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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
ランクシステムとランクアップのすすめ
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並び立つ憧憬の姿

 少し浅い時間だったが、今夜は早めにそれぞれの部屋へと戻った。

 ……それぞれの部屋?

 そういやすっかりあの部屋、未祐の部屋みたいな扱いになってるな……。

 母さんもいいと言っているし、別に構わないのだが。


「……ん?」


 机に置いておいたスマートフォンが着信があったことを通知している。

 着信時間は五分前、差出人は……。


「小春ちゃん?」


 内容は編み物で分からないことがあるので、少し話をしたいということだった。

 そういうことなら、映像付きで通話した方がいいな。

 ビデオチャットの環境があるかと返信したところあるというので、PCを起動。

 準備して待っていると……接続可能の文字が出たのでクリック。

 画面にドアップの小春ちゃんのまん丸な目が映し出された。


「ちょ、近い近い! 小春ちゃん、聞こえている?」

「あ、はい! すみません、不慣れで!」

「右下の小窓に自分の姿が映るから、それを見ながらカメラを調整して」

「ええと……」


 PCを買った時にヘッドセットなんかと一緒についてきたオマケなんです、との声と共に映像がぐりぐり動く。

 やがて映像が安定し、数日前に見た部屋を背景に小春ちゃんが小さく頭を下げる。


「こ、こんばんはです、亘先輩! すみません、夜分遅くに!」


 小春ちゃんは少し緊張している様子だった。

 毎日のように顔を合わせている相手だが、こういった機器を通すと緊張する……その心理はよく分かる。

 人によっては電話の時点で変に緊張するし、会って話している時と印象が違ったりもするものだ。


「ううん、大丈夫だよ。分からないところがあったら気軽に連絡してって言ったのは俺だし。で、早速だけど――」

「はい! 実はですね……」


 見せた方が早いと思ったのか、小春ちゃんが編みかけのマフラーを見えるように掲げる。

 俺はまず問題の箇所よりも、その進み具合に驚いた。


「おお……随分編んだね、小春ちゃん」

「そ、そうですか?」

「うん。初めてだと手が遅いから、それだけ編むのは大変だったでしょう? 凄いよ」

「えへへ……あ、それでですね! お訊ねしたいのはここなんですけど」


 想定よりも早く仕上がりつつあるマフラーだったが、途中からぐちゃぐちゃになっている。

 これは小春ちゃんがやけを起こした訳でなく……。


「……目か段を間違えて、修正しようとして分からなくなっちゃったんだね?」

「そ、そうです! そうなんですよ! どうしたらいいんでしょう!? 最初からやり直しですか!? もうこのマフラーは駄目なんですか!?」

「落ち着いて、小春ちゃん。まだ大丈夫だから」


 感情がせきを切ったように、小春ちゃんが涙目でまくし立てる。

 言い始めたら失敗した時の動揺がぶり返してしまったらしい。

 ここまで編むの、本当に大変だからな……それが水泡に帰すのかと思うと、こうなってしまうのも仕方ない。


「いいかい、ゆっくり解いていこう。ちゃんと一つ一つ丁寧に教えるから」

「は、はい! お願いします!」


 部屋の明かりを足してもらい、二人で編み目と格闘すること数十分。

 やがて正常に編めていた箇所まで辿り着くことに成功した。

 小春ちゃんが額に浮いた汗を拭い、安心感と疲労が混ざった長い息を吐いた。


「ふいーっ……本当にありがとうございました、亘先輩!」

「どえらい結び目だったね……どうやったらああなるのか知りたいくらい。ともあれ、お疲れさま」

「はいっ! あ、でも、このヨレヨレになっちゃった毛糸は――」

「そういうのは……えーっと、小春ちゃんの家にスチームアイロンってあるかな?」

「スチーム……ありますあります! お父さんのワイシャツに、お母さんがよく使っています!」


 その光景を想像してしまい、一瞬だけ胸が詰まる。

 我が家ではごく短い期間しか見られなかったもので――それも、幼いころの遠い記憶だ。

 そういった想いを悟られないよう努めつつ、画面の向こうの小春ちゃんに頷きを返す。


「あるなら問題なし。それを拝借してきて使ってごらん? ヨレた毛糸もちゃんと伸びるから」

「分かりました!」

「先の話になるけど、仕上げにスチームアイロンを使うと編み目をある程度揃えることができるよ」

「そんな裏技が……!?」

「いいや、裏技ってほどでもないよ。割と基本技だと思う」

「そうなんですね……編み物、奥が深いです!」


 夜でも元気な小春ちゃんの姿に、ついつい笑みがこぼれる。

 一段落したところで時計を確認すると、結構いい時間だ。

 俺は通話を終えるべく話を切り出そうとしたのだが……。


「そういえば、リコリスちゃん」

「なんですか?」

「TBで急に決闘にこだわり出したのはどうしてなの? 考えてみれば、詳しく聞かせてもらっていなかったなって」


 気が付いたら別の話題を彼女に振っていた。

 小春ちゃんは嫌がる素振りもなく、カメラの前で身を乗り出して応じてくれる。


「そのことですか! えっとですね、未……ここはあえてユーミル先輩と呼ばせていただきますね! ユーミル先輩に憧れているからというのが――」

「ああ、やっぱりそういう理由なんだ」

「まず一つ目の理由です!」

「あれっ? 一つ目ということは、他にも理由が?」

「はい! 二つ目は……ああっ!?」

「ど、どうしたの!?」


 急に小春ちゃんが焦った表情へと変わる。

 次いでちらちらとこちらを窺いながら、再度口を開いた。


「これ、亘先輩に聞いていただくには恥ずかしい理由でした……」

「だ、だったら無視して言わなくていいんだよ?」

「いえ、一度口にした以上は! その……今じゃないんですけど、いずれ私が成長したら亘先輩……ハインド先輩にタッグを組んで欲しいなあって、思っていまして……」

「俺と? ユーミルとじゃなくて?」

「はい、ハインド先輩とです」


 どういうことだろう? 俺と組みたい?

 秀平――トビならここで「もしかして拙者のこと好きなの? ねえ、好きなの?」とか言ってしまうのだろうけど、小春ちゃんを見る限りそういう意図は感じられない。

 色で例えるなら、そういったピンク色でなく……。


「戦う女性と、それを傍で支える男性……その支える側の男性として、ハインド先輩はとっても理想的な感じなんです! 私も支えられてみたい! 特に闘技大会の時なんて、もうお二人が並んで戦う姿が素敵で素敵で! まるでお話の中の一コマみたいで! 多分ですけど、ヘルシャさんとかなら同意してくれると思います! あの人、執事はこうあるべきっていう理想があるみたいですし!」

「そ、そう……何事も、見る人次第なんだなぁ……。闘技大会、試合によっては結構みっともないことになってた気がするんだけど……」


 やはりピンク色じゃない。

 爽やかなオレンジ色の感情、とでも言えばいいのだろうか? 例えとして適当なのかというと微妙だが。

 あるのは純粋な憧れだけらしい。

 小春ちゃんは一歩踏み込んだことで恥ずかしさを乗り越えたのか、やや興奮気味で楽しそうに語る。


「もちろん、一番素敵なのはユーミル先輩とハインド先輩のコンビですよ!? 私はお二人が一緒に戦っている姿を見るのが大好きです! ――ああっ!?」

「また!? 今度はどうしたの!?」

「こんな発言、もしリィズ先輩に聞かれたら……」


 小春ちゃんがブルブルと震え出した。

 震えながらも俺の背後に理世がいないか必死に確認するような動きをしている。


「大丈夫だよ、いないから。それに、小春ちゃんが言っているのは戦っている時の話でしょ?」

「そ、そそそそそそうです、はい! それ以外の意図は決してありませんです、はい! そっちの意味ならリィズ先輩でも、セレーネ先輩でも、いっそシーちゃんでもいいと思いますです!」

「落ち着いて……って、これを言うのも二度目なんだけど。落ち着こうね、小春ちゃん。踏み込まなくていいところに盛大に突っ込んでいるけど、全部聞かなかったことにするから。まず落ち着こう」

「で、でも――」

「いいから、深呼吸!」

「はいっ! ……すー……はー……」


 幸い、こちら側の音量は絞ってあったので周囲の迷惑にはならなかったが……。

 しっかり叫んでいた小春ちゃん側は、お母さんが注意をしに部屋のドアをノックした。

 驚いた小春ちゃんが再び呼吸を乱したのは言うまでもない。

 やがてそれも落ち着き……。


「大変お騒がせしました……」

「いや、決闘ランクの話を振ったのは俺のほうだしね……それと、さっきの話だけど。組もうか?」

「えっ?」

「小春ちゃん――リコリスちゃんがS……いや、Aかな? 今のランク導入イベント中に高ランクを達成できたら、決闘で俺と組んでみようよ」

「本当ですか!?」

「ああ。現実では編み物に筋トレ、ゲーム内では剣術と大変だと思うけど……」

「やります、やります! 体力には自信があるんです! 俄然やる気が湧いてきました!」


 この程度のことで喜んでもらえるなら、安いものだ。

 くれぐれも無理はしないように念を押しつつ、挨拶を交わしてから俺は通話を切った。


「……」


 元気な小春ちゃんの声と、それがなくなった今の自室の静寂との差が酷く激しい。

 俺はヘッドセットをフックにかけると、ベッドに横になった。


「二人で一緒に戦っている姿が、か……」


 先程の会話で最も印象に残った言葉がそれだった。

 小春ちゃんの目から見て、それは現実でもそうなのだろうか?

 ……そうだったら嬉しいと、俺は素直に思ってしまった。

 だとしたら、生徒会選挙は……。

 思考がまとまりかけたところで、眠気に負けた俺の意識はまどろみの中へと溶けていった。

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