ランク上げの開始
決闘ポータルのある小神殿は盛況だった。
イベント後半、追い込みの時期ということもあり最初に行った時よりも……。
「……」
「連敗ストップ! っしゃあ!」
「何で? ねえ、何であの場面で下がったの? 俺を孤立させて楽しい? なあ?」
「は? お前こそ、状況見て物を言えよ。大体――」
一部、荒んでいるな。はっきりと。
無言で壁をひたすら蹴りつけている人もいたりで近寄りがたい。
「なるべく刺激しないほうがいいかな……」
俺たちの頭の上には低ランクのマークがあるだけなので、何も問題ないと思うが。
高い決闘ランクの人の周囲は、勧誘だったりやっかみの視線だったりで大変そうだ。
「先輩。あっちの人たち、取っ組み合いの喧嘩を始めたんですけど……」
「まあ、安全エリアだし。殴っても痛くもなんともないしね……放っておくといいよ」
代わりに視線は頭上、頭上ばかりなのでさっさと移動してしまおう。
これならフードを被る必要もない。
ぞろぞろとポータルに近付き、操作中のパーティが転移するのを待っていると……。
前で操作パネルの前に立っていた男性が振り返る。
「うおっ!? フレンドの反応が複数あるから、誰かと思えば」
「あ、スピーナさん」
見覚えのある背中だと思っていたら、スピーナさんだった。
隣のユーミルも反応し、口を開く。
「ふじ――」
「言わせるかぁ! うんざりなんだよ、もう!」
「ギルマス、対戦相手からも不死身のスピーナって呼ばれているしね」
「俺はすっぽんのスピーナって聞いたけど? 戦い方がしつこいから」
「お前ら……」
いつの間にかスピーナさんの二つ名が増えていた。
本人は気に食わないようなので、そっとしておくとしよう。
俺たちは話をしながら一旦ポータルに傍から離れ、邪魔にならないよう隅に移動した。
「今日はカクタケアのメンバーで集団戦ですか?」
「……ああ、ま、そうよ。女王様のためにも、サーラの平均ランクを上げておかねえと」
「具体的な数字が出る訳じゃないですけどね」
スピーナさんが国の面子を気にしているのは、対戦開始時に所属国が表示されるからだろう。
所属国はホームを構えている場所のことで、ホームが存在しない場合は無所属と表示される。
何戦も続けてやっていれば、よく当たる国というものが当然出てくる訳だ。
スピーナさんは……。
「しかしスピーナ殿、もうAランクでござるか。さすがでござるな」
「大体、百戦くらいはしたと思う。そういうお前さんたちは、今から本格参戦ってとこか? 実力的に、D止まりなはずがねえもんなぁ」
既にAランクに到達していた。
後ろの二人がBランクなところを見るに、一対一をやったりもしているのだろう。
「スピーナさん。国ごとのプレイヤーの決闘ランクって、どんな印象ですか?」
「そりゃあ……」
スピーナさんがギルメン二人の顔を見る。
視線を交わし合って頷くと、頭を掻きながらこう言った。
「残念ながら、国別ギルド戦通りって感じだなぁ。ただ……この神殿内を見て何か気付かねえかな?」
「むっ……」
スピーナさんに促され、俺たちは神殿内を見回した。
取り立てて変わったところはないように思えるが……。
「あっ……」
「セレーネさん?」
「あの、間違っていたら、その……」
「気にせず言ってみてください」
「えっと……純粋に人が多い、かな? サーラにしては」
「言われてみれば……」
複数あるポータル前でつっかえる、という時点で既に『サーラ王国』らしくないといえばらしくない。
その答えが正解だったのか、スピーナさんが笑みを浮かべる。
「前から初心者の流入が、と言われていたじゃんか?」
「そうですね。地価と物価の低下が思った以上に有効で。おかげさまで、ウチにも提携ギルドができましたし」
「止まり木な? 俺らも回復薬とかお世話になってる。で、この光景を見るプレイヤーの人口増加を実感できるって訳だ。次のギルド戦は――」
「期待できる、ということだな!」
ユーミルが簡潔にまとめ、スピーナさんが頷く。
そんなスピーナさんの両肩に、カクタケア幹部の二人がそれぞれ手を置く。
「増えるのはいいけど、次の代表ギルド枠から振り落とされないようにしないと。ね、ギルマス」
「今は低ランクプレイヤーが多いけど、いずれ下からどんどん有望株が出るかも。しっかりしろ、ギルマス」
「何かお前ら、他人事みたいだよなぁ……また女王様をがっかりさせてえの?」
「「それは困る」」
「ったく……だったら、二人ともさっさとAランクに上がってこいってのぉ」
カクタケア独特の空気を受け、俺たちの顔に微妙な笑みが浮かぶ。
――と、そこでカシャカシャと妙にリズミカルな金属音が鳴っていることに気が付く。
視線をやると……。
「ごめん、リコリスちゃん……待ち切れない?」
「すみません、つい! 体がもう戦闘体勢で! 私のことは気にせず、お話を続けてください! まだ待てます!」
音の発生源は、その場で足踏みをしているリコリスちゃんだった。
新品の鎧がそれに合わせて揺れている。
興奮しているのか、顔は赤くフンフンと鼻息が荒くなっている。
「えーと……あの、スピーナさん」
「ごめんな、長話になっちまった。ところでその装備、新品? 気合入ってんねぇ、リコリスちゃん」
「はい! 気合マックスです、マックス!」
「相変わらずの元気だ、いいねぇ」
スピーナさんが会話を切り上げる気配を出しながら、視線を巡らせる。
そして俺たちが立っている場所から最も近いポータルを手で示した。
「じゃ、鳥同盟。ちょうどそこのポータルが空いているし、先に行きなよ」
「いいんですか?」
「ああ、いいって。どうせ数秒程度の差なんだから、行った行った」
数秒程度の差であっても、その心遣いがありがたい。
礼を言い、素早くリコリスちゃんが一対一をセット。
「行ってきます!」
「健闘を祈ってるぜー」
対戦者であるリコリスちゃんと観客である俺たちは、スピーナさんたちに手を振ってからポータルの上へ。
やがて光が立ち上り、景色が神殿内から決闘エリアへと切り替わった。