リコリスの挑戦 その5
「あれだけ強いんだ、何か噂になっているかもしれないけど」
「けど?」
注目を集めてしまい、みんなで小さくなって転移までの気まずい時間を過ごした後。
小神殿の片隅で、リコリスちゃんが小首を傾げる。
話題は先程のサイドテールの少女、ホリィというプレイヤーについてだ。
「……まずはリコリスちゃんがAランクに上がらないと」
「あ、そ、そうですよね」
「それから、観戦ももうちょっとやっておこうか。今の畳み掛けかた、最後の詰めなんかは参考になるだろうけど、少し一方的だったからね」
「むー……」
落ち着かない様子でリコリスちゃんが右往左往する。
それを見て、サイネリアちゃんがその背に手を添えた。
「リコ、気持ちは分かるけど焦ってもいい結果は出ないよ」
「サイちゃん……」
「そーそー。幸い、リコが勝手にライバル? 認定したあの子のプレイする時間帯は同じくらいみたいだし。ランクの高さからして――あー、先輩」
「どうしてそこで面倒がるかな……既にAランクということでプレイ頻度も相応だろうから、いずれ再戦の機会もあるよ。焦ると目の前の戦を落としちゃうよ」
「シーちゃん、ハインド先輩……」
俺たちの話を聞き終えたリコリスちゃんは、大きく深呼吸。
吸い込む空気と共にはやる気持ちを胸に収めると、吸った空気だけを吐き出した。
「気持ちの切り替え、完了です!」
「おおっ! では行くか、リコリス!? ランク上げに!」
「はい! ……あれっ?」
「ちょ、おーい! 観戦……」
セレーネさんと話していたせいか、まだ観戦するという俺の言葉をスルー。
ユーミルがリコリスちゃんを伴いポータルへと向かっていく。
「駄目だこりゃあ……」
「あの、ハインド先輩。リコには私が明日、タイミングを見て……」
「え? どうするの?」
「ダウンロードした決闘の動画を休み時間――はマズいので、放課後にでも。高ランク帯のもので、参考になりそうなものをいくつか見せておきますから」
高レート同士の戦いは公式サイトにアップロードされるそうだ。
サイネリアちゃんはそれを知っていたらしい。
「ありがとう。サイネリアちゃんは気が利くなぁ……」
「い、いえ、そんな。リコのためですから」
「私は横でそれをただただ見ておきます。ザ・傍観者」
「……シエスタちゃんは怠惰だなぁ」
「それほどでも」
「褒めてないよ?」
俺が脱力したところで、ユーミルが呼ぶ声がする。
予定は狂ったが……。
まぁ、結果的にリコリスちゃんのやる気を活かせそうなので良しとしておこう。
リィズがすっと極自然な動作で歩く俺の真横に滑り込んでくる。
透けるような白い肌はいつも通りだが、今夜は顔色がいいな。調子が良さそうだ。
「ハインドさん。リコリスさんは決闘として、私たちはどうしますか?」
「リコリスちゃんの試合を見てから俺らもランク上げかな、報酬欲しいし。セレーネさん、疲れていませんか? 時間は?」
「うん、まだまだ大丈夫だよ。連携が整って、楽しくなってきたところだしね」
「拙者ももっと縮地の使用経験を積んでおきたいでござるな」
こちらはこちらでやることがある。
リコリスちゃんがライバルなあの子と近いレート……つまり、Aランクの中位以上に上がったら目を離せないが。
それまでは並行して自分たちのランク上げだ。
渡り鳥はそれでいいとして……。
「サイネリアちゃんとシエスタちゃんはどうする?」
みんなでポータルに乗りながら問いかけた。
夜が深まってきたこともあり、小神殿内の混雑は緩和されつつある。
「あー……あんまり先輩たちとランクが離れちゃうと色々面倒かな。私も適度にパーティに入れていただけるとー」
「構わないよ。二人余るけど、フィールド狩りみたいに組み替えながらやろうか。ただ、シエスタちゃんとサイネリアちゃんが二人で二対二をやるって手もあると思うけど」
「人数が少ないと運動量が増えるじゃないですかー……ってのは冗談で、私の逃げ足が足りませぬ」
「私も、シーを守りながら戦う自信はないですね……」
機動力に自信があるなら悪くない職の組み合わせなのだが、シエスタちゃんの足の遅さがネックか。
シエスタちゃんは五対五などでは位置取りが良いので、その遅さは気にならなくなるのだが……。
言われてみれば、少人数だときつそうだ。
ポータルが起動し、周囲の景色が真っ白に染まる。
「ハインド、何の話をしていたのだ?」
決闘場の観戦エリアに出ると、ユーミルが俺の脇腹を突いてくる。
って、何で脇腹……。
「いや、何だ。ヒナ鳥にとってリコリスちゃんがいかに大事かって話だよ」
「えっ?」
「ですよねー。リコバリアーは偉大である」
そんな話だったかと困惑しつつ顔を赤くするサイネリアちゃん。
一方のシエスタちゃんは即座に順応して乗ってくる。
ユーミルがそれに対し、訝し気な顔をした。
「……サイネリアの態度からは納得だが、シエスタの発言はおかしくないか? バリア扱いが大事に思っている人間の発言か?」
「これはこれで、高度な照れ隠しだと思えば」
これでもかというほどにユーミルが微妙な顔をした。
婉曲過ぎて分からん、とこぼして決闘エリアに立つリコリスちゃんのほうに向き直る。
「面倒面倒と言う癖に、本人が一番面倒な性格をしていますよね」
「はははー、妹さんには言われたくないですねー。私とどっこいレベルで面倒な性格の癖にー」
軽口の応酬をしていても、さして険悪にならないところがリィズ・ユーミル間のやり取りとの違いか。
とはいえ、俺の胃とか心臓に悪いので程々にしてもらいたいところだ。
「えと……ハインド君。決闘、そろそろ始まるみたいだよ?」
俺の肩を恐る恐る、しかし優しくセレーネさんが包んでくれる。
言葉にしなくても、心労を察して慰めてくれていることが分かった。
優しさが沁みる……。
「ありがとうございます、セレーネさん。トビ、相手の職業って何だっけ?」
「よっ、ほっ! ……確か、魔導士でござったかな?」
ノクスを右肩から左肩へ、自分の周囲を旋回・移動させながらトビが応じてくれた。
周囲に他のプレイヤーがいないのをいいことに、やりたい放題である。
「魔導士で一対一、それもBランクにいるんだから曲者かもな」
「そうでござ――ああっ、逃げられた!?」
飽きたのか、トビから離れたノクスが俺の肩へと戻ってくる。
そこでリコリスちゃんが開始の合図と共に走り出す。
この日、あの試合を見たことで気合いの乗ったリコリスちゃんは初の十連勝を飾ることに成功した。