リコリスの挑戦 その4
その様は、正に要塞が迫るが如しだった。
……というと言い過ぎかもしれないが、右手にサーベルを。
左手にヒーターシールドを手に前進するリコリスちゃんに隙はない。
相手はじりじりと後退を続け、遂には俺たちの目の前。
光の壁が存在するエリアの端まで下がってしまった。
「……」
「くっ!」
プレッシャーを受けて苦し紛れに出した拳撃に対し、リコリスちゃんが盾を合わせる。
続けて鋭い踏み込みと共に放たれるは『シールドカウンター』。
サーベルが武闘家の胴体を捉え、HPバーが気持ちよく減っていく。
「おおー、本当に凄い。何が凄いって、あのリコリスちゃんから威圧感が出ていることが凄い」
小さな体から放たれるプレッシャーは、大男などから感じるそれに引けを取っていなかった。
むしろ体が小さいことを活かし、やや低い体勢で一歩、また一歩と。
あれはさぞかし手を出し辛いことだろう。
「驚きますよね。そういうハッタリ……というと言葉が悪いですが、そういった自分を強く見せる技術も戦いには必要だと、バウアーさんがリコに」
「その言葉は正しい……のでしょうね。実際、相手は焦って迂闊な攻撃をしたのですし」
サイネリアちゃんの言葉を受け、リィズが頷きながらそう返す。
無言で怖い顔――といっても「リコリスちゃんにしては怖い顔」ということになるが。
表情を作り、隙を見せず、まずは迂闊に手を出せない状況を作る。
そうやって圧をかけることによって相手をエリア際まで押し込み、攻撃を引き出し、カウンターを取る。
これも立派な戦法の一つだろう。
バウアーさんの教えは単なる剣技指導に留まらず、幅が広い。
「この戦法、気の強い相手には効かないだろうけど……要は相手の動きをコントロールできればいいんだよな。ということは、そういう相手には挑発が有効か?」
「うむ。例えば、怖気づいたか? この腰抜けが! とか言われたら、私なら一瞬の躊躇もなく相手に全力で斬りかかっていく自信があるぞ!」
「いや、自分で言うなよ」
「――ハインドが止めない限りな!」
「人の制止もアテにすんな」
分かっているなら自制してほしいところだ。
ユーミルはリコリスちゃんの戦いぶりに触発されたのか、妙にそわそわとしている。
「少しはリコリスちゃんを見習って――」
「ハインド殿、ハインド殿」
「何だ?」
「あれ、あれ」
トビが指差しているのはそのリコリスちゃんのほうだった。
リコリスちゃんは大幅なリードを持って相手を追い込んでいたのだが、何やら様子がおかしい。
「……あと一息ぃぃぃ! とりゃあああ!」
「!?」
「あー、緊張の糸が切れましたね……」
「シエスタちゃん!? どういうこと?」
「どうもこうも……」
シエスタちゃんが決闘中の二人に視線を流す。
リコリスちゃんは先程までの堅実な動きが嘘だったかのように荒い動きで相手を攻め立てている。
HPミリの相手に対し、リコリスちゃんが受けるダメージがどんどん増えて行く。
「詰めが甘いんですよね、リコってば。ユーミル先輩と違って。ああやって勝利を目前にすると、焦っちゃうみたいで」
「むっ、それはいかんな! 私は尻尾まで餡が詰まっているたい焼きのほうが好きだ!」
「何の話ですか、何の」
「最後までしっかり、ってことを言いたいんじゃないかな……?」
話が脱線気味のユーミルはリィズとセレーネさんに任せておくとして。
俺はトビと共にシエスタちゃんに向き直る。
「あー……何だろう、それは性格の問題?」
「ですねー」
「そっか。俺が言うのも何だけど、勝ち癖……みたいなものを付けるしかないのかな? 多感な年頃とはいえ、急に性格は変わらないだろうし」
「あ、そういうの拙者も覚えがあるでござるよ」
俺たちが話している最中も、リコリスちゃんは最後の一撃を入れられないでいる。
バウアーさん直伝の剣技はどこへやら。
鈍器を振り回すような、何も斬れそうにない軌道の剣が連発されている。
「音ゲーのパーフェクト間際、格ゲーの勝利目前などなど……ああいうの、慣れるまでは手が震えたでござるなー」
「やっぱそうなのか。特に一対一は自分で何とかしなきゃいけない分、緊張が増えるかもな」
「そうでござろうな。大人数のチーム戦、みたいなゲームだと最初からあまり緊張しなかったでござるし。一人一人の責任が軽い故に。まあ、全ては慣れでござるよ」
「勝ち癖ですか……バウアーさんのお話通りなら戦闘技術の基本はできているそうですから、後は経験だけですね」
サイネリアちゃんが頬に手を当てて目を細めながらそうまとめた。
決闘開始前にああ言った手前、今のリコリスちゃんの様子が少し恥ずかしいようだ。
ここはあえて、その話題に触れてあげたほうが恥ずかしさを解消できる気がする。
「確かにサイネリアちゃんの言う通り、リコリスちゃんの成長は目を見張るものがあったけど。残念ながら途中までだったね」
「この試合に入るまでは大丈夫だったんですけどね……」
「それは接戦だったからこそじゃない? 今回は、ほら……序盤の内からちょっと余裕ができちゃったから。その上、リコが尊敬する先輩たちの前だしさ」
「力が入り過ぎちゃったんだね……あ、やっと終わっ――危ない!? 僅差じゃないの、リコったら!」
サイネリアちゃんが跳ねた心臓を抑えるように胸に手を当てた。
肩を上下させるリコリスちゃんのHPは、もうほんの少ししか残っていない。
辛うじて勝利を収めはしたようだが、これは……。
「反省案件、ですかねー」
「といってもさっき結論が出た通り、戦いを重ねて色んな状況を経験するしかないんだろうけど。ランクが上がると、見に来るプレイヤーが増えるって噂があるし……」
「Aランクはそれなりに、Sランクともなるとかなりのプレイヤーが決闘を見に集まるそうでござるな。ま、今がイベント期間だからでござろうが」
今の内に緊張に慣れておかないと、先々で辛いことになる。
接戦なら乱れなかったということなので、いかに無心で戦うか……が、大事になるだろうか?
こういう時の気の持ちようは人ぞれぞれなので、リコリスちゃん自身が解決しなければいけない問題だ。
「あ、リコが連戦をやめるみたいです」
リコリスちゃんが軽く項垂れながら「はい」「いいえ」と上下に並んだパネルの下側……いいえを選ぼうとしているのが視界に入る。
その様子を見る限り本人が一番、今の戦いをマズいと思っているのが伝わってきた。
……気分転換に何か甘いものでも用意してあげたほうが良さそうだ。
俺は作る料理に思いを巡らせながら、戦闘エリアから移動させられるのを待った。