夕食とイベント総仕上げに向けて 前編
「あー!」
未祐の叫ぶ声に、俺と理世は同時に耳を塞いだ。
文章を読むペースは未祐が最も遅いので、こうなることは内容から予測できた。
「うるさい」
「うるさいですよ」
「どうして気が付かなかった……そうだ、あれは弦月のリズムと一緒だ!」
そういえば、未祐はホリィの動きを見て引っかかりを覚えているようだったな。
答えに辿り着けそうで辿り着けなかったことが悔しいのだろう。
「私たちは気が付きませんでしたね」
「この中で一番見た回数が多いのは、俺なんだけどな……実際に対峙した人間とでは、印象の残り方が違うんだろう」
「うむ。亘は味方として数回、後ろから見ただけなのだろう? それでなくとも、ヒーラーは見るべき情報が多いからな。一対一で敵として見る機会のあった私のほうが――くっ!」
「珍しく的確な分析をしたかと思えば、自爆ですか……」
「それだけ悔しいんだろう」
俺が溜め息を吐いてスマホに表示されたファイルを閉じようと――したところで、末尾に何か書いてあることに気が付いた。
何々……。
「このお礼は、今晩の夕食でいいよ! ……はぁ?」
「兄さん」
「あ、ああ……ちょっと待っていてくれ」
手伝い待ちの理世にそう告げると、俺は秀平に電話をかけた。
「――え、何? お前来るの? 今から?」
『本当はそれが読み終わるころに、ちょうどインターホンを鳴らす予定だったのに……早いよ、読むのが! くそう、こんなことならもっと俺の活躍について触れたレスを――』
「いや、そうじゃなくて。どうしてそうなったのかを簡潔に言え」
電話の向こうで秀平が一呼吸。
何だ、どこかの店にいるのか? 人の話声とレジのスキャン音みたいなのが聞こえる。
『――家、親、いない。俺、置かれたお金で弁当。寂しい。そうだ、わっちの家に行こう』
「片言で言えってことじゃねえよ……伝わったけどさ」
『貰ったお金で食材買って向かうから、頼むよー。みんなで囲める鉄板料理希望!』
「……じゃあ、ニラとキャベツ。それからひき肉と――」
『……うん、うんうん、合点! もうスーパーの中だから、今から三十分くらいで行くよ!』
その言葉を残して、電話はさっさと向こうから切れた。
あいつ、俺が断ったらどうする気だったのだろう。
丸っきりそういうことを考えていない話の運び方だったが。
「……どうなりましたか?」
理世はそう訊いてから、ファイルが開かれたままの自分のスマートフォンに目を落とす。
それから小さく顔を横に振りつつ、必要な対価は受け取ったから仕方ないという表情になった。
うん、俺も大体同じ気持ちだ。
「悪い、夕食のメニュー変更だ。未祐、お前も急いで課題を終わらせて手伝ってくれ」
「む、何を作るのだ?」
明日は土曜、休日だ。
バイトも午後からだし、匂いを抜く時間は十分にある。
カーテンをそろそろ洗おうと思っていたし、天気予報もOKだ。
ということで……。
「ん。餃子にしよう」
野菜の袋を下げた秀平を出迎え、餃子のタネを手早く作製。
刻んだ野菜とひき肉、塩コショウなどの下味を付けて完成させたそれを……。
「むう、市販の皮か……悪くはないが……」
四人揃ってリビングの椅子に座り、餃子作りのスタートだ。
開始直後、市販の皮をひらひらさせながら未祐がそんなことを呟いた。
「えっ? 未祐っち、普通そうじゃない? そもそもウチでは餃子自体、手作りなんてしないけど」
「時間がある時は、亘が皮も手作りでやってくれるのだ。もちもちしていて上手いぞ!」
「へー」
「まあ、今夜は生地を寝かせる時間がないし……」
「だったらお好み焼きとかでも良かったんじゃ?」
「いや、そこは俺の気分」
「わっちの気分かよ!?」
普段は食材の残り、賞味期限、セール品などとの兼ね合いがあるが、今日は選ぶ余裕があった。
誰からも特に反対意見がなかったので、そのまま餃子に決定したという訳だ。
話をしながらヒダを付けて次々と餃子を完成させてはトレイの上へ。
「速っ! わっち、作るの速っ!」
「ほーら、きりきり作らんかい。未祐、それちょっとパンパンじゃねえか?」
「む、そうか?」
「横からはみ出していますよ……気持ち少なめに包まないと、焼いている時に具が出てくると前にも言ったでしょう?」
「そういうお前のは、具をケチり過ぎではないか? 小さくないか?」
こういうものにはそれぞれ個性が出る。
――が、そんなことを考えている暇があったら一つでも多く作ることだ。
いくつも作っている内に慣れる、自然と上達する。
とにかく手を動かす、どんどん作る、それが一番だ。
「ええと……口がぴっちり閉じていればいいんだよね?」
「秀平、お前はそもそもヒダをちゃんと作れていないじゃん」
「言われてみれば、何かブサイク。どうやればわっちのみたく綺麗になんの?」
「……いいか? まずは利き手と逆の手に皮を乗せ、タネを皮の中央に乗せる」
このままでは戦力にならないので、俺は秀平に包み方を教えることにした。
長い目で見れば時間の短縮になるはず……きっと。
「うん、そこまでは大丈夫」
「で、水を皮の周りに塗ったら半分に折って乗せている手の親指で押さえる」
「押さえる!」
「その押さえた親指に被せるように、利き手で皮を軽く引っ張る」
「引っ張る!」
「引っ張ったら、引っ張った部分を乗せている手の親指で押さえる。この繰り返し」
「繰り返し……おおっ!?」
やや押さえが甘く開きかけているところもあるが、形は及第点だ。
更には自分で皮が剥がれかけている部分を押して修正しているので、そのまま焼いても問題なし。
「できたな? できたろ? よし、どんどん作れ」
「……わっち、もしかしてお腹空いてる?」
「空いた」
「道理で動きが速いと……」
「そうか? 亘の作るペースはいつもこんなものだぞ?」
「マジで!?」
時間が少ない中で手の込んだものを作るには、それなりの速度が必要だ。
秀平の言葉に料理を始めたころのことが懐かしく思い出される。
……そういえば、始めたてのことはシンプルな料理でも酷く時間を取られていたな。
「結局、わっちの作ったのがほとんど……無力、俺はあまりに無力……!」
「大袈裟な……それに、別にそんなことはないぞ。一人で作るのは大変だし、お前たちのおかげで十分楽ができた。鉄板も温まったようだから……」
使うのはホットプレートだ。
食卓の中央にそれを設置し、十分に温まったところで油を表面に。
お湯を用意したらいよいよ餃子を鉄板の上に乗せていく。
「早速、まずは未祐が作った大きめのやつから焼いていくか」
「うむ、味は保証する!」
「味って……兄さんが味付けしましたよね? 餃子のタネは」
「細かいことは気にするな!」
「細かいか……? まあいいや、焼くぞー」
全て乗せ終わり、お湯を注いで蓋をすると……。
ジューという景気の良い音が密閉されて小さくなる。
後は焼き上がりを待てば完成だ。その間に皿に醤油、ラー油などで付けダレを作っておけばいい。
「……」
「……」
「……」
「……って、全員で鉄板を見つめてどうする」
気持ちは分かるが、見たところで焼き上がりが早くなる訳ではない。
みんなが俺の言葉に一斉に顔を上げる。
「むぅ……亘、何か空腹が紛れる話題はないか?」
「そうな。秀平が切っかけ作ってくれたし、TBの話でもしておくか?」
「あ、そうだった。見てくれたんだよね? 俺の送ったファイル」
ということで、俺たちはTBの話をしながら食卓を囲むことに。