剣技指導の開始
リコリスちゃんが走る。
バウアーさんが勢いを利用して受け流し、リコリスちゃんが転ぶ。
リコリスちゃんが跳ぶ。
バウアーさんが勢いを利用して受け流し、リコリスちゃんが転ぶ。
リコリスちゃんが――
「ねえ、サイ? リコってば、頭に血が上ってない?」
「そ、そうかも……リコ! リコ、冷静に!」
見かねたサイネリアちゃんが声をかける。
バウアーさんがそれに苦笑し、それまでと宣言。
動きを止めたリコリスちゃんは、その場でがっくりとうなだれた。
「あ、当たらない……」
今夜、リコリスちゃんは基礎訓練の終了試験という名目でバウアーさんと模擬戦をしていた。
およそ五分ほどだっただろうか?
バウアーさんはリコリスちゃんの成長を確かめるように、終始丁寧に攻撃を捌いていた。
果たして結果は……。
「ほっほ。しかし、フットワークという点では十分。最後の攻めは単調でしたが……」
バウアーさんの言葉にリコリスちゃんがパッと顔を上げる。
不合格になるかもという思いから、終盤は焦りが見られたが――
「じゃあ!」
「本格的な剣術指導に入りますかな。基礎訓練は終了としましょう」
「やったー!」
リコリスちゃんが両手を上げて喜びを表現している。
一連の試験を俺の隣で見ていたトビが唸った。
「リコリス殿、拙者がいない間に随分な進歩でござるな……」
「足運び、攻めの幅なんかは全然違うだろう?」
序盤、集中していた時間は無闇に飛びかからずに一進一退の攻防を続けることができていた。
バウアーさんが手加減していた可能性も否定できないが、動きの違いは一目で分かるほどだ。
「リコリス殿がフェイントを使っただけでもう、以前との差は分かるでござるな。これは化ける可能性ありありでござるよ」
「期待できそうだよな。……ところでトビ。お前、昨日まで随分と遠くに行っていたんだな?」
持って帰ってくれた鉱石はベリ連邦固有のものだった。
言い難い事情があるなら深くは訊くまいと思ったが、トビは気にした様子もなく答える。
「いやー、実は昔の――別ゲーの仲間にしつこくギルド入りを勧誘されてござってな」
「勧誘? マジか」
「マジでござるよ。あちらもゲーマー故、ただ話すという感じでもなく戦闘・探索をしながらだったのでござるが……断るのに難儀していたせいで、結局あちこち回る羽目に」
「お前、そんなあっけらかんと……少しは心が揺れなかったのか? それ」
「何で?」
「何でって。昔の仲間なら、大事なんじゃないのか?」
しかしトビは難しい顔を俺に向ける。
大事じゃないという訳でもないでござるが、と前置きしてから話を続けた。
「今となってはプレイスタイルが拙者と合わなくて……これもハインド殿のせい、というかおかげでござるなぁ」
「俺の? それこそ何でだよ」
トビが剣技の型を教わるリコリスちゃんとバウアーさんを。
それからそれを見守るサイネリアちゃんとシエスタちゃんを指差してみせる。
「こんな風にまったりしているのに高効率、ゲーム内のトップを走っているとか普通は考えられないでござるよ? 故に離れ難いと感じるのでござるよ。居心地抜群で」
「そうなのか? ちなみに、普通にランク入りや好成績を目指すゲームのグループってどんなもんなんだ?」
俺がその質問を投げるとトビは一瞬で渋面を作った。
そんなにか? そんなに嫌な思い出があるのか?
「普通はもっとこう、ピリピリと。まあ、ガチなところは集団戦で誰かがミスをすると空気が悪くなったり……」
「へえ……」
「行き過ぎて暴言吐くような連中が増えると、ギルドなりクランが崩壊したり……それはもう、泥船から逃げ出すが如く次々と離脱者が」
「うわ……」
「かといって、あまりに緩い雰囲気だと成績が出なかったり。強いプレイヤーが集まり難かったり……」
実体験の伴っているであろう話を次々と披露するトビの表情は、非常に苦々しいものだ。
もっと具体的な話を聞く? という問いには手の平を見せて否定の意を返す。
「難しいもんなんだな。お前、もしかしてTBやる前のゲームで嫌な思いでもした?」
「あ、やっぱり分かる? だから最初、ソロでやってたんだよねぇ……じゃない、やっていたのでござるよ。ハインド殿が来るまでは。今回会ったのは、そっちのガチ寄りな御仁なので」
「なるほどな」
「ということで、拙者はここを出て行く気はないでござるよ。ハインド殿」
「そうか。分かった」
素っ気ない返事で会話を締めたものの、黙っていることもできた話だ。
それ打ち明けてくれたことを少し嬉しく思っていると、背けた俺の顔をトビが回り込んで覗こうとしてくる。
こいつのこういうところは、本当に……!
「あ、待ってハインド殿! 顔面掴まないで謝るから! 拙者がどこにも行かなくて嬉しい? とか絶対に言わないからぁ!」
「もう言ってるじゃねえかこの阿呆! 人には誰しも、他人に見せたくない表情があると知れ!」
しばらくの間、俺たちは止まり木の子どもたちに奇異の目で見られながらドタバタしていた。
「訓練を? 一緒に、ですか?」
事態が落ち着いたころ、俺たちはバウアーさんに呼ばれた。
訓練で手伝えることがあるのかと行ってみると、バウアーさんの口から出たのはそんな言葉で――。
「見ているだけでは退屈でしょうし。無論、リコリスさんほど付きっ切りという訳にも参りませんが……どうですかな? みなさんに合わせた訓練メニューをご用意いたしますよ」
俺はトビと顔を見合わせた。
次いでサイネリアちゃんを見ると既にやる気のようで、頷きを返してくる。
シエスタちゃんは――
「あれ、もういねえ!?」
「ログアウトの光だけが残っているでござるな……正に雲散霧消」
「ま、まあ気が向いたらシーも参加すると思います。私たちも決闘はやるんですし、今後の他の戦闘のためにも……一緒にやりませんか?」
バウアーさんのここまでの教え方を見るに、間違いなく成果は上がるだろう。
しかし、複数人の面倒を見ればそれだけ手間も増える訳で。
俺たちがリコリスちゃんの訓練の邪魔にならないかと迷っていると、当の本人からもこんな言葉が。
「やりましょう! やってください! 一人よりみんなで!」
それを聞いて、俺たちも訓練を受けることに決めた。
武器はそれぞれの得意なものでいいとのことだが、バウアーさんはどうする気なのだろう?