レート的にこれは仕方ない。
次戦辺りからはAランクに定着しているプレイヤーに当たる可能性が出てくる。
「……次の試合も大丈夫そうなら、俺たちも戦いに行くとするか」
四戦目の観戦中、俺が呟いた言葉にユーミルが反応。
リコリスちゃんの奮闘を見て、自身の闘争心にも火が点いている様子。
「おお、いいな! 行こう、リコリスよりも先にランクを上げる勢いで!」
「お前ね……まあ、できないことはないだろうけど」
「人数が多い戦いほど、レートの変動が大きいという噂がありますものね。現に、私たちはリコリスさんよりも少ない試合数でランクを上げていますし」
「回復の余裕がある分、試合時間が伸びがちでござる故。あ、あとパーティの面子を集める手間もあるでござるな」
「……でも、それって連勝できれば――だよね?」
セレーネさんの言葉に俺たちは黙り込んだ。
全くもってその通り……勝って上がる量が多ければ、負けて減る量も然り。
しかし、我らがギルマスがこんな時に言うことは決まっている。
「何、勝てばいいのだ勝てば! 今夜は全勝を目指すぞ!」
「また難しいことを……」
「難しいか? ……だが、リコリスの一歩先を行かねば、私は偉そうに勝ってこいなどと言えなくなる!」
ユーミルの言葉にハッとした。
先程、俺は自分の口から妹分だ何だと言ったばかりである。
「それもそうだな」
「ハインド殿!?」
「ユーミルの言う通りだろう? 先輩と呼ばれている俺たちのほうが、ランクが低かったりしたら……」
「ええ、格好がつきませんね。最低でも同ランク、できれば一つ上を目指したいところです」
「リィズ殿まで……」
「……くだらない矜持だと思うかもしれませんが、そういったことで向上心を持つことは大事だと思います。これは勉強などでも同じことですから」
さすが、トップクラスの学力を持つ人間の言うことは違うな……。
仮に俺たちが下のランクで落ち着いたところで、ヒナ鳥三人の態度が悪くなることはないと思――
「私はそういうの気にしませんけどねー」
「うわっ、びっくりした!? シエスタちゃん……」
俺の傍でシエスタちゃんがにゅっと立ち上がる。
わざわざ身を低くして近付いてきたのだろうか……?
決闘の観戦エリアに席はなく、立ち見が基本となっている。
「先輩は先輩ですし、他の先輩たちも同じですよ? ランクなんてのんびり上げましょうよー」
「俺たちが気になるんだよ。リィズの言う通り、くだらないと言えばくだらない意地なんだけどさ」
「――私は先輩方のそういうところ、素敵だと思います」
「お前もか、サイネリア……」
「普通に近付いて来ようよ……」
シエスタちゃんに引き続き、サイネリアちゃんも体を起こしながら会話に入ってきた。
サイネリアちゃんも来たということは……ああ、やっぱりリコリスちゃんが優勢か。
もう少しで勝ちそうだ。後は詰めを誤らなければ問題なし。
「多くは語りません。リコのことは私たちに任せて、行ってきてください。ただ、私もシーと同じで……」
今後どのイベントでどんな成績でも、尊敬する気持ちは変わらない――凛とした表情でサイネリアちゃんがそんな風に締めくくる。
そしてそれをみんなが見ていることに気が付くと、顔を赤らめた。
「わ、私、その……」
「恥ずかしいねー、サイ。本当、真顔で言うには恥ずかしい発言だよー」
「――っ!」
シエスタちゃんの言葉がとどめとなり、サイネリアちゃんが顔を覆ってしゃがみ込む。
まあ、あのまま何も言われないよりは……というシエスタちゃんの気遣いだと思う。分かり難いが。
そこで俺が他のメンバーの顔を見ると、ユーミル、リィズは言うまでもなくトビとセレーネさんまでもがやる気に溢れた表情に変わっていた。
サイネリアちゃんの言葉が効いている。
「ありがとう、サイネリアちゃん、シエスタちゃん。ちょうどリコリスちゃんの戦いも終わったみたいだから……」
「ええ。さっさとSランクに上がって応援に戻ってきます」
「行ってくるね」
「サイネリア殿。拙者のほうが恥ずかしい行動をしょっちゅう取っているので、その……あまり気にしないのが吉でござるよ!」
その励まし方はどうなんだ、と思わなくもない。
あ、より一層恥ずかしそうに……これ以上は触れないであげたほうが良さそうだ。
――と、リコリスちゃんの勝利によって決闘エリアが解除され、小神殿に戻された。
そして合流したリコリスちゃんが、嬉しそうに今の戦いについて語り出す。
「やりました! やっぱり、ユーミル先輩との模擬戦が効いて――」
「リコリス」
短く告げられた声に、普段と違う空気を感じ取ったリコリスちゃんが言葉を止める。
こういうのも、出会ってから数か月の付き合いがあってこそのやり取りだよな。
「何ですか? ユーミル先輩」
「私がお前の尊敬に値するプレイヤーだという証明を、今からもぎ取ってくる! お前はお前の戦いをしながら待っていてくれ!」
数秒、ユーミルの言葉の意味を咀嚼するようにリコリスちゃんが動きを止める。
そしてそれが終わるや、心の底から嬉しそうな笑顔でユーミルを見上げて言葉を返す。
「……はいっ!」
「……行ってくる!」
そのままずんずんと一人、ポータルに向けて歩き出す。
――って、ちょっと待て!? まだ設定も何もしていないぞ!?
慌てて俺が後を追い、渡り鳥のみんなに呼びかけつつ高速で設定を済ませてポータルの上へ。
幸い使用待ちのプレイヤーはおらず、五人が揃ったところでスムーズに転送が始まった。
「はぁ……お前、あれだけ格好つけて転送まで間があったら……」
「サイネリアさんどころではなく、恥ずかしいことになっていましたね……それもユーミルさんだけでなく、リコリスさんまで巻き込んで」
「む?」
俺たち兄妹の言葉を受け、ユーミルが腕を組みつつその光景を想像する。
やがて目を見開くと、腕組みを解きつつ俺の肩に手を置いた。
決闘エリアに出ると、相手待ちの状態であることがシステムメッセージで表示された。
五対五は一対一に比べるとマッチングに時間がかかる。
「本当だ!? ありがとうハインド!」
「あはは……サイネリアちゃんは恥ずかしがっていたけど、あれは嬉しい言葉だったよね?」
「そうですね。私もそう思います」
「拙者、やる気が湧いてきたでござるよ!」
「簡単には負けられなくなったな、ギルマス?」
「……うむ!」
マッチングが終わり、俺たちと向かい合うように五人のプレイヤーが現れた。
僅かな間を置いてカウントダウンが始まる。
「目標、今夜中のSランク到達!」
「待て、目標が上がっていないか!? 今夜中!? 今夜の目標は全勝じゃ――」
「行くぞ!」
俺の言葉はスタート音とユーミルの言葉に掻き消された。
スタートと同時、ユーミルが力強く地を蹴って駆け出していく。