生徒会・新体制の始動
生徒会室の広さは通常の教室と同じ間取りである。
ただし、置かれた事務机の上には大抵書類や行事の関連品――時には看板だったりも置かれるため、手狭に感じることも多い。
生徒会の副会長に就任し、そんな放課後の生徒会室で俺がまず始めたことは……。
「未祐、これはそっちの棚。ちゃんと行事の日付順にな」
「分かった」
備品の確認、書類整理、そして掃除である。
備品に関しては前年度から引き続き役員の緒方さんの管理が行き届いていたが、その他二つについては甘い。
書類は忙しかったのか、きちんとファイリングできずに箱詰めされて部屋の隅に。
掃除も同じ理由で、残念ながら細部まで行き届いているとは言い難い。
「……亘」
「何だ」
「お腹が空いた」
「我慢しろ。あと少しだろう? 買い出し班が帰ってくる前に終わらせるぞ」
弁当のボリュームはいつも通りだったのだが。
いつでもフルパワーな未祐の燃費は非常に悪い。
俺の言葉に頷くと、少し力のない動きでファイルを棚に収納していく。
「しかし、こうして見るとゆかりんの書類管理は甘かったのだな。前よりも並びが見やすい」
「お前、緒方さんの負担を考えろよ……これはきっと、分かっていてもできなかったんだろう。忙しくて」
「むっ、確かにそうか」
前任の二人だって、休みたくて休んでいた訳ではないだろうけれど。
書類の入った段ボールはある程度纏めて分けられていたので、手が回らなかったのだと思われる。
それからしばらくは、無言で片付けに集中し……。
「よっし、終了!」
二人で仕上げの作業を終わらせ、入り口付近から部屋の中を見渡す。
積まれていた書類は片付けられ、段ボールは折り畳み、備品は使いやすいよう仕分け、窓や机も綺麗に磨き上げた。
「おお……こんなに広かったのか、生徒会室って」
「仕上げ以外は全員でやったから、手早く済んだな。後は……」
ここでタイミング良く帰ってきてくれたら言うことがないのだが、そう上手くは行かない。
窓から校門のほうを見ても姿はなかった。
「ところで、どうして最初の仕事が掃除なのだ? 一応、引継ぎの際に前任のメンバーでもやったのだが」
「ああ、確かに床とか見える範囲は綺麗だったけど。でも、今後のためにはそれじゃあちょっとな」
「今後というと……あれか? 放課後の活動を大幅に縮小するという」
二人で椅子に座りながら雑談に興じる。
座ると少し倦怠感が……今日は全校集会での就任挨拶、先程までの生徒会発足のやり取りなどで疲れた。
「そう、それ。仕事の効率化にはまず整備された環境が必要だと思うんだよ。だから――」
「亘、ゆかりんと同じことを言っているぞ……」
「あれ、そうだったのか?」
「うむ。その内、書類整理しないとなー……仕事の効率がなぁ、でもなぁ……というゆかりんのぼやきを去年、私は何度も何度も聞いたぞ。私がやろうか? と言ってもやらせてくれなかったし」
「お前はお前で仕事が多かったもんな。俺に言ってくれれば、暇な時にやったのに」
「一応、部外秘の書類などもあるからではないか?」
「ああ、なるほど。そういうことか」
道理で最初に掃除をしようと提案したら、二つ返事で了承された訳だ。
と、そこで不意に未祐が立ち上がる。
そのまま窓に近付くと――。
「戻ってきた!」
「お前、よく分かったな……」
窓は開いているが、距離も遠いし自分たちの話し声があったので聞き分けるのは難しいと思うが……。
ともあれ、一年生の役員を連れた緒方さんが上機嫌で戻ってきた。
「戻ったわよー……って、机が見たこともないくらいツヤツヤに!? 夕陽が反射しているわ!」
「おかえり。ゆかりんの眼鏡も反射しているぞ!」
「それは掃除と関係ないでしょ!?」
「うわー、窓もピカピカ……」
「本当に噂通りの人なんだ、岸上先輩って……」
その噂とやらについて詳しく訊きたいような気もしたが、今は置いておく。
ジュースとお菓子でささやかな交流会、それが終わると今日の発足会は終了だ。
ちなみに交流会の会話内容だが、
「会長と副会長が付き合っているって本当ですか!?」
「私も知りたいです!」
第一声がこれだった。
男子の役員が俺以外にもう一人か二人いれば違ったのだろうが、結局生徒会は去年と同じで女子ばかりだ。
候補者には男子もいたのだが、我が校の悲しきパワーバランスの前では無力だったらしい。
一人くらい勝ってくれよ……。
――と、この手の答えにくい質問は極力受け流しつつ、まずは当たり障りのない話題を自分から振っていく。
この際、割と大事なのが学校から住んでいる場所までの距離。
それから部活動、アルバイトに関して訊いておくことだ。
「えっと、私は何もやってないんですけど……生徒会に所属しながら、アルバイトをする余裕ってあるんですか?」
「さっき話したと思うけれど、前期まではともかく今期からは放課後の活動をなるべく少なくするつもりだから。十分に可能だと思うわ」
「その分、昼休みの活動が少し増えるんですよね? 私、部活もやってるから助かるなー」
活動配分については先生方の承認、それから一年生たちの了承も得ている。
放課後に拘束されるよりもずっといい、とのことだった。
「というか、できないと困るね……現に俺はバイトしてるんだし、辞めるつもりもないから」
「そうなんですか?」
「ああ。喫茶店なんだけどね? 場所は――」
それらを把握しつつ、ついでに喫茶ひなたの宣伝もしつつ。
時計を確認すると、そこそこいい時間に……初顔合わせにしては和やかに話せたのではないだろうか?
「未祐、そろそろ」
「む? ……そうだな。では!」
締めの挨拶をすべく、未祐がお菓子の食べかすを付けたままみんなの前に立つ。
「えーと……本日は新生徒会の発足となり、みんなには――」
「ちょっと待て、動くな。もうちょっと身だしなみに気を遣えよ……生徒会長になったんだしさ」
「あ、すまん」
ティッシュで口元のお菓子を拭い、改めて挨拶再開。
一年生たちは笑いを堪えるのに必死だ。
恥ずかしい……笑ってやっていいよ、こんなの。
「うんうん、これよこれ。岸上君がいると私、本当に楽できちゃうわね」
「そう言いつつ、自分もハンカチ取り出してる辺りさすがだよ。緒方さんは」
「もう癖になっているのかしら……?」
無意識だったのか、自分の手にある布を見て緒方さんが苦笑する。
その後の未祐の挨拶は割とまともなものであり、一年生の三人は真面目に話を聞いていた。